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出会って、知って……の繰り返しで愛と理解が深まる。送水口倶楽部・佐々木あやこさんが語る、送水口の魅力

さんたつ

消防車からの放水が届きにくい場所に水を送るために設置される「送水口」。佐々木あやこさんは、各地の送水口を撮り集め、その魅力や生態をホームページ「送水口倶楽部」で発信するほか、街歩き「送水口ウォーク」やトークイベント「送水口ナイト」を開催し、送水口ファンの裾野を広げている。

街の安全を静かに見守るヒーロー・送水口

2体並んで街を健気に見守る送水口。

建物の壁から二つ目を光らせていたり、地面からニョキッと生え宇宙人のように佇んでいたりする、銀色の物体。街角で日常的に視界に入りながらも、役割や使い道について詳しく知っているという人は、そこまで多くないのではないだろうか。

彼らの名前を「送水口」という。

消防車の放水が届きにくいところに水を送るための入り口だ。

消防車からの水を送り込む入り口にあるのが「送水口」(イラスト:佐々木あやこさん)。

「火事が起きると消防車がやってきて消火しますよね。ただ、ビルの高層階や地下街、アーケード街の建物側面など、消防車の放水が直接届かないところもいっぱいあります。そういった場所に水を送り込むため、消防車が近づきやすいところに設置された入り口が『送水口』です。送水口の穴に消防車から水を送り込み、配管を伝って各階に放水するんです。一生使われないかもしれないけれど、いつ使われるか分からないから万全にしておく。ふと考えると健気ですよね」

万が一の事態に備え、常に街角でスタンバイし続ける送水口。街の安全を静かに守るヒーローのような存在だ。

「送水口」とひとくちに言っても、その形状はいくつかバリエーションがある。

「主に①壁埋設型、②露出Y型、③自立型の3種類があります。『壁埋設型』はその名の通り壁に埋設されたタイプ。『露出Y型』は壁から顔を出し上から見るとY字に見えるタイプ。『自立型』は地面から直立しているタイプ、メーカーによって『スタンド型』と呼んだりもします。
もともとアメリカから導入された原型は露出Y型でしたが、現在主に使われているのは、壁埋設型と自立型です。消防車が建物に接近できる場合には壁埋設型、植え込みがあってすぐにアクセスできない場所には自立型など、その場に合ったタイプが使い分けられています」

壁埋設型を道路側に近づけるため、専用の壁を作った例。かわいい。

ちなみに現存する日本最古の送水口は、1931(昭和6)年に設置された露出Y型の送水口だそう。きれいに磨かれておりかっこいい。

現存する日本最古の露出Y型の送水口。大阪・高麗橋にて。
植え込みの向こうに横一列に並ぶ自立型の送水口。

出会って知って……広がり深まる送水口の世界

クマの頭部がお供えされた送水口。

小さい頃から金属製のものや無機質なものが好きだったという佐々木さん。送水口も、好きになった明確なきっかけがあるというわけではなく、「気づいたら見ていた」そう。

はじめてデジカメを手にしたときも、迷わず撮影対象としたのは送水口だった。

「当時はホームページの黎明期。『あんなに街中で目立つ存在だから、送水口ファンはきっと200万人くらいいるに違いない』と思ってインターネットで送水口について一生懸命調べても、全然出てこなくて。しょうがないから自分でホームページを立ち上げることにしました(笑)。旅に出て撮影した送水口の写真をアップしたり、掲示板で様々なジャンルの愛好家の方たちと交流したりする中で、『私は送水口というものが結構好きなんだな』と気づきました」

佐々木さん流・送水口を楽しむ視点は大きく3つある。

①散歩中に出会う「あの人」として

1つ目は、街に棲息する「送水口という種族」として愛でる、という視点だ。

「街で出会う『送水口さん』として愛でています。いつも埋もれていたり箱に入っていたりと、個体によって形状や状態は様々。独自のネーミングを付けて『送水口大百科』としてまとめています」

「伸びゆく送水口」。壁からニョキッと伸びている(イラスト:佐々木あやこさん)。

SNSで「#送水口大百科」というハッシュタグを検索すると、街の送水口の、個性豊かで悲喜こもごもな「生態」を、佐々木さんのかわいいイラストによる解説とともに楽しめる。生態ごとに自分なりの名前をつけることで、より親しみが湧いてくる。

②「送水口そのもの」として

2つ目は、歴史ある工業製品としての送水口の背景情報を知り、宝探しのように貴重な送水口を見つけに行く、という視点だ。

「送水口を色々と観察していく内に、製造された年代や形状、地域性などが見えてきます。古くてレアな送水口は、現存するうちに見ておかないとどんどん再開発などでなくなってしまいます。私が旅に出ている理由の一つもそれですね。古い青銅製の送水口は今は製造されていないので、現存しているものを探して回ったりもしています。
送水口の年表がなかったので、これは古い、新しい、よく見る、といった情報を資料とともに整理して自分なりに年表化したところ、たとえば法改正が送水口の形状や設置状況に変化をもたらした、といったことが見えてきました。
送水口は、基本的に建物が建つのと同時に設置されます。建物の竣工年は古いのに送水口は新しいぞ、といった違和感を感じた時に調べてみると、法改正や耐圧試験の実施に伴って送水口を改修した、といった背景情報が分かってくるんです」

