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森美術館・洞田貫晋一朗が語る「コロナが落ち着いたら本物を見たい!」という気持ちを促すSNSの活用法

Marketing

来館を促す仕組みを考える面白さ

――洞田貫さんは森美術館が運営するSNSアカウントの「中の人」であることが知られています。あらためてお仕事の内容を教えてください。

2015年から森美術館のマーケティンググループに所属しています。それより以前は六本木ヒルズ森タワー52階にある展望台「東京シティビュー」の企画・運営や、広報に携わる部署にいたので、マーケティングにはあまり関わりがありませんでした。

マーケティンググループは広告チームとプロモーションチームの2つに分かれていまして、私はプロモーションをメインに担当し、お客さまに美術館に来てもらうための仕組みや戦略を考えるのが仕事です。

具体的には、SNSの中の人だけでなく、インターネット広告の運用、来場者データの分析、割引やキャンペーンといった来館者を増やすための施策の立案なども行っています。チーム内にアシスタントはいますが、施策の立案から実行までメインの担当は基本的に私一人です。

▲取材はマスクを着用して行われた。

――Twitter、Facebook、Instagram、YouTubeなど、森美術館はたくさんのSNSアカウントを運営しています。それらの運用も洞田貫さんが担当しているのでしょうか。

はい、そうです。大変ですが、始めたら続けなければならない宿命があると思って頑張っています。

それぞれ、次のように使い分けています。

Twitter:展覧会の告知や情報拡散Facebook:展覧会の告知。Twitterと違って文字数の制限がないため、1投稿あたりの情報量は多め。海外の方の閲覧が多く、投稿は英語表記も行うようにしているInstagram:あまり説明的にならないように、展示室の写真などを撮影してアップYouTube:イベントや撮影した映像のアーカイブをアップする場所

このほかに最近はClubhouseやTikTokも始めたので、より大変さが増しています。

――マーケティングに関する知識やSNSの運用ノウハウはどのようにして身に付けたのでしょうか。

マーケティンググループに着任した際、マーケティングに関連する書籍をいくつか読んで勉強しました。新型コロナウイルス感染症が広まる前は、企業のマーケティング事例を紹介するセミナーにもよく参加していました。SNSに限らず、関係ありそうなテーマのセミナーには足を運んで企業の事例を学び、業務に役立ちそうな内容を少しずつ習得していました。あとは、TwitterなどのSNSやWebメディアの記事で生きた情報を収集しつつ、日々の業務を進める中で感覚をつかんでいったと思います。

SNSはマーケティンググループ着任以前から個人的に好きで、古くはmixiが流行していた頃から、新しいSNSが出るたびに試していました。そのため、特別に運用ノウハウを学んだわけではありませんが、着任当初から森美術館のSNSアカウントをどう運用すれば良いか、ある程度イメージはできていたと思います。

マーケティンググループ着任以前から、どのような発信をすればお客さまに来ていただけるか興味があったので、今の仕事はやっていて非常に楽しいです。

トライアルで確信したライブ配信が持つ力の大きさ

――コロナ禍では、休館になった多くの美術館・博物館でオンラインギャラリーツアーや所蔵品紹介ツイートが行われるなど、SNSの活用が活発化したのが印象的です。

美術館や博物館などの展示室があるところは、施設自体が休館になると打ち手が非常に限られてきます。

新型コロナウイルス感染症が落ち着いて、美術館や博物館がこれまで通り開館できるようになった後、どうすれば以前のようにお客さまに来ていただけるのか、それをSNSでどうサポートしていけるかが業界にとってもポイントになるのではないでしょうか。

――個人的には、東京・渋谷区の太田記念美術館が印象に残っています。Twitterは2012年から運用していますが、浮世絵に関するツイートがよく拡散されているのを拝見しました。

太田記念美術館さんはツイートに浮世絵のキャッチーな絵柄を活かしていて、Twitter運用が上手だと思います。不思議な生き物の絵や江戸時代のカットスイカに関するツイートがよくバズっていましたね。投稿自体に人気が出て、フォロワーも増えているようです。

