山下達郎を “夏男” にした「FOR YOU」イントロのギターを聴くだけで心が躍るのはなぜ?
夏うたを2026年の視点で再編集 vol.2
SPARKLE、LOVELAND, ISLAND / 山下達郎
夏の開放感をイメージさせた「RIDE ON TIME」
ある時期、山下達郎は “僕はべつに夏は好きじゃないんだ" とよく言っていた。それは、そう言いたくなるほど、彼の音楽に夏のイメージを持っている人が多かったということでもある。その山下達郎が “夏男” のイメージを持たれるようになった大きな要因は、彼のブレイク曲となった1980年の「RIDE ON TIME」にある。
この曲は、カセットテープのCMソングとして人気を集めたけれど、オンエアされたCM(山下達郎が映像に登場した唯一のCM)がサイパンで撮影されていたことも大きかったかもしれない。歌い始めこそ「♪青い水平線を」というフレーズがあるけれど、必ずしも夏の歌でも、リゾート気分の歌でもない。曲名に象徴されているように “時を逃さずに行こう” というポジティブなメッセージソングだ。けれど、CMの映像と重なって夏の開放感をイメージさせたのも自然な事だった。
そんな経緯もあって、レコード会社は山下達郎を売りだすために《夏だ!海だ!タツローだ!》というキャッチフレーズを打ち出し、リゾートミュージックの騎手として売り出そうとした。しかし、山下達郎の楽曲にはアメリカンポップスやソウルミュージックのテイストを強く感じさせるレパートリーが多く、いわゆるリゾートミユージックを意識した楽曲はほとんどなかった。
確かに彼は、ザ・ビーチ・ボーイズをはじめとする1960年代のサーフミュージックを愛していたけれど、それもアメリカンポップスの系譜の中のエポックと捉えた上でのことだった。なので、ヒットシングル「RIDE ON TIME」をメイン曲にしたアルバム『RIDE ON TIME』も、どちらかといえばファンク・テイストの都市感覚サウンドをクローズアップしたアルバムだった。
アルバム「FOR YOU」の気分を代表するサマーソングといえば?
アルバム『RIDE ON TIME』の成功を受けて、レコード会社からリゾート感覚のポップス を作って欲しいという執拗なリクエストがあったのだろう。『RIDE ON TIME』に続くアルバム『FOR YOU』(1982年)をリアルタイムで聴いた時、そんな想像をしたくなった。
なにより、鈴木英人のイラストによるジャケットが圧倒的にオシャレだった。このセンスは、前年に発表された大滝詠一の『A LONG VACATION』が永井博のイラストでリゾートイメージをアピールする手法に通じていた。鈴木英人のアートワークは、確かに山下達郎サウンドにリゾートのイメージをコーティングさせる役割を果たしていた。収録曲にはディープなファンクナンバーも収められているが、全体的には夏のリゾート気分に通じる、マイルドで洗練されたポップアルバムと感じられるものに仕上げられていた。
そして、この『FOR YOU』というアルバムの気分を代表するサマーソングといえば、1曲目の「SPARKLE」と5曲目の「LOVELAND, ISLAND」だろう。面白いことに、この2曲はアナログ盤ではそれぞれA面の1曲目とB面の1曲目に置かれていた。つまり、レコードに針を下ろせば最初に飛び込んでくる曲だったのである。
夏っぽい雰囲気をもった「SPARKLE」と「LOVE LAND, ISLAND」
さらに興味深いことは、1982年のリリース時、このアルバムからは1曲もシングルカットされていないことだ。山下達郎の1970年代のアルバムにもシングルカットがないアルバムはあるけれど、それはセールスが見込めないという理由だった。しかし、「RIDE ON TIME」のブレイク後なのでシングルカットすればヒットする可能性は十分にあった。特に「LOVELAND, ISLAND」はビールのCMソングとしてテレビからも流れる人気曲だったから、シングル化されていると思っている人も多かったと思う。
また、1980年代の初期にはカーオーディオや1979年に発売されたウォークマン(ポータブル・カセットプレイヤー)によって、家の外でも音楽を楽しめるようになっていた。そんな時代に『FOR YOU』は、アウトドア気分をゴージャスに盛り上げるオシャレなアイテムとしても受け入れられていった。
レコード会社としても、シングルで勝負するのではなく単価の高いアルバムのセールスを伸ばすというトライをこのアルバムで行った側面もあった気がする。だから、アルバムをよりキャッチーに感じさせるために、夏っぽい雰囲気をもった「SPARKLE」と「LOVE LAND, ISLAND」が最初に聴けるように配置されていたのではないだろうか。
聴くたびにリアルタイムのワクワク感を覚える山下達郎の音楽
今回、改めて『FOR YOU』を聴き直した時、1曲目の「SPARKLE」の冒頭、山下達郎自身が弾くフェンダー・テレキャスターのギター・カッティングが流れ出しただけで、常夏の珊瑚礁が目に浮かび、感情が騒ぎ出すのを実感した。ライブのオープニング曲として「SPARKLE」が演奏されることが多いため、あのカッティングが聞こえてくると、条件反射的に気持ちが高ぶってしまうせいもあるのかもしれない。
けれど、リリース時から40年以上にわたって聴き続けてきた僕が、半世紀近く経ってもワクワクさせられることだけでも、この曲が山下達郎を代表する夏うたのひとつだと言っても良いのではないか。さらに言えば、日本のシティポップを代表する曲のひとつとして「SPARKLE」が海外で高く評価されていることも、その素晴らしさを示している事実だろう。
往々にして、ある時期に大きな脚光を浴びてしまうと、時が経つにつれて古く感じられてしまうことがよくある。けれど山下達郎の楽曲は、聴くたびにリアルタイムのワクワク感を覚えることができる。山下達郎のアルバムが、リイシューされることはあれど絶版にはならないというのも、その楽曲を聴くたびにリアルタイムの魅力を感じさせてくれるからだろう。
最後は余談になるけれど、“夏男” としてプロモーションされた山下達郎が『FOR YOU』に続いて発表したアルバム『MELODIES』(1983年)にひっそりと収められていた「クリスマス・イブ」。この曲によって、“山下達郎” を冬の季語に認定する俳句の流派も現れるほど。いまや “冬男” として脚光を浴びているのも、なんとも不思議な気がしてしまう。