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2日間・7公演にパワーアップ! 初参戦の石田泰尚&ピアクロに、石井琢磨プロデュースの新企画も 『スタクラ 2026 in 横浜』初日レポート

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『イープラス presents スタクラ 2026 in 横浜 ーSTAND UP! CLASSICー』

2026年8月1日(土)横浜みなとみらいホールにて『イープラス presents スタクラ 2026 in 横浜 ーSTAND UP! CLASSICー』(通称スタクラ)が開幕。2018年に日本最大級の野外型クラシック音楽祭『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL(スタクラフェス)』として横浜の地でスタートして以来、野外・コンサートホール・配信と様々な形式で開催を重ねてきたスタクラ。今年も、8月1日(土)・2日(日)の2日間、日本屈指のコンサートホール・横浜みなとみらいホールで、多彩なプログラムが展開された。今年は、昨年よりパワーアップし、大ホール・小ホール、2日間合わせて計7公演に加え、マスタークラスも初開催され、“多世代に贈る新感覚クラシック音楽祭” として多くの来場者でにぎわった。

本記事では、初日の模様をレポートする。

互い信頼の上に築かれる深い絆! 8人16手のピアクロが初参戦

『石井琢磨 Produce PIANO CLOVER』
【日時】2026年8月1日(土) 12:40開演@大ホール
【出演】石井琢磨、新井瑛久、追川礼章、大井健、菊池亮太、小瀧俊治、髙木竜馬、米津真浩(ピアノ)

5月に東京の浜離宮朝日ホールでのデビュー演奏会で大成功を収めた『石井琢磨プロデュース PIANO LOVER(通称ピアクロ)』が、ついに8月1日(土)のスタクラ初日、しかもみなとみらいホール大ホールという広いステージを持つ音響空間で実現した。ピアニスト総計8人、フルコンサートグランドを最大4台使用するこの企画においては理想の環境だ。実際、演奏者本人たちが演奏後のコメントで「弾いていて耳に入ってくる音圧に圧倒された」と口々に語っていたのが印象的だった。60分の演奏会の模様をお伝えしよう。

演奏会は石井のソロによるグリーク「抒情小品集第一集」より「アリエッタ」で詩情に満ちた開幕。この石井による挨拶替わりの一曲に続いて奏されたのは、石井と盟友の菊池亮太による二台ピアノ演奏でのピアソラ「アディオス・ノニーノ」。菊池が織りなすメランコリックで細やかな音の動きが悲壮感を漂わせ、石井の描き出す骨太なメロディラインにぴったりと寄り添い、よりいっそうこの作品が湛える悲しみをそそる。盟友同志の強い信頼の絆の上に築かれた男の友情のようなものも感じられ、序盤から心に沁みる名演が繰り出される。

続いては二台8手によるリスト「ハンガリー狂詩曲」(石井/追川礼章/米津真浩/小瀧俊治の4人による演奏)。厳格なリズムを持つマエストーゾ的な前半部分から徐々にチャールダッシュの軽やかで華やかな音楽へと変容してゆくこの作品ならではの展開において、4人の息づかいや音色もぴったりと揺らぎなく一つに同調しており、その様を見て聴くのは小気味良いくらいだ。緩急のダイナミックな揺れも一糸乱れることなく見事なアクセントを効かせ、もはや至芸の域と言えるほどだ。

4曲目はいよいよ、ピアクロ奏者たちが誇るベートーヴェン 交響曲第5番「運命」。四台・計8名のピアニスト全員参加による演奏だ。その前に、配置転換の間は貴重なトークタイム。石井にマイクを向けられた大井健が「盛り上がってますか~?」と会場に声をかけると、その後も流れるように一人ひとりが「さらに盛り上がっていきましょう!」と客席に次々エールが送られた。

いよいよ「運命」が奏でられる。石井の力強いこぶしの振り上げとともに“運命の動機”が高らかに響きわたると、音響空間が一瞬にして緊張感に満ちる。しかし、流れを追うごとに段階的にボルテージがあがってゆくと、その音に光のような明るさが宿り、明らかに彼らの演奏にも高揚感と歓喜があふれてゆくのが手に取るように感じられた。

続いては、もう一つの“十八番作品” ワーグナー「ワルキューレの紀行」(四台8名16手による演奏)。この作品特有のデモーニッシュな前打音や繰り返し地獄の底から轟くような下降型のユニゾンの響きを、全員が一糸乱れることなくエキサイティングなスピード感でどこまでも魅力的に聴かせた。終盤は大地を轟かせるような重量感のあるtutti (全員で全力で奏すること)によるテーマの演奏でドラマティックに映画音楽のように壮大に余韻を残しつつ弾ききった。