庁舎やホテル、銀行、百貨店などには、歴史ある貴重な送水口が残っている場合が多いそう。佐々木さんは、なんと47都道府県すべての庁舎の送水口巡りもおこなった。

47都道府県庁舎の送水口巡りでの1枚。香川県庁にある、1958(昭和33)年に設置された送水口。
今はなき富士銀行。しかし送水口にはその名が刻まれている。

いざ見に行ってみたら、もう取り払われていたという悲しい出来事もあるんだとか。佐々木さんは、そこに送水口がなかったとしても、壁面に残る送水口の痕跡を「送水痕」と称し撮っている。

送水口の痕跡「送水痕」。壁にうっすら浮かぶ2つ目から涙を流しているようにも見える。

③「消防設備」として

3つ目は、純粋に消防設備としての理解を深める、という視点だ。送水口は、生命と財産を守るという使命を負った存在。時代ごとの先進技術が刻まれている。

「メーカーごとに時代の要請に合わせて新しい工夫を取り入れたり仕組みにこだわったりと、純粋に消防設備としてすごいんです。たとえば、送水口がたくさん付いた建物があり、なぜだろうと確認してみたら、地下にいくつも更衣室がある体育館でした。すべての部屋に水を行き渡らせるために送水口がたくさんついていて、作った人はすごい、と思いました。
『埋もれていてかわいい』、『レア』といった視点は抜きにして、建物ならではの工夫を知ると、送水口が守ってくれているんだな、という感謝の念が生まれます」

日本の送水口史を作った老舗メーカー社長との出会い

活動を続ける中で、送水口を製造するメーカー・株式会社村上製作所との交流も生まれた。

「村上製作所は、日本の送水口史の黎明期を作った老舗の会社の一つです。私も村上製作所製の送水口を『オールド送水口』と呼んで愛でていたんですが、当初はどの会社のものなのか分からなくて。知人でマンホールを愛好している白浜公平​​さんのご協力により、どうやら村上製作所というところが作っているらしいと分かりました。
『御社がこの古い送水口をつくっている会社ですか』と白浜さんが問い合わせてくださったところ、『そうですよ。見に来ますか』と、村上善一​​社長じきじきにお返事をくださっただけでなく、会社訪問をお誘いいただきました。
正装して伺ったところ、なんとお酒まで用意して歓迎してくださって(笑)。村上社長ご自身が撮った送水口の写真を見せていただいたり、貴重な送水口の写真を撮影させていただけたりしました。写真を撮るときにも、社長自ら、撮影しやすいよう黒い箱やシーツを用意してくださって。とてもフレンドリーで素敵な方でした」

はじめて村上製作所を訪れた時の様子。ボトルでワインまで用意し、歓迎してくれたそう。
ご自身が撮影した送水口の写真を上映中の村上社長。

「その後すぐに村上社長から再びご連絡があり、近くで解体されるビルに設置された、村上製作所製の送水口の取り外し作業に同行することができました。それが送水口“救出”のはじまりです。
村上社長の尽力によって、解体される建物から救出した送水口がいくつか集まってきた頃、私にとっては国宝級の送水口が設置された『ブリヂストン美術館』のビルが解体されることに。ビルを管理している会社に長いお手紙を書き、村上社長と二人で“救出”のご相談に伺ったところ、ありがたくも引き取らせていただけることになりました。『その送水口をどうするんですか』と先方に聞かれた時、村上社長がその場で『実は送水口を展示する博物館を作ろうと思ってるんですよ』とおっしゃったんです」

なんとその時すでにパンフレットまで作成していたという村上社長。同じ年に、村上製作所の屋上に「送水口博物館」が誕生した。

歴史的価値の高いオールド送水口を救出するとともに、送水口の歴史的変遷を展示することを目的とした博物館。公式サイトを読むと、「送水口の歴史変遷を近代消防の歴史として記録し、できる限り残してほしい」という​​送水口ファンからの声が設立につながったという。

館内には村上製作所製のものだけではなく、他社の貴重な送水口も保存・展示されている。

メーカー側である村上社長ご自身が送水口そのものを愛でるだけでなく、愛好家たちの思いも汲み、送水口の歴史記録のため実際の行動に移しているということに胸が熱くなる。

「村上社長をはじめ、活動を通して様々な素晴らしい方たちと出会えました。ネット上で仲間が見つからず、自らホームページを立ち上げた頃の自分に教えてあげたいですね」

まずはおなじみの「送水口さん」を見つけよう

最後に、これから送水口を見て知って楽しみたい、という際にまずは何からスタートするのがおすすめか、伺った。

「まずはおなじみの『送水口さん』を見つけるのがおすすめです。写真は私が定点観測している、お花屋さんの送水口。花材や道具など、日々色々なものを載せられています。おなじみの送水口が見つかったら、自分だけの名前をつけて愛でてみてください。極めたり深めたりする必要はなく、そこに送水口が『ある』ということに気づくことが大事なんです」

同じ送水口でも、その日ごとにちょっとずつ様子が違う。

まずは送水口に会う。繰り返し会うと少し詳しくなる。詳しくなるともっと知りたくなる。知りたくなると、また会いたくなる。それを繰り返すことで、螺旋状に愛と理解が深まっていく、とおっしゃる佐々木さん。

普段暮らす街の日常風景の中には、たくさんの「見えてない」ものが存在する。その背後にはさらに数多くの技術や仕事が潜んでいる。

それを意識して見るだけで、街はぐっと重層的に見えてくる。

取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて佐々木さん提供

村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。

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