――新型コロナウイルス感染症が広まる前と現在で、森美術館ではマーケティング戦略に関してどのような変化がありましたか。

SNSで行う情報発信の目的が変化しました。

新型コロナウイルス感染症が流行する前は、お客さまに美術館に来ていただくことが最終目的で、そのための情報発信を行っていました。たいていの方は「美術館に行こう」と思ったときくらいしか、美術館の情報に触れる機会がありません。それはおそらく3カ月や半年に1回くらいの頻度で、割とスパンが空くと思うのです。だからこそ、「美術館のことを忘れないでほしい」との思いで、日々SNSを通じて情報を発信し続けてきました。

今も最終目的がお客さまの来館であることは変わりません。しかし、休館せざるを得ない時期ができ、美術館に「開いているとき」と「閉まっているとき」があるようになりました。そのため、SNSで情報を発信する目的が、お客さまの「落ち着いたら行きたい」「今度行こう」という気持ちを作ることに変化しました。

――「落ち着いたら行きたい」という気持ちを作るために、具体的には何をしたのでしょうか。

休館中はなるべくタイムリーな情報を発信し、お客さまが「本物を見に行きたい」と思う気持ちを作る施策にひたすら取り組みました。

Instagramでは、会期中の展覧会のギャラリートークをインスタライブで配信しました。森美術館の館長が展示室を回り、作品を解説する様子をライブ中継したのです。また、Clubhouseで作品解説や展覧会の舞台裏を語るトークルームを定期的に開催したり、TikTok LIVEに参加したりもしました。

取り組んでみてわかったのは、ライブ配信の力が大きいことです。アーカイブで動画を配信するよりも、「今、そのときしか見られないもの」があると、視聴者が集まりやすいと感じています。また、インスタライブは配信中にストーリーズ欄のアイコンに「ライブ配信」と表示されるので、それがユーザーを呼び込む良い目印になっていると思います。

▲森美術館のIGTVにあるインスタライブのアーカイブ『「アナザーエナジー展」LIVEツアー①』より。画像出典:@moriartmuseum(https://www.instagram.com/tv/COcfiH9JTUV/)

――特に反響の大きかった施策は何ですか。

今年(2021年)5月18日にTikTok主催で企画された「#MuseumMoment」では、合計視聴回数が86085回を記録しました。これは「国際博物館の日」を記念してTikTokで企画されたライブ配信イベントで、5月18日の16時から翌19日の11時まで世界12カ国、23の美術館・博物館をリレー形式でつなぐものでした。日本では森美術館に声がかかり、ほかの国からはスペインのプラド美術館やイタリアのウフィツィ美術館、フランスのオルセー美術館、アメリカのメトロポリタン美術館など、世界の名だたる美術館が参加しました。

5月18日19時から始まった森美術館の配信では、館長がガイドを務め、現在会期中の「アナザーエナジー展」を英語で1時間解説しました。森美術館をはじめ、今回の企画に参加した美術館が世界中のユーザーに向けてSNSで告知を出したほか、アート好きのTikTokユーザーにレコメンドが出たことにより、世界各国から視聴があり、合計視聴回数が伸びました。

もし同様の映像を録画して編集し、動画を「見てください」と配信しても、ライブ配信に迫るような視聴回数にはならないと思います。

▲「アナザーエナジー展」より。
フィリダ・バーロウ 《アンダーカバー2》 2020年 Courtesy: Hauser & Wirth
展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年
撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

――アーカイブ動画とライブ配信の違いは、やはり視聴者とインタラクティブなやり取りができる点でしょうか。

ライブ配信にはそのときにしか見られない、賑わっている感じがあると思います。例えばインスタライブでは、視聴者からのコメントはライブ配信中にしか見られません。IGTVにシェアしてアーカイブすると、コメントが入っていない素の映像になってしまいます。

本来はライブ配信中に質問を拾って、その場で視聴者に返信したほうが良いと思いますが、今はまだ配信に一生懸命で返せていません。

――ライブ配信に関して、何か目標とする指標は置いていますか。

数値目標は特に決めていません。今は「本物を見に行きたい」という気持ちを作るためにトライアルを繰り返している状態で、続けているうちに目標とすべき数値が見えてくると思います。ただ、視聴者数はなるべく多いほうが良いと考えているので、当然ながら視聴者が見やすい時間帯に配信するようにしています。

森美術館のWebサイトやSNSでの情報配信は基本的に日本語と英語の両方で行うようにしており、インスタライブも日本語のときと英語のときがあります。そのため会場の都合も考慮しつつ、配信する言語に応じて、日本人またはヨーロッパ圏・アメリカの方が視聴しやすい時間帯を設定するようにしています。

