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「名字を変えると不便」30代は70%超……"選択的夫婦別姓"を求める2人が伝えたい「自分の名前で共に生きていく」ということ

Sitakke

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人生を共に歩もうと、結婚し、法律上の夫婦となるとき。

「自分の名字」を変えることを、今の日本ではどちらかが必ず選ばなければいけません。

そんな中、名字を変えなくても夫婦になれる、名字を自分で選択できる、「選択的夫婦別姓」の実現を求める人たちがいます。

札幌に住む、「事実婚状態の夫婦」が道内で初めて訴えを起こしました。

連載「じぶんごとニュース」

道内初の原告「札幌にも困っている人がいる」

3月8日。この日は「国際女性デー」。

それに合わせ、選択的夫婦別姓の提訴をしたのは、札幌市豊平区の佐藤万奈さん(37)と事実婚状態の夫、西清孝(にしきよたか)さん(32)。

佐藤さんは「札幌にも、夫婦別姓が選べなくて困っている人がいるということを知ってもらいたい」と話します。

2人は、夫婦別姓を認めない現在の民法や戸籍法について、憲法が保障する「婚姻の自由」などを制約していて憲法違反であるとして、国に対し、別姓での婚姻を認めることなどを求めています。

結婚したら、名字は女性が変えるもの?

勤め先の札幌市内の病院で出会い、2019年11月に結婚した2人。

当時、「結婚したら名字は女性が変えるものだという認識が強かった」という夫の西さん。

妻となる佐藤さんは、「改姓したくない」という思いはありながらも、「険悪なムードになりたくない」と自然と話し合いを避けてしまったといいます。

多くの夫婦と同じように2人は一度、法律婚を選びました。

そして、多くの夫婦と同じように、婚姻届を提出する際に女性の佐藤さんが、名字を「西」に変えました。

幸せなはずの結婚。
だけど、佐藤さんには「自分の名前じゃない」という違和感がありました。

「結婚はしたいけど、名字変えたくないなってそのときに思いました」

改姓直後から身体に異変

2人が出会った職場では、旧姓の「通称使用」は認められませんでした。

名札や電子カルテに表示される名前が、少しずつ「佐藤」から「西」に変わっていくのを見て、佐藤さんは「アイデンティティーの喪失」を実感したといいます。

「せめて呼び名だけでも佐藤のままがいい」

職場の同僚たちにお願いすると、多くの人たちは佐藤さんの思いを酌んで旧姓のまま呼んでくれました。

ただ、ある上司は違いました。

「上司が、私が旧姓で働きたいっていう気持ちがわからなかったみたいで、わざとみんなの前で私のことを『西』って呼んできたりとかして…」

結婚し、改姓したその直後から、だんだん職場にいると身体に異変が起きるようになりました。

職場で急に泣き出してしまったり、食欲がなくなったり…。

そして、結婚から半年後、受診した病院で、適応障害と診断。

結婚の翌年に、10年間勤めてきた職場を退職する決断をしました。

そして、佐藤さんと西さんは、離婚届を出した上で2人で生活を続ける「事実婚」を選択したのです。

2人で何度も話しあっていく中で、西さんが初めて、佐藤さんの辛さに気づいた、忘れられない言葉がありました。


名前を取り戻そう

「結婚のときに『名前変えてくれない?』って言われたこと、恨んでいるよ」

佐藤さんは西さんにそう話したといいます。

西さんは、「そのときに初めてやっと何か恨まれるようなことをしてしまったんだと気づいたんです」と言います。

事実婚を選択し、今度は2人で同じ方向を向き始めました。

「妻の名前を取り戻すことにしよう」

見過ごされてきた改姓による職場での不利益

佐藤さんが名字が変わることで感じてきた、「自分じゃなくなる」という根源に関わる不安。

そのほかにも、さまざまな改姓による「不利益」があります。

例えば、行政上の手続き。

運転免許証、健康保険証、銀行口座、マイナンバーカード、印鑑登録…

改姓することで、新たに登録し直さなければならないものはたくさんあります。

もちろん、それに伴って、キャッシュカード、クレジットカード、水道やガスなどライフラインや給与振込口座の登録氏名変更などなど…

だけど、結婚のとき、男性が女性の姓に変えた夫婦は、全体のわずか5.3%(内閣府調査)。

そんな「不利益」もこれまで長い間、ほとんど女性だけの問題として扱われてきました。

企業の労務管理や女性のキャリア形成などを研究する、北海道大学教育学部の駒川智子教授は「名前というのは、その人のアイデンティティーと不可分な大事なもの」だと話します。

さらに、働くうえでも名前は大きな意味を持ちます。

「その人が培ったもの、蓄積し、経験してきたものを示すのに名前は非常に重要。名前が変わることで同一人物と認識してもらえずに、培ったものが分断されてしまう恐れがある。大きな痛手になる人が多い」と指摘します。

