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アーティスト・清川あさみが故郷の伝統芸能「淡路人形浄瑠璃」を題材に総合プロデュース。戎様の誕生秘話と国産み神話が出会う壮大な物語に

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清川あさみ

社会で活躍する女性の本質をとらえた『美女採集』シリーズ、宮沢賢治の童話を題材にした絵本など、カラフルな糸や布、ビーズを使って写真に刺しゅうを施し、独自の芸術作品をつくり出してきたアーティスト、清川あさみ。デザイナー、アートディレクターなどとしても手がけるジャンルは枚挙にいとまがない。そんな彼女が故郷・淡路島で、国指定重要無形民俗文化財である淡路人形浄瑠璃を継承している「淡路人形座」の作品をプロデュースする。勝手に衣装などを手がけるのかと思っていたが、演目そのものを彼女の視点でつくり上げるという。人形劇好きとしては、もう気になって仕方がない。

まずは淡路人形浄瑠璃を紹介しよう。その発祥は室町時代で、「戎舞」が起源と言われる、三人遣いの人形、義太夫、太棹三味線で演じられる。最盛期の江戸時代中期には淡路島だけで40以上の人形座があり、全国各地に人形浄瑠璃の魅力を伝えた。全国各地に残る伝統人形芝居の多くはこれに影響を受けているとも言われている。しかし明治以降、娯楽が多様化したり、修行の大変さもあって後継者が育たなかったりなどの理由から衰退していく。しかし1964年、淡路島の伝統芸能を守ろうとする人びとの力で「淡路人形座」が立ち上げられ、現在も島内唯一のプロチームとして活動し、淡路人形浄瑠璃の継承・発展に努めている。

――清川さん、どういう経緯で淡路人形浄瑠璃に関わることになったのですか?

清川 2019年に、淡路島くにうみ協会が主催する講演会の講師を務めさせていただいたのですが、そのとき楽屋に、淡路人形座の皆さんがご挨拶に来てくださったんです。私も淡路島出身で淡路人形浄瑠璃はもちろん知ってはいたのですが、改めて注目したことはありませんでした。ただ阪神淡路大震災以降、お客様も少なくなっているとは聞いていたんです。その時は、淡路人形座の皆さんから、何かコラボできないかというお話をいただきました。私もたまたま、淡路島に伝わる国生み神話(日本神話を構成する神話の一つで、日本の国土創世譚と言われる)や歴史をちょうどリサーチをしていた時だったんです。私は文楽が好きで、杉本博司さんとコラボしたりしていたのをたまたま拝見していたんです。その文楽の最初のきっかけも淡路島なんですって。私も初めて聞いたのですが、そのことが世の中に伝えられていないことがもったいないと思ったんですよ。

――清川さんが衣装を手がけると思い込んでいたのですが、

清川 そうですよね。実は最初は人形の衣裳、着物のプロデュースを頼まれたのですが、私の方から、着物だけ変えたところで何も変わらないのではというお話をさせていただき、一式やりますと言ってしまいました。舞台からお話からすべてをアップデートして次世代に渡せるようにしたかったんです。ちょうど同じ時期に、南あわじ市の市長さんから南あわじ市地域魅力プロデューサー就任のお話をいただいたこともあり、なんだかタイミングも良かったんです。

衣装打ち合わせの様子

――逆に楽しみな思いになりました。

清川 空間や衣装のデザイン、人間のプロデュースは経験があるのですが舞台という総合芸術を手がけるのは初めてでした。ましてや人形も初めてです。ただストーリーから、イチからつくっていくことをしないと、伝統あるものの魅力が見過ごされてしまったり、若い人に響かなかったりするのは寂しいことだと思ったんです。またすべてをやらせていただくことで、総合的に、緩やかにアップデートできるんじゃないかと。

――その後どのような動きをされたのですか?

清川 まずは淡路人形座さんありきですから、人形座さんがもっとも見せたい演目をヒアリングさせていただき、島独特のもの、島の魅力をリサーチしたんです。その中で、もともと神事である戎舞いが庶民と一体化して発展してきたという、淡路人形浄瑠璃のあり方を伝えるのがわかりやすいのではないかと思いました。昔は人形がいろんなところに出向いて人を笑わせたり楽しませたりするという文化があったんですって。それこそ淡路では「芝居は朝から、弁当は宵から」という言葉があるんですけど、1日かけて人形浄瑠璃を見るのが最大の娯楽だったそうです。

