【クリストファー・ノーラン監督『オデュッセイア』】約3000年前の物語の中に、2020年代を生きる私たちの心の奥深くに突き刺さるメッセージが響く
静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は9月11日から沼津市のシネマサンシャインららぽーと沼津、静岡市葵区のシネシティザート、浜松市中央区のTOHOシネマズ浜松などで上映が始まったクリストファー・ノーラン監督『オデュッセイア』を題材に。
(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)
上映3時間、子どもの頃から親しんだギリシャ神話の世界に浸りきった。トロイアの木馬、一つ目の巨人キュクロプス、蠱惑的な歌声で船乗りを狂わせるセイレーン――。ホメロスの叙事詩を読み、頭の中でああでもないこうでもないと想像したあれこれが、スケールの大きな物語の中に完璧に配置されている。
最も感動したのは、何人もの叙事詩人が口伝してきた約3000年前の物語の中に、2020年代を生きる私たちの心の奥深くまで突き刺さるメッセージが響いていることだ。それは、繰り返し出てくる「客人をもてなせ」に代表される「ゼウスの掟」へのあらがいである。
神々の意志を深く理解しながら人間としてのあるべき姿について考え続けるオデュッセウスの10年間をたった3時間で表現してみせた。昨今、日本でも研究が進む戦争トラウマ(心的外傷)に近い感情を吐露する場面には、特に驚かされた。打ちひしがれ、闇を抱える人間が、それでも自己決定して前に進む力とは何か。これは私たちについての物語だ。
現代で言うところの「集団的安全保障」の務めを果たすべく(しかし、内実は王妃の不倫をきっかけとした泥仕合に巻き込まれた形)、トロイアに出征したイタケ島の王オデュッセウス(マット・デイモン)の都合20年にわたる戦争と帰還の旅路。『オデュッセイア』はその後半部分を描く。
オデュッセウスの「冒険」というにはあまりに過酷な航海と、幼少期に父オデュッセウスと別れたまま成人した王子テレマコス(トム・ホランド)の「父を探す旅」のエピソードが交錯する。劇場パンフレットのプロダクションノートの指摘通り、確かに『オッペンハイマー』(2023年)のパラレルプロットと似ている。恐らく3回出てくる、多くの兵士が生存を賭けて浜辺から船に乗り込む場面は、『ダンケルク』(2017年)を思わずにはいられない。そこにいるはずはないが、上空を舞うナチスドイツの戦闘機がちらついた。
キュクロプスや死者のよみがえりの場面など、極めてくっきりしたリアルな映像の中に、悪夢が入り込む。地中海をさまよう船の上で、オデュッセウスと部下たちの思惑が束ねられすれ違う。見えるところ、見えないところの両方に、ノーラン監督の演出の美意識が強く感じられる。
そして、『水戸黄門』『遠山の金さん』といった日本の時代劇を例に出したくなるような着地点。チャンチャンバラバラがあり、最後は観客の誰もがそうあるべきと思っているところにたどり着く。ここまで娯楽性の高いノーラン監督作品も珍しいのではないか。
プロダクションノートでノーラン監督自身が語っている「物語にリアリティを持たせ、世俗的かつモダンで共感できるものにしたかった」という意図が実によく伝わってくる。
デイモン、ホランドに加え、オデュッセウスの王妃ペネロペにアン・ハサウェイ、女神アテナにゼンデイヤ、女神カリュプソにシャーリーズ・セロン。大スターたちのスケジュールを調整し、イタリア、アイスランドなど6カ国でロケ撮影した、まさに針の穴を通すようなプロジェクトでもある。劇中でオデュッセウスが放つ矢の軌道が、本作そのものを表しているように感じられた。
最後に蛇足ながら、一人のギリシャ神話ファンとして。ヘレネに黒人俳優のルピタ・ニョンゴを起用したことに感心した。そして、トロイアの木馬が横倒しにされて引きずられて城内に運ばれる場面も衝撃的だった。いくつかの『オデュッセイア』の本の挿絵では、下に滑車が付いているもっと簡略的なデザインの木馬だったからだ。映画『オデュッセイア』の木馬の極めて写実的な意匠と、内部の兵士たちの命を賭けた雌伏も本作の見どころの一つである。
<DATA>※県内の上映館。9月12日時点
ジョイランドシネマみしま(三島市)
シネプラザ サントムーン(清水町)
シネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
静岡東宝会館(同)
藤枝シネ・プレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズ ららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズ サンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ 浜松(浜松市中央区)