個人的には美術館がライブ配信を行い、展示室から中継して情報発信している姿勢が大切だと思っています。配信開始から終了まで、続けて視聴してもらえなくても良いんです。視聴時間が5分や10分といった短い時間であったとしても、「いつか本物を見に行きたい」という気持ちが芽生える可能性はあるはずです。それは、録画した動画や写真ではなかなか真似できないことだと思います。

――ライブ配信が来場者数に影響しているかどうか、成果はこれからですね。

はい。来場者アンケートで「どのSNSを見て来たか」は聞いていますが、「ライブ配信を見て来た」という回答項目はまだ設けていないので、入れたほうが良いかもしれませんね。

番組的に配信するClubhouseと、TikTokで感じた手ごたえ

――冒頭でも少し触れられていましたが、今年に入ってからClubhouseとTikTokの活用も始めています。実際に取り組んでみて、どうでしょうか。

Clubhouseでは、森美術館の公式アカウントを開設し、毎週金曜日の12時30分から15分間のトークルームを定期的に開いています。公式アカウントの中に私が入り、立ち上げたルームに館長や担当キュレーターら展覧会関係者を呼んで、作品解説のほか、展覧会づくりの舞台裏やエピソードなどのトークを配信しています。

聞いてくださっている人数は1回あたり10数人程度とまだ少ないのですが、「続けているうちに人気番組になればいいな」と思って挑戦しています。曜日も時間もバラバラに開催していると、ユーザーの方が付いてきづらいと考えたため、毎週決まった曜日と時間に配信しています。

Clubhouseの良いところは、アーカイブが残らず撮影も不要で、スマホ1つあればできるので気楽に配信可能な点です。一時の流行が過ぎ去り、今のClubhouse内はかなり静かになっていますが、5月になってAndroidユーザーも利用できるようになったので、続けています。また、Clubhouseに企業アカウントが少ないので、良い事例になればという思いもあります。

Twitter Spaces(スペース)も個人的に調べたり実験したりしてみましたが、まだ使いづらさを感じたので様子見となっています(2021年5月24日現在)。開催しているスペースのタイトルを表示できないところや、誰がそのスペースに参加していて、何を話しているのか外からではわかりづらい点が気になりました。

――TikTokはいかがですか。

1つの動画を投稿するのに時間や手間はかかりますが、多いもので再生回数が20万回を超えるなど、見ていただけている手ごたえを感じています。取り組む前はTikTokに対して「人(ユーザー)が前面に出てくるプラットフォーム」という印象を抱いていましたが、再生回数が徐々に伸びている様子を受け、美術館のような施設が運営しても可能性があると思いました。

Instagramストーリーズは画像やテキストと動くスタンプを組み合わせて作っていたので、本格的な縦長動画の制作は初めてです。不慣れながらも動画編集アプリ「CapCut」を使用して制作・投稿しています。

例えば「アナザーエナジー展」の場合、もともと撮影していたアーティストインタビューの動画があるので、それを切り取って使用しています。縦の画面を2つの正方形で上下に分割し、上にアーティストインタビューを流し、下に私がスタビライザーを使ってスマホで撮影した作品を流しています。

▲「アナザーエナジー展」のアーティストインタビューを編集して制作した動画。出典:@moriartmuseum(https://www.tiktok.com/@moriartmuseum/video/6959846084600466689)

――日本の美術館でTikTokアカウントをきちんと運営しているところは、まだ少ない印象があります。

広島県にある尾道市立美術館さんのTikTokアカウントは、フォロワーが29800人います。美術館に入ろうとする猫と、それを止めようとする警備員さんの攻防戦が話題になった美術館です。TikTokアカウントでは、美術館に入ろうとする猫と警備員さんに関する動画を投稿し続けています。

確かに日本はまだ少ないかもしれませんが、「#MuseumMoment」に参加していた海外のほかの美術館は多くのフォロワーを抱えています。イタリアにあるウフィツィ美術館が派手な動画を投稿しているように、世界のミュージアム界隈はTikTokを積極的に使っていることがわかったので、我々も頑張らないといけません。