――それは面白い言葉ですね。

清川 そうでしょう。また淡路人形浄瑠璃の人形は文楽のものより少し大きくて、早変わりの仕組みやからくりが仕込まれていたり、人を楽しませる力を持っているんですね。アップデートしたい演目はいくつかあったんですけど、一番有名で、淡路人形浄瑠璃の根っこでもある戎様を選ばせていただきました。人形浄瑠璃といえば恋人同士の心中物なんかも魅力的ですが、人を笑わせるというところが今の時代に合っているし、希望があるんじゃないかと思ったんです。一番島っぽいものが戎様なんです。ただ戎様って踊って、酔っ払って、願い事を叶えますという流れしかやられていなくて。それでそもそも戎様がどこから生まれてきたのか調べたら、国産み神話(*1)とつながったんです。それなら淡路島のいいところが見せられるし、戎様も見せられるし、出会ったことのない二つの物語が出会うことですごい総合芸術になるんじゃないかと。それが最初の一歩でした。

*1
イザナギノミコト、イザナミノミコトが 天沼矛(あめのぬぼこ)で下界をかき回し、日本で最初に生まれたのが淡路島と言われる。

清川あさみ(左)と脚本のいとうせいこう

――脚本は伝統芸能に造けいの深い、いとうせいこうさんです。

清川 せいこうさんとはよく共演はさせていただいていたんですけど、特別仲が良かったわけではありませんでした。あるときNHKの楽屋で一緒になったんですよ。私がメイクさんと何気なく淡路人形浄瑠璃のお手伝いをしているという話をしていたら、「面白そうなことをやっているね、僕にできることないかな」と声をかけてくださったことから意気投合して、次の日からゆっくり打ち合わせをしました。そこから脚本をお願いすることになったわけです。せいこうさんは文楽のことはとてもお詳しいのですが、淡路島にはいらしたことがなかったし、島の浄瑠璃もそこまではご存知なかったので、こういう物語をとお話ししたら非常に興味を持ってくださったんですよ。

 そのほか衣装も普段東京で一緒にやっているチームをお願いしましたし、人形劇中に上映するアニメーションの制作担当も東京芸大から見つけてきたり、自分の目で見、足で探してキャスティングしていきました。

――そんな展開に淡路人形座の皆さんはびっくりされませんでした?

清川 私に依頼してくださった時点で私に預けようと腹をくくっていらしたようで、清川さんがやりたいことを最大にやってくれたらという感じで楽しんでくださっています。怖いけど、飛び込んでみようと思ってくださっているのかな(笑)。

――戎様のキャラクターには新たな面がプラスされたりとかするのですか?

清川 淡路人形座で戎様の人形を見たときは、表情も衣装もちょっと疲れているように感じていました。中心で踊ってはいるけれど、それはにぎやかしに過ぎず、ストーリーの中に存在していなかったからだと思うんです。神話の中、歴史の中ですごく重要な存在なのに生かされていないことがもったいないと思ったので、まずは意味のある柄の着物を新調して、彼の存在がすごいんだということが伝わるようにしようと努めました。今はめちゃくちゃ大きく見えますよ。うふふふ。生き生きとすごくかっこよく見えて、本当に福をもたらしてくれるように見えています。一番見せたかったところに落とし込めたと思います。

清川あさみと淡路人形座のメンバー

――伝統芸能は保存を前提としているところがあって、停滞につながりがちです。清川さんが淡路人形浄瑠璃に現代の風を吹き込んだということは現代劇としての淡路人形芝居が生まれるという意味で、とても腑に落ちるんです。

清川 そう言っていただけるとめっちゃうれしいです。勇気が出ます。正直、できるのかなと最初は不安もありました。劇場にお客様がぽつ、ぽつっとしかいない様子を見たときに、本当に責任を持ってやらないと、頼まれた意味がないと思って必死に取り組みました。私も実は人形劇が好きなんですよ。人の手でオブジェクトに命が吹き込まれるものが好きなのかもしれません。

 伝統芸能も一つのアートだとすれば、観てくださった方が元気になってくれるからこそ必要性を感じているし、そういう意味で淡路人形浄瑠璃に関われたのがうれしかったですね。

――ぜひ淡路島で見てみたいです。

清川 本当はツアーをつくりたいんです。『戎舞+(プラス)』のクライマックスで、私が刺繍で淡路島で見た朝日を描いた「inori」という作品を拡大複写して舞台背景としているのですが、その実物の作品も淡路島でご覧いただけるんです。洲本市にある温泉旅館「淡路夢泉景」のロビーに常設展示されています。淡路島には温泉もあるし、食べ物も美味しいし、鳴門海峡ではうず潮も見られます。淡路人形浄瑠璃と一緒にそれらも楽しんでいただければと思います。

取材・文:いまいこういち

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