プログラム最後を飾るのは、本日初披露の新曲 ビゼー 歌劇「カルメン」より(この作品も四台・8人16手による演奏)。「ハバネラ」の旋律から始まり、第3幕への「間奏曲」と耳慣れた旋律が続くが、あたかもオーケストラ伴奏で実際の舞台を見ているかのような臨場感あふれるサウンドでカルメン特有の奔放な世界へと誘ってくれたようだ。ジプシーの踊り の小粋なスリリングさも、舞台で踊るカルメンの姿を映像化させるかのような迫真の演奏で、見事なフィナーレを飾った。

興奮冷めやらぬ客席の大喝采を遮るように最後に石井が重大発表をアナウンス。
「12月23日に東京のオペラシティ・コンサートホールでのピアクロ公演が決まりました」との一言に会場はさらに興奮気味だ。そして、ステージ上では、奏者一人ひとりが新たな演奏会に向けて、そして‟Road to 武道館(!)”へ向けて意気込みを語った。

最後は客席の熱狂に応えてアンコールの一曲。しかし……四台のピアノに椅子が置かれていない……、この状態でのアンコール演奏というのだ。何とあの速度が極めて速いロッシーニ「ウィリアム・テル序曲」を椅子取りゲームのように奏者たちがポジションを変えてラウンドしながら演奏するという試みだ。

これが見事にセンセーショナルな大成功を収めた。手が空いた奏者は踊りながら走り、ポジションを変えてまた演奏……という前代未聞のスタイルだが、これを完璧なオーガナイズで、一つも落とすことなくパフォーマンスとして聴かせてしまうのだから、やはりこの8人は押しも押されもせぬ奇跡のピアニストたちなのだ。

そのさらなる進化ぶりと彼らの実力をあらゆる角度から証明してくれた今日のスタクラでの大舞台。数か月後に迫った年末の演奏会ではどんな“技”を繰り出してくれることだろう。

取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠


4人の名手によるアコースティックなピアソラ

『ピアソラの総てーALL ABOUT PIAZZOLLAー』
【日時】8月1日(土)11:45開演@小ホール
【出演】三浦一馬(バンドネオン)、関朋岳(ヴァイオリン)、辻本玲(チェロ)、ニュウニュウ(ピアノ)
(辻本玲の「辻」は一点しんにょうが正式表記です)

『STAND UP! CLASSIC 2026 IN 横浜』小ホールのオープニングは、8月1日(土)11時45分から、バンドネオンの三浦一馬を中心とする『ピアソラの総て』。

まず、三浦とピアノのニュウニュウが登場し、デュオで「フーガと神秘」。三浦のバンドネオンのソロで始まり、ニュウニュウのピアノが加わり、フーガが展開される。このコンサートは、タンゴの革命家、アストル・ピアソラの作品だけによってプログラミングされていたが、フーガという、ある意味クラシカルな音楽でスタートしたのが『スタクラ』らしい。二人による音の躍動。そして、ニュウニュウがゆったりと哀愁を帯びたメロディを奏で、三浦が受け継ぐ。そして再び躍動。

三浦のMCが入り、挨拶のあと、「『ピアソラの総て』を45分で、ということですが……(笑)」と話す。三浦のMC中にニュウニュウがさりげなくBGMを入れるところが心憎い。

「天使のミロンガ」では、しみじみとしたバンドネオンの音色に魅せられる。この楽器らしい最弱音を含む味わい深い音で、三浦がピアソラの情感を歌い込む。ニュウニュウは繊細なピアノを披露。「ビオレンタンゴ」は、激しいナンバー。白熱のアンサンブルが繰り広げられる。

次に、チェロの辻本玲とニュウニュウが登場し、「ル・グラン・タンゴ」を演奏。ピアソラは若き日にパリで、名教師ナディア・ブーランジェに師事するなど、クラシック音楽の作曲も学んでいた。「ル・グラン・タンゴ」は、20世紀後半を代表する、偉大なチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのために書かれた作品である。辻本は、NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務めるなど、日本を代表するチェリストの一人。そんな彼が、あたたかみのある深々とした音やエスプレッシーヴォな表現で、チェロの魅力を伝える。心にしみる弱音表現もあった。また、ニュウニュウのクリアな音色と洗練された表現が美しい。そして二人でスケールの大きな演奏を展開。クラシカルなピアソラの真骨頂が示された。

