【ルポ】驚異の仏具展覧会で出会った、謎のセクシー九尾狐【中国TikTok民俗学】
中国各地の文化や習俗の生き生きとしたルポが話題となり、先日重版も決定した『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』。
民俗学者・大谷亨さんによる本書第3章「セクシー九尾狐に魅入られて」より、その一部をご紹介。
驚異の仏具展覧会
廈門に暮らす私が、毎年心待ちにしているイベントがある。その名も、「驚異の仏具展覧会」。もちろん、これは私による勝手な命名であり、正式名称は「中国廈門国際仏事用品展覧会」という。
会場は廈門国際会議展覧中心という巨大コンベンション施設で、展示スペースは東京ビッグサイトとほぼ同規模の一一万五〇〇〇平方メートル。そこに国内外から一〇〇〇を超える仏具屋が大集結し、新作仏具の展示・販売がおこなわれる。その品揃えたるや凄まじいもので、まさに「驚異」と形容するほかない仏具の祭典なのである。
実は、先に述べた「とある場所」とは、まさにこの仏具展覧会のことを指していた。では、私はここでいったいどんな「珍妙な偶像」と出会ったのか、仏具展の様子も軽く紹介しながら、その正体を明らかにするとしよう。
受付を済ませ、保安検査を通り抜けると、会場へと続く数百メートルのレッドカーペットが現れる。はじめて訪れる人は、ここで最初の衝撃を受けることになるだろう。なぜなら、レッドカーペットをいき交うのは坊主、坊主、坊主……と坊主だらけだからである。
少なくとも私は、そんな坊主濃度高すぎのアウェイな状況に肝を潰し、「えぇ……こんなガチ勢のための展覧会なの⁉ 全然一般人いないじゃん!」と、今すぐにでも剃髪(ていはつ)したい気分にかられたのを覚えている(正真正銘俗人にも開放された世俗的イベントなので安心して訪れてほしい)。
そんなイニシエーションを乗り越え、場内に足を踏み入れると、すぐに第二の衝撃が襲ってくる。ブースひとつひとつのクオリティが異常に高いのだ。まずもってそれらは建造物として巨大なのだが、さらに仏教風の建築意匠が隅々まで凝らされているため、「もはやこれ寺じゃん!」というレベル(写真3-1)。そんな豪華絢爛なブースが碁盤の目状に軒を連ねる会場を散策していると、まるで全盛期の長安にでもタイムスリップしたかのような錯覚に陥るのだった。
もちろん、展示・販売されている品々も魅力満載だ。大小さまざまな仏像をはじめ、木魚・袈裟・賽銭箱・釣鐘・鬼瓦……と、寺院を構成するありとあらゆるものが取り揃えられており、たとえ会期中に毎日通ったとしてもとてもまわり切れないほどの物量である。日本語教師の安月給では手に負えないものばかりだが、私はウィンドウショッピングをしながら各ブースで配布されているカタログをせっせと集め、「いろんな木魚があるもんだ」などといって「一人タモリ倶楽部」に勤しんだりしている。
ところで、こうしてルンルン気分で遊んでいると当然腹が減ってくる。そんなときは素食(そしょく)コーナーを訪れるといい。このコーナーには、生臭物が食べられない僧侶たちのためにありとあらゆるベジフードが販売されているのだが、これがまた美味いだけでなく興味深い世界なのだ。
というのも、素食コーナーに一歩足を踏み入れると、そこに広がっているのは予想に反してピンク一色の世界。そう、肉、肉、肉……と肉だらけなのだ(写真3-2)。衝撃の肉々しい光景に、もしやここは破戒僧のための煩悩食堂なのかと疑念がよぎるが、よく見れば、いずれも植物由来の人工肉だという。殺生は免れた、とほっと胸をなで下ろしたのも束の間、新たにこんな光景が目に飛び込んできた。
腹を空かせた僧侶たちが、まるで獲物を前にした寺門ジモンのように、瞳孔全開で人工肉を物色していたのである。「めちゃめちゃ肉に執着してるじゃん……」とふたたび唖然としてしまったのはいうまでもない。素食とはいったいなんなのか、私はマクドナルド顔負けの人工肉バーガーにかぶりつきながら、深く考えこんでしまったのだった。