つまり、「夫婦同姓」が女性の「働きやすさ」や「キャリア形成」の妨げとなってきた現実があるのです。

キャリアが分断されないように、名前が変わったときには相手に伝え、周知する努力が必要になる。

でも、選択的夫婦別姓制度があれば「なくてもいい作業だったはず」だと駒川教授はいいます。

そして名前が変わったことを伝えれば、今度は「どうして変わったの?」と聞かれる。
これについても「本来なら、取引先など、企業のビジネスの中では発生しない自分のプライバシー事項が表に出ていくのはしんどい」と話します。

「さらに伝わりきらないというときは、やはり同一人物としてみなされない危険がある。もしかして自分の今までしてきたことというのは、ちゃんと蓄積になってないのではないかという不安を感じるでしょう」


「通称」の使用が増えても…

一方で、旧姓を「通称」としてそのまま仕事上で使える企業・団体は増えています。

それでも、社会保険や給与の紐づけなどシステムの改修が必要となり、いまだに「できない」とする企業があるのも事実です。

加えて、海外ではそもそも「通称」は使えないことが多いといいます。

そんななか、2024年2月、経済界で大きな動きがありました。

それは、経団連の十倉雅和会長のこんな発言。

「選択的夫婦別姓制度を一丁目一番地としてぜひ進めていただきたい」

十倉会長は、現状の旧姓の通称使用では海外で公的機関に出入りする際や、研究論文を発表する際などに支障が出ていると指摘。

政府に対し選択的夫婦別姓制度の実現を促す発言をしたのです。

駒川教授は、この発言が大きな追い風になると期待します。

「今までの女性が被ってきた不利益を理解しての発言で、同時に企業にとってもマイナスだと理解しての発言ということになりますから、非常に大きな意義があると思います」

十倉会長の発言の背景には、女性の社会進出が進んだ影響があります。

「やはり女性が人材として重要だという認識が進んだ、高まったということ」だと駒川教授は話します。

現在、上場企業では女性の役員の選任というのを強く求められていて、女性が管理職さらには役員になっていくという現実があります。

そうしてキャリアを積んだ女性が、姓が変わることで、同一人物としてはみなされないということを、その企業が「大きな損失」と捉えるようになってきているのです。

そして、なぜ改姓をすることによってさまざまな手続きが必要なのだろうと、企業も考えるように変わりつつあります。


「家族になりたいのに国が邪魔する権利はあるの?」

佐藤さんと西さんのような「事実婚」の夫婦は、法律婚の夫婦に比べて、実はさまざまな「壁」があります。

まず、お互いに相続権がなく、生前贈与などを行わなければ遺産を相続することができません。

ほかにも、配偶者控除や医療費控除といった税制上の優遇を受けられなかったり、夫婦としての証明が難しいため、パートナーの手術の同意書にサインができなかったりするのです。

佐藤さんは、「お互いが名字を変えたくないというだけで、なぜ法律婚から排除されないといけないのかが私はわからない」と話します。

「一緒にいて、家族になりたいって思うこと、それを国が邪魔する権利はあるんですか?」

「名字を変えると不便」30代は70%超

選択的夫婦別姓を求める訴訟は今回が全国で3回目。

最高裁は、2015年と2021年に「現在の制度は憲法違反ではない」として、訴えを退けています。

しかし、選択的夫婦別姓を求める声は年々高まっています。

2021年、内閣府が18歳以上の男女約2900人を対象に行った調査では、「婚姻による名字・姓の変更で何らかの不便・不利益があるか」という問いに対し、女性の55.5%が「不便・不利益がある」と回答。

30代では最も多く、70%を上回りました。

さらに、「現在の夫婦同姓制度を維持するべきか」という質問に対しては、「維持した方がよい」と回答した人は27%。

これに対し、「旧姓の通称使用について法制度を設けた方がよい」と答えた人が42.2%、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」と答えた人が28.9%と、いずれも上回りました。

原告でもある西清孝さんは「この問題は女性の問題とされがちですけど、結婚する、結婚しようと思っている全ての人が当事者。男性にも選択的夫婦別姓を自分ごととして、考えてもらいたい」と話します。

実現を望む世論の声は高まる一方、長く国会での議論は進んでこなかった現状。

駒川智子教授は「本当にどうしてこんなに長くかかっているのだろう」と率直に話します。

夫婦が自分の望む姓を選べばいいという声は若い人ほど多くなっています。

「社会でこれから活躍をしていくこの人たちの声を全く無視していいとはなりません。それは日本の社会をどんな未来へと描いていくのか、ということと関わっているのではないかと思います」

幸せの形はさまざま。

色々な価値観を認め合える。

そんな社会になっていこうとしている私たちの今。

駒川教授は「一つの枠に当てはめるのではなくて、選べて全