そして再び、三浦のMC。今日は「ル・グラン・タンゴ」のみがオリジナルの楽器編成であり、その他の曲は、今日の編成のために自分自身で編曲したと述べ、「編曲の妙を楽しんでほしい」と語った。

最後は、2024年のハチャトゥリアン国際コンクール優勝者であるヴァイオリンの関朋岳も加わり、4人で「ブエノスアイレスの四季」を「冬」、「夏」、「秋」、「春」の順番で演奏。これは、ピアソラが生前に自身の五重奏団で演奏した曲順によっている。今日は、バンドネオン、ヴァイオリン、チェロ、ピアノというピアソラ作品を弾くには珍しいややクラシカルな四重奏で演奏された。

「ブエノスアイレスの冬」では、ヴァイオリンとチェロが情感を込めて歌い始める。そしてニュウニュウのカンタービレ。関は濃厚なヴァイオリンを奏でる。最後も弦楽器中心でクラシカルに。

「ブエノスアイレスの夏」は、バンドネオンを中心に熱い演奏。ヴァイオリンもパワフルなソロを弾く。4人で迫力のあるアンサンブル。最後にニュウニュウが妙技を示す。

「ブエノスアイレスの秋」では、辻本が即興的なソロのあと、情感豊かに歌う。ヴァイオリンのチチャーラ(駒と緒留めの間で弦をギシギシと弾く特殊奏法)が印象的。三浦が見事なリーダーシップ。

「ブエノスアイレスの春」では、シンコペーションをきかせて、各楽器が対位法的に躍動。中間部では、三浦がしみじみとしたソロを奏でる。そして高揚とともに大団円。

アンコールには「リベルタンゴ」が演奏された。洋酒のCMでチェリストのヨーヨー・マが弾いていたことでも知られる名曲。ニュウニュウの速く激しいソロで始まり、チェロの辻本が渾身のソロを披露。そのあと、関や三浦も鮮烈に奏でる。三浦の巧みなアレンジと速いテンポでの攻めた演奏で『ピアソラの総て』は締め括られた。音響の良い室内楽向けの小ホールでの4人の名手によるアコースティックなピアソラは格別であった。

取材・文=山田治生 撮影=福岡諒祠


バルトーク独特の美。洗練された美しさ際立つ

『YAMATO String Quartet ーバルトークを追ってー』
【日時】8月1日(土)15:15開演@小ホール
【出演】石田泰尚(ヴァイオリン)、執行恒宏(ヴァイオリン)、榎戸崇浩(ヴィオラ)、阪田宏彰(チェロ)

8月1日(土)の午後、小ホールには「YAMATO String Quartet」(YSQ)が登場。第1ヴァイオリン:石田泰尚、第2ヴァイオリン:執行恒宏、ヴィオラ:榎戸崇浩、チェロ:阪田宏彰の4人。YSQは、1994年に結成され、執行以外は、創立時からのメンバーである。

周知の通り、石田は、石田組組長、神奈川フィル及び京都市交響楽団のコンサートマスターとして、大活躍。昨年からは、ここ横浜みなとみらいホールで「プロデューサー in レジデンス」も務めている。執行は元パシフィックフィルハーモニア東京コンサートマスター、榎戸は読売日本交響楽団メンバー、阪田はYSQ代表である。

『バルトークを追って』と題されたコンサートは、20世紀前半のハンガリーを代表する作曲家、バルトークの弦楽四重奏曲第1番、第2番、第3番というプログラム。YSQにとってはいずれも初レパートリーである。いささか難解で渋いとされるバルトークの弦楽四重奏曲であるが、前売りで完売。聴衆の9割以上が女性であった。

まずは第1番(1908)。石田を先頭に4人が入場。石田は、彼らしく、拍手にはほとんど応えず、素っ気なく着席。演奏自体は、ゆっくりと丁寧に始まる。4つの楽器が絡み合い、良いハーモニーを作り上げていく。石田が、慎重ながらも自由にアンサンブルをリード。それに、執行が真摯に寄り添う。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの溶け具合が素晴らしい。全体として、繊細で美しい演奏。第3楽章のチェロのソロも力むことなく奏でられる。4人で呼吸を合わせ、クールに高揚。最後は、石田を中心に鮮やかに締め括られる。バルトーク初期の作品であるが、民族色よりは印象派的な色彩が際立った演奏となった。