腹も満たされたところで、そろそろ本題に入ろう。実は、当イベントは「仏具展」を謳いながらも、道教コーナーや民間信仰コーナーがかなり充実している(写真3-3、3-4)。正直に白状すると、仏教よりも道教、道教よりも民間信仰に関心がある私は、むしろこれらのコーナーを物色している時間の方が断然長くなる。
セクシー九尾狐との馴初(なれそめ)
あの日も私は民間信仰の最新トレンドを押さえるべく、各ブースに陳列された無数の偶像をチェックしてまわっていた。すると突然、背後から「あら、お久しぶり」と聞き覚えのある艶やかな声が聞こえてくるではないか。慌てて振り返ると、眉目麗しい一体の偶像がこちらを見つめている。目と目が合いハッとすると同時に、私の脳裏にあの日の甘酸っぱくも苦々しい記憶が鮮やかによみがえってきた。
あれは今から遡ること四年前。当時、廈門大学に留学中だった私は、マレーシア人留学生の阮(げん)さんに連れられ、はじめて驚異の仏具展覧会を訪れていた。そこで私は彼女と運命の出会いを果たしたのである。
彼女は荘厳な仏具展の雰囲気を嘲笑うかのように、「ねぇねぇ、煩悩滅却した人生って退屈じゃない?」と囁きながら、金銀財宝の上でドカッとM字開脚し、豊満な胸をポロリとはだけていた。よく見るとその頭上には狐の耳が生えており、お尻からは九本の尻尾まで伸びている(写真3-5)。
「け、けしからん! なんてけしからん姿なんだ!」
鼻息を荒くし興奮する私は、気づけば完全に彼女の虜になっていた。
「お客様、お目が高い。そちらは九尾狐といって今大人気の偶像となっております。ほら、ほかにもこんな九尾狐ちゃんもございますよ?」
販売員に案内された先には、くだんのセクシー九尾狐が大量に陳列されていた。
「ほ、ほしい……絶対にお持ち帰りしたい!」
しかし、彼女は貧乏留学生には分不相応な高値がつけられていた。これを買えば今月は三食お粥で凌ぐことになりそうだ。どうしよう……。逡巡しているうちにトイレにいっていた阮さんが戻ってきてしまった。
「お待たせ! うわっ、なにこのスケベなキツネ……こんなの拝む奴いるんだ、やばくね? 変態じゃん」
私が彼女に深く惚れ込んでいることなどつゆも知らない阮さんは、容赦ない言葉でセクシー九尾狐(と私)を一刀両断した。
本来であれば、「口を慎め!」と一喝すべきところだが、意志薄弱で日和見野郎の私は変態だと思われるのを恐れ、「だ、だよね! この女狐さすがに肌露出しすぎだっつーの! アハハハ」と、彼女を侮辱する暴言まで吐き捨て、その場を立ち去ってしまったのである──。
そう、先ほど「あら、お久しぶり」と優しく声を掛けてくれた彼女は、あの日私がむごい仕打ちをしてしまったセクシー九尾狐その人だった。目のやり場に困る刺激的な衣装に身を包み、場違いな魅力を淫靡に放つ彼女の姿は、四年前となんら変わるところがなかった。
二度と同じ過ちを繰り返してはならない。そう強く誓った私は、迷わず彼女の手をギュッと握りしめ、ついに念願のお持ち帰りを果たしたのだった。しかし、いったい彼女はどこから来た何者なのか。私はその正体についてまだなにも知らなかった。
今からご覧に入れるのは、モノと対話しすぎて幻聴さえ聞こえはじめた私による、セクシー九尾狐探訪の軌跡である。
続きは『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』でお楽しみください。
本書は、
・フィールドワークのしおり
・第一章 逆立ち張五郎を探せ!
・第二章 張五郎にチラつく鬼の形相
・第三章 セクシー九尾狐に魅入られて
・第四章 タイの神秘とセクシー九尾狐
・第五章 大黒天の逆輸入
・第六章 お盆フェスの聖と俗
・第七章 闇に惹かれる人々、増殖する無常
・第八章 中原に花咲く無常信仰
という構成で、知られざる中国民俗の実態に迫ります。
大谷 亨
民俗学者。1989年、北海道生まれ。2012年、中央大学文学部卒業。2022年、東北大学大学院国際文化研究科修了。博士(学術)。現在、厦門大学外文学院助理教授、無常党副書記。専攻は中国民俗学。著書に、『中国の死神』(青弓社、2023年)。
※刊行時の情報です