リアルのコンテンツが良くなければ、デジタルで魅力は伝えられない

――ここ1年くらいの取り組みを経て、デジタルマーケティングの施策について気付いたことはありますか。また、洞田貫さんが意識している点を教えてください。

まず、インスタライブやTikTok LIVE、Clubhouseなど、デジタルでの情報発信を行えば行うほど、リアルのコンテンツの作り込みが重要であると気付きました。リアルのコンテンツ、つまり我々にとっては展覧会の内容がしっかりしていないと、ライブ配信を行っても良いライブにはならないと思います。リアルのコンテンツが充実しているからこそ、デジタルマーケティングでその良さを伝えられるのであり、お客さまの「本物を見に行きたい」という気持ちを醸成することができるのではないでしょうか。手段が豊富にあるぶん、これからの時代は、リアルのコンテンツの魅力を上手にパッケージングできる能力も求められるように感じています。

▲「アナザーエナジー展」より。
アンナ・ボギギアン 《シルクロード》 2021年
展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年
撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

また、SNSの中の人をやるときは、組織とユーザーの間に立つつもりで取り組んでいます。美術館側の人間になってしまうと、ユーザーと温度差が生じ、必要とされている情報をつかみ切れなくなるためです。ユーザー目線を忘れないために、日々、自身も一ユーザーとして美術館や企業のSNSを見たり、情報を検索したりしており、そこで不便に感じたり、「もっと情報が欲しい」と思ったりしたことを、自社アカウントの運用に活かしています。 例えば、Twitterでハッシュタグが複数入っている投稿内容を見かけることがありますが、個人的には視認性が低くなると感じ、森美術館の投稿ではできるだけ使用を避けています。投稿内容に会期や開館時間、展覧会名などの基本情報がなかったり、「明日開催!」といった限定的な文言があったりすると、リツイートやシェアをしづらいと感じた経験から、SNSの投稿には基本情報を小まめに記載し、時間が経つとシェアしづらい表現は避けるようにもしています。

企業のTwitterアカウントを見ていると、本来のファンやフォロワーではなく、Twitter内でよく反応してくれる人たちに向けられたツイートをしてしまうときが時折あります。おそらくそれは、アカウントの中に入りすぎてしまっているのでしょう。いくらインプレッション数やエンゲージメント数が伸びたからと言って、フォロワー以外の反応が良いことに安心してはいけません。奇をてらうようなツイートをしていると、「本来欲しかった情報とは違う」と感じて、一番大切なファンが去っていくおそれがあります。

SNSを運用する際、何かしら目標となる指標を決める企業が多いと思いますが、私はあえて厳密には決めていません。指標を追い求めすぎると、発信内容がつまらなくなったり、急に投稿数やハッシュタグの数が増えたりして、ユーザーにいやらしさを感じさせてしまうおそれがあるためです。

大切なのは企業の商品やサービスであって、企業アカウントはSNSでの情報発信の姿勢を見られていると思います。森美術館のSNSアカウントはどれも基本情報がメインで、バズ狙いもなく、硬い内容の投稿が多くを占めます。バズが発生することはないかもしれませんが、情報を一生懸命伝えようとしている姿勢が伝われば良いと考えて運用しています。

――最後に、洞田貫さんが今後取り組みたいと考えていることを教えてください。

これからもライブ配信は積極的に実施していくと思いますので、今後はほかの美術館や関係している展覧会のアーティストとコラボしたり、インタラクティブに交流したりしたいですね。例えば、Clubhouseでのトーク中にアーティストから手が挙がって、いきなり本人の解説が始まるといったイメージです。

予定調和ではなく、偶然生まれたコラボレーションで、視聴者も盛り上がれるようなライブ配信が実現できたら面白いだろうなと思っています。

――ほかの美術館やアーティストも巻き込んで、アート業界全体で盛り上げることができたら素敵ですね。本日はありがとうございました。

Profile
洞田貫 晋一朗(どうだぬき・しんいちろう)
森ビル株式会社
森アーツセンター森美術館 マーケティンググループ プロモーション担当 シニアエキスパート
1979年生まれ。2006年に森ビル株式会社に入社。東京シティビューや森アーツセンターギャラリーの企画・運営、広報などを経て、2015年より森美術館のマーケティンググループに所属。美術館のデジタルマーケティングやプロモーションに従事する。主な著書に『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(株式会社翔泳社)がある。
Twitter:

@dodanuki_s

記事執筆者

佐藤綾美

株式会社CINC社員、Marketing Native 編集長。大学卒業後、出版社にて教養カルチャー誌などの雑誌編集者を経験し、2016年より株式会社CINCにジョイン。
Twitter:

@sleepy_as

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