第2番(1917)のゆったりとした第1楽章も美しい演奏。石田の艶のある音色が活かされ、それに執行が合わせていく。榎戸は力むことなく、阪田も瑞々しい音色。いささか音程の難しさを感じるところもあったが、柔らかな響きが印象に残る。民族舞踊的な第2楽章では、石田がかなり攻めの演奏。執行はアンサンブルに目配り。4人で躍動感のある演奏が繰り広げられたが、粗野になることはない。テンポを落としたところではとても洗練された表現を聴くことができた。第3楽章もYSQとしての美意識が際立つ演奏であった。

第3番(1927)では、第1ヴァイオリンが多彩な技巧を披露。民族舞曲風の音楽になると、石田のグルーヴ感が増す。終盤は、4人で、バルトークの後の「弦楽器、打楽器、チェレストのための音楽」を思わせる、迫力のある表現。

全体を通して、第1ヴァイオリンの石田がこの弦楽四重奏団をリードし、バルトーク作品においても、ときに自由にノリの良い演奏を展開しながらも、決して粗くなることはなく、美しく魅力的な演奏を繰り広げた。そして、第2ヴァイオリンの執行が、全方向にアイコンタウトを取りながら、献身的にアンサンブルの要となっていたことも強く印象に残った。ヴィオラの榎戸はクールに寄り添い、阪田は渋くも美しいチェロを聴かせてくれた。

バルトークの弦楽四重奏曲といえば、いささか難解で、渋く、不協和音でテンションが高く、民俗的で野性的なところもあるというイメージが強い。しかし、YSQの演奏では、むしろ作品の洗練された美しさが際立ち、弦楽四重奏としての充実感を味わうことができた。多くの聴衆にバルトーク独特の美が伝わったのではないだろうか。

アンコールには、ジミ・ヘンドリックスの「リトル・ウィング」が演奏された。バルトークからジミ・ヘンドリックスに自然に流れていくところが彼ららしい。石田がたっぷりとメロディを歌い、執行もグリッサンドを交えながらブルース的に奏でる。そして、最後は、石田が輝かしくヴァイオリンを鳴らし、4人で鮮烈にコンサートを締め括った。

取材・文=山田治生 撮影=福岡諒祠


魅力的なソリストたちが誘う異次元的世界へ

『シンフォニック・メモリーズ』
【日時】8月1日(土)18:00開演@大ホール
【出演】田中祐子(指揮)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団(オーケストラ)
上野耕平(サクソフォン)、高木竜馬(ピアノ)、高野百合絵(ソプラノ)、ニュウニュウ(ピアノ)、紀平凱成(ピアノソロ)(高木竜馬の「高」ははしごだかが正式表記です)

スタクラ初日、8月1日(土)18時から大ホールで開催された『シンフォニック・メモリーズ』は、主に久石譲×ジブリ作品の醍醐味をオーケストラと魅力的なソリストたちとの共演で堪能するダイナミックな企画だ。指揮はオペラからポップス系のジャンルまでを幅広くカバーする田中祐子。神奈川フィルハーモニーの芸達者ぶりも存分に発揮され、文字通りスケールの大きな演奏会となった。

見わたす限りほぼ満席という盛況ぶりの中、コンサートはピアニストの紀平凱成のソロ演奏でスタートした。荒井由実の「やさしさに包まれたなら」「ひこうき雲」「ルージュの伝言」と三曲続けての演奏。一曲目の冒頭で聴かせた、軽やかながらも華麗なるアルペッジョで客席はアッという間に異次元の世界へと誘われる。まさに紀平マジックで演奏会は始まった感じだ。続く二曲目、三曲目は音のプリズムを感じさせるかのように多彩な音色が躍動し、視覚化できそうなほど鮮烈な印象を放っていた。紀平による贈り物のような演奏に触れ、客席全体もいよいよジブリ作品を聴く準備が整った感じだ。

続いては、サクソフォンの上野耕平をソリストに迎えての『天空の城ラピュタ』から同名曲と「君をのせて」の二曲。厚みのあるオーケストレーションから繰り出される芳醇な響きに乗せて、ソプラノサックスの無垢であたたかみのある響きが時空間を超えて我々一人ひとりの心の中に宿る原風景のようなものを抉りだす。懐かしい郷愁と深い共鳴は、聴き手をさらなる深遠へと誘う。

