【豊臣兄弟!】戦国三大梟雄・宇喜多直家とは何者?暗殺と謀略の生涯をたどる
戦国時代の三大梟雄と言えば、大和の松永久秀・美濃の斎藤道三、そして備前の宇喜多直家が有名です。
今回は宇喜多直家がどんな生涯をたどり、なぜ梟雄と呼ばれたのかをご紹介。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむ参考になれば幸いです。
祖父の仇敵に復讐を果たす
宇喜多直家は享禄2年(1529年)に砥石城(岡山県瀬戸内市)で誕生しました。
宇喜多家は備前の有力者・浦上氏に仕える国人領主でしたが、直家の幼少期に一族を揺るがす不幸が相次ぎ、没落してしまいます。
直家が7歳だった天文3年(1534年)ごろには、祖父の宇喜多能家(よしいえ)が敵対する島村盛実(しまむら もりざね)に暗殺されてしまいました。
続く天文5年(1536年)には父の宇喜多興家(おきいえ)も亡くなり、直家たちは流浪と窮乏を余儀なくされたのです。
しかしこのまま終わる直家ではありません。苦節20数年を耐え忍び、直家は復讐に乗り出します。
永禄5年(1562年)には祖父の仇であった島村盛実の暗殺に成功し、同じころ舅の中山勝政も暗殺。
ここから直家は、梟雄と呼ばれる人生を歩むことになったのです。
主君を追放し備前国を統一
その後も永禄9年(1566年)に三村家親(みむら いえちか)を暗殺するなど、直家は勢力を拡大。
永禄12年(1569年)には、これまで従ってきた浦上宗景(うらがみ むねかげ)に叛旗を翻しました。
このころ、足利義昭を奉じて上洛した織田信長の勢力が西国にも影響を及ぼしつつありました。直家は信長・義昭方につき、浦上宗景と対立したのです。
はじめ直家は劣勢だったものの、天正2年(1574年)に浦上久松丸(ひさまつまる。宗景の甥孫)を担ぎ上げて大義名分を獲得。
さらに宗景の家臣団を調略し、毛利輝元とも連携することで形勢を逆転させました。
天正3年(1575年)には宗景の重臣たちを内応させ、宗景を播磨国へ追い出すことに成功しました。
その後も浦上の残党を掃討し、天正6年(1578年)には浦上残党の蜂起も鎮圧し、備前国支配をほぼ固めたのです。
なお久松丸のその後については不明な点が多く、直家に殺害されたとも伝わります。
毛利についてはみたもの
直家はここまで、西の毛利・東の織田の間を巧みに立ち回る「内股膏薬」外交を駆使しながら、備前一国を切り取りました。
しかし羽柴秀吉が中国地方へ乗り込んでくると、今度は毛利方に立って織田勢と対抗します。
毛利輝元は、信長に追放された足利義昭を奉じて上洛し、織田方を打ち破る構想を描いていました。
しかし天正7年(1579年)に輝元が上洛を断念すると、直家ら対織田の最前線に立つ大名たちに動揺が走ります。
直家は織田に内応した後藤勝基(ごとう かつもと)を粛清するなど、家中の引き締めを図りました。
それでも毛利輝元が織田との決戦を避けた衝撃は大きく、直家は捨て石にされる危機感を拭えなかったことでしょう。
信長に従い苦闘の最期
毛利への不信が高まる中、秀吉は直家に調略を仕掛けます。
「再び織田へお味方下されば、備前と美作の両国を安堵いたしましょう」
まさしく「渡りに舟」の誘いに、直家は乗りました。
しかしこの調略は秀吉の独断だったようで、信長は何度も立場を変えてきた直家を容易には信用しませんでした。
とは言え、せっかく毛利から引き離した戦力を手放したくない秀吉は、必死になって信長を説得します。
その甲斐あって直家は信長に赦免され、織田方に帰属しました。しかしその後は対毛利の最前線に立たされ、苦闘の日々が続きます。
信長に叱責されたり、励まされたり……戦況の悪化に比例して体調を崩すようになり、天正9年(1581年)11月〜天正10年(1582年)1月の間に世を去ってしまいました。
直家の死はしばらく秘匿され、天正10年(1582年)1月9日が公式な忌日とされたそうです。享年54。
宇喜多直家の梟雄人生まとめ
・国人領主の子として誕生
・祖父を暗殺され、父の病没により没落・放浪
・祖父の仇や政敵らを暗殺
・御家を再興、浦上宗景に仕える
・足利義昭(織田信長)に寝返る
・浦上久松丸を擁立する
・浦上宗景を備前から追放、残敵を掃討
・備前国支配を固め、用済みの久松丸を暗殺
・毛利輝元と織田信長の両方にいい顔
・毛利輝元につき、信長と対立する
・毛利輝元に不信感を抱き、秀吉に調略される
・信長を説得し、対毛利の最前線で死去
今回は戦国三大梟雄の一人である宇喜多直家について、その生涯をたどってきました。
国盗りの末に我が子から引導を渡された斎藤道三や、平蜘蛛茶釜と共に爆死?して信長の鼻を明かした松永久秀に比べて、少し寂しい印象が拭えません。
とは言え二人と異なり、畳の上で(殺されずに)最期を迎えられたのは、せめてもの幸福と言うべきでしょうか。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、直家の活躍がどのように描かれるのか、楽しみにしています。
※参考文献:
・立石定夫『戦国宇喜多一族』新人物往来社、1988年10月
・渡邊大門『戦国期 浦上氏・宇喜多氏と地域権力』岩田書院、2011年9月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部