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一発屋の楽曲こそ永遠に歌われる!島和彦「雨の夜あなたは帰る」は、大人の女の哀しみを見事に描いた名曲だった

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一発屋の楽曲こそ永遠に歌われる!島和彦「雨の夜あなたは帰る」は、大人の女の哀しみを見事に描いた名曲だった

 今年の冬、大雪に悩まされるどころか災害となっている地方があるというのに、東京は雨乞いするような日々がつづいた。それが2月下旬、早朝から降り出した雨は、暗くなっても止まない。仕事帰り、冷たい雨に震えながら人々は帰宅を急いでいた。その濡れるコートの背中が、雨の夜に~あなたは帰る、というフレーズをよみがえらせた。

 昭和41(66)年のヒット曲「雨の夜あなたは帰る」である。作詞・吉岡治、作曲・船村徹、歌唱したのはデビュー間もない22歳の島和彦。日本コロムビアから発売され、いきなり第17回NHK紅白歌合戦に初出場するほどの、大ヒット曲だった。

 このところ、千賀かおる「真夜中のギター」(69)、円広志「夢想花」(78)、湯原昌幸「雨のバラード」(71)、松村和子「帰ってこいよ」(80)、昨年の夏には日吉ミミ「男と女のお話」(70)と本欄で紹介してきたが、さて、共通するのは何か、お分かりだろうか。失礼ながらそれぞれ代表曲といわれてはいるが、いわば「一発屋」と揶揄されてきた歌い手であり楽曲なのだ。その一曲は確かに大ヒットではあったが、その後ヒット曲に恵まれずあえなく沈んでいった、という印象がある。しかし、その一発の大ヒットは半端ではなく、多くのファンに支えられ、何年経っても、どっこい生きていて、心に刻まれてきた。今日まで記憶され口ずさまれているからこそ名曲の証であるといって過言ではない。

「雨の夜~」は、ちあきなおみのアルバム「もうひとりの私Ver.」、鳥羽一郎もアルバム「時代の歌」の中でカバーしている。様々な歌手によって歌い継がれてきたようにボクの昭和歌謡アルバムの記憶にはっきりと刻まれてきたのだ。もともと皆さん歌唱力抜群で実力があるからこそ、満を持して放った一曲が時代に受け入れられ、ご本人の努力もあって大ヒットしたはずで、一発屋などと軽んじるつもりなどないことを明言しておきたい

 ヒット曲には時代の空気が後押ししたものと、時代を読みフィットさせてヒットに導いたものと二通りあると感じている。「雨の夜あなたは帰る」が巷で聴こえていた1966年といえば、日本は高度経済成長に突入した後の、「神武景気」や「岩戸景気」といった好景気を経験し、踊り場とはいえ街はまだその余韻があった。ボクは生意気にも、銀座や上野や新宿の繁華街にアイビールックで出掛ける軟派少年だった。因みに、アイビールックの〝みゆき族〟を、大橋歩によるイラストで表紙を飾った『平凡パンチ』が創刊されたのは1964年のこと。その時代、歌謡曲といえばまだ演歌が中心だったが、洋楽ポップスがやたらと流行り、一方でモダンジャズがボクにとっては神様の音楽のように聴こえたし、輸入洋楽に刺激されて和製ロックが流行り、グループサンズやフォークソングが勃興し始めていた。テレビ、ラジオなどで音楽媒体が広がり、望郷演歌、青春歌謡、フォーク歌謡、当時のボクには縁遠かったムード歌謡なんていうジャンルも生まれていた。多彩で多様で新鮮な音楽が次から次へと流れていた時代だった。

 ムード歌謡を流行らせたのは、たとえば、〈和田弘とマヒナスターズ〉がきっかけでグループコーラスが盛んになったから。スチールギターの弾みがハワイアンのようで新しい流行歌として人気を得た。「ウナセラ・ディ東京」、「誰よりも君を愛す」など相次いでヒット曲を世に送っていた。〈ロス・インディオス〉の「コモエスタ赤坂」、「知りすぎたのね」なども大ヒット曲となったし、〈黒沢明とロス・プリモス〉は「ラブユー東京」、「たそがれの銀座」も競っていた。〈鶴岡雅義と東京ロマンチカ〉「小樽のひとよ」、〈内山田洋とクールファイブ〉は「長崎は今日も雨だった」と1950~1960年代後半は、ムードコーラスによる流行歌で沸いた。ずっと後で知ったことだが、ソロで歌った「雨の夜あなたは帰る」はそのムード歌謡のジャンルだった。大人のちょっと妖しい男女関係を連想させエロティックな音楽に思えて、好奇心旺盛な十代ゆえに記憶に残ったのだろうか。

 戦後の焦土から立ち上がって経済復興を遂げて間もなくの好景気が男女交際を大らかにした時代だった。まさに時代の空気が生んだのがムード歌謡だったのだろう。大人の男女の出会いの社交場となったナイトクラブやサパークラブが隆盛した。酒場が劇場化し、フルバンドが演奏した。中央のステージは男女が抱き合ってダンスを踊るステージと化していた。カラオケ誕生前夜の光景だ。石原裕次郎と浅丘ルリ子が共演した映画『銀座の恋の物語』はじめ、ナイトクラブなど夜の社交場は映画の舞台にもなって数々のシーンが生まれている。

 ジャズのバラードのように甘く切なくむせび泣くようにサックスが唸り、ジャジーなピアノ演奏も特徴だった。男女のデュエット曲も数多く存在した。声高に歌い上げるのではなく吐息を吐くような歌唱、ロマンティックな歌詞とメロディー、都会的な雰囲気や大人の恋愛をテーマにした歌詞が多かった。明らかに、これまでの演歌(厭歌や怨歌)とは違って、コーラスも洗練されて詞は都会の男女の恋愛風景が多く、垢抜けた感じがあった。

 さて、ムード歌謡をソロで売り出した島和彦の「雨の夜あなたは帰る」が、実は船村徹の作曲だと知って少なからず驚かされた。〝船村メロディー〟といえば地方が舞台だったり望郷がテーマだったり土臭い歌謡曲というイメージを抱いていた。ゆえに長い間日本人の心の琴線に触れる名曲を生んできたと思っていた。その船村が、都会の男女の恋愛風景を哀愁溢れんばかりに作曲したのだ。

 ~別れた男を待ち侘び、雨の夜に帰りを待つ女、濡れたカルダンコートを着て、なんでもないように、帰ってくると、いつも信じて、帰りを待っている。しばらく一緒に住んでいたのに、忽然といなくなったあなた、カルダンコートを羽織って、雨の夜になると帰ってくるはず~

 何とも切ない女の恋の歌、すがり付いたら離さないわ、という激しい女の情念、道ならぬ恋を切り捨てられず、冷たい雨が降る晩にひとり男の帰りを待つ女。ムード歌謡の真骨頂のような詞と船村徹の曲によって、情景鮮やかだ。

 蛇足だが、NHK紅白歌合戦で歌唱する際、〈カルダンコート〉はブランド名につき歌うのはまかりならん、と〈トレンチコート〉と歌詞を変えて歌ったという笑い話がある。船村徹による情緒豊かなメロディーと、島和彦の低く甘い歌声が絶妙にマッチし、当時の「ムード歌謡」ブームを象徴する一曲となった。一発屋が残した名曲である。1944年生まれの島和彦さんは81歳、東京・赤坂で「サパークラブ島」を経営し、時にステージに立ってギターを抱えて歌っていると伝えられている。

文=村澤次郎 イラスト=山﨑杉夫

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