続いてはピアニスト髙木竜馬を迎え、『もののけ姫』より「アシタカせっ記」「アシタカとサン」の二曲。ダイナミックレンジ、スケールともに懐の大きさを感じさせる一曲目では、ピアノ、オケ両者ともに、悠かなる大河の流れのように、どっしりとした壮大な音楽を描きだしていたのが印象的だった。

続いてもピアニスト・ニュウニュウを迎え、『ハウルの動く城』より「星を飲んだ少年」「人生のメリーゴーランド」の二曲。一曲目では神秘的で謎めいた空気感を漂わせるこの作品を、端正なつくりながら芳醇な響きで聴かせ、作品が持つ無限の可能性を感じさせた。二曲目はピアノの独壇場で始まる作品だが、次第にコケティッシなワルツへと変容してゆくにつれ、まるで映画のワンシーンを見ているかのような夢の世界が濃密に描きだされていった。それを支える田中&オケによる絶妙なアクセントもまた見事に華を添えた。

前半プログラム最後は、ソプラノの高野百合絵を迎え、『千と千尋の神隠し』より「いつも何度でも」「いのちの名前」の二曲。高野は透明な声の美しさを活かし一つひとつの言葉を噛みしめるように歌い紡ぐ。ルルル…やラララなどの歌詞のない部分での優しくあたたかみのある歌声に多くの人々が癒されたに違いない。二曲目は中音域を主体的とした音域も手伝って、言葉の重みとメッセージ性が強く感じられた。大人の童話を感じさせるような神秘性と深みの中にある輝きに満ちた命ある言葉の数々が、会場全体に深く染みわたっていたのが印象的だった。

休憩を挟んでの後半は、久石譲オリジナルバージョンによる オーケストラシリーズ『となりのトトロ』。こちらもソプラノの高野によるストーリー語りとともに進行し、オーケストラもストーリーに即した情景描写を通して各セクションがさまざまな奏法を聴かせるというユニークな作品だ。事前のインタビューで田中自身、「ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』やプロコフィエフ『ピーターと狼』のスタイルを踏襲しており、練り上げられたオーケストレーションのハードルの高さとともに親しみやすさもある何とも魅力的な作品」と語っていたが、まさにトトロのテーマをはじめお馴染みの旋律が随所に聞こえほのぼのとさせてくれるが、変拍子をはじめ変幻自在な色彩を描きだす凝りに凝ったオーケストレーションが聴きごたえ充分の骨太な作品だ。

しかし、この作品の持ち味を存分に引き出したのは何と言っても田中の手腕だろう。細身の身体全体を使って描きだすその豊かでしなやかなバトン捌きは、流れるような美しい弧を描きながらも音の点が気持ち良い程に明確に取られており、おのずと推進力が満ち満ちてゆく。聴いている我々も不思議なほど同時に躍動しているかのような感覚にさせられるのだ。
この長尺の作品を締めくくるのは、やはりトトロのあのテーマ。力強いエンディングで見事に着地すると、会場から惜しみない喝采が贈られた。

アンコールも、やはりソリスト全員とオケによる「となりのトトロ」。ニュウニュウはヴァイオリンを持って登場というサプライズ付きだ。フェスならではの祝祭性のあるゴージャスな作品に仕上がっており、この2時間の至福の時を一同が一つになって華麗に締めくくった。何ともあたたかく愛に満ちた演奏会だった。

取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠


クイズあり、演奏ありの新企画!

『石井琢磨 Produce 格付けクラシック』
【日時】8月1日(土)20:00開演@小ホール
【出演】石井琢磨(ピアノ・トーク)、石田泰尚(トークゲスト)、辻本玲(チェロ)、東亮汰(ヴァイオリン)
(辻本玲の「辻」は一点しんにょうが正式表記です)

スタクラ初日の20時からは新企画『石井琢磨プロデュース格付けクラシック』が開催された。「テレビ恒例の格付けチェックをやってみたかった」という石井の願望が実現したものだが、小ホールは遅い時間からの開催にもかかわらず満員御礼。クイズを楽しみながら音楽の奥深さを学び、演奏も楽しめるというハイブリッドな企画は、司会進行も石井本人に加え、スペシャルゲストにヴァイオリニストの石田泰尚を迎え、出題者も超実力派の演奏家たちという超豪華版だ。その模様を少しだけ覗いてみた。

会場の扉を開けて中に入ってみると、客席空間はスゴイ熱気だ。席も驚くほどびっしりと埋まっており、ステージ上にはマイクを持ったヴァイオリニストの石田泰尚と何やら緊張した面持ちの石井琢磨がトークを展開中だった。その後ろにはアコーディオンカーテンと思しき、“蛇腹”で目隠しがされており、後ろでは何か準備中の様子だ。

そう、まさにクイズ進行中。石田と石井のトークを聞いてみると、どうやら、「どちらがエレクトリック・ヴァイオリンで、どちらが本物の高価なヴァイオリンか?」というのが質問らしい。と思いを巡らせていると、蛇腹の裏から エルガー「愛の挨拶」のあの美しいメロディが聞こえてきた。AとBと同じ小節数の旋律が二回繰り返されたが、さて、本物はどちらだろうか?しかし、演奏があまりにも巧み過ぎて、どちらも説得力がありわからない……。壇上の石田も一回答者として参加中なので、どうしてもプロヴァイオリニストの様子を窺ってしまう……。しかし、意外にも石田自身も戸惑っており、簡単そうに思えて、実際そうでもないのだ。矢先、石田の「愛の挨拶は弾かないね。ちょっと恥ずかしいから」という突然のコメントに会場は爆笑。会場の様子もかなり和んだ感じだ。

石井に回答を促されて、オーディエンスがそれぞれに手持ちの札をあげる。AB半々くらいの回答だ。回答はA。「ここでAの演奏を改めてお聴きいただきます」という石井のアナウンスで演奏者の顔がようやく見えたが、何とヴァイオリニストの東亮太の手によるもの。石田も「東君の演奏が上手すぎてハードルが上がってしまったのも確かだね」というコメントに思わずうなずいてしまった。そして、この企画の良いところは、ここで終わりではなく、東と石井の演奏で改めて全曲を楽しめるところだ(石田もマイチェアを客席に置いて、聴衆に混じって演奏を楽しんでいた)。

と、こんな感じの出題が続き、二問目はチェリストの辻本玲による バッハ「無伴奏チェロ組曲 第一番《プレリュード》」冒頭部分の一節の演奏で「高価なチェロ(辻本本人の楽器)と安価なチェロを聞き分けよ」という内容。
三問目は東がヴァイオリンをヴィオラに持ち替え、辻本とともにサン=サーンス「白鳥」の冒頭を演奏し、チェロによる演奏をあてるという趣向。4問目はプロの打楽器奏者が打つシンバルと素人が打つシンバルの音の違いをあてるという、想定外の斜め45度の出題(ここでプロ奏者として登場したのは神奈川フィルで42年、打楽器セクションを務めた平尾信幸氏)。

総じて、蛇腹越しに聴く演奏と、回答が判明し目で演奏者を見つめながら聴く演奏とでは、また印象が違うといことにも多くの聴衆が気づいたようで、皆、それぞれに目から鱗の体験の連続だったようだ。

そして、何と言っても最高潮に盛り上がったのは最終5問目の問題。 「石井琢磨と石田泰尚が演奏する二つの「猫ふんじゃった」のうち、どちらが石田の演奏か?をあてよ」というもの。

ピアノの演奏は大学の試験以来、普段は家にピアノもないという石田と百戦錬磨の石井が蛇腹越しに 猫ふんじゃった の冒頭一節を演奏。これはさすがに会場の3分2くらいが正答(なぜだろう!?)。回答判明後に石田がピアノの前に座り込んで、「猫ふんじゃった」の演奏を楽しんでいたのが何とも微笑ましかった(いや、可愛らしかった!)

全問正解の6人には今宵ステージに登場した全演奏家のサインが埋め込まれたステッカーが贈呈され、第一回『格付けクラシック』の覇者として認定された。締めのコメントを求められると石田は「明日、コンチェルトを二つ演奏しなきゃいけないんだけど……、楽しい時間を過ごせましたね」と最後まで渋目に一言。最後に石井・東・辻本によるピアノトリオ演奏(曲目はクライスラーの「シンコペーション」)で大盛況の新企画ンサートを華麗に締めくくった。

筆者も実際に参加してみて、簡単なようで意外にも正解できないジレンマに一喜一憂しながらも、出題者の演奏の素晴らしさと石井&石田のギャップあり(!)のトーク進行の面白さ、そして、何よりも気楽に向かおうと思っても、思わず真剣になって巻き込まれてしまうその魔力、いや中毒性に驚きの連続だった。この好企画が来年以降も続くことを心から願う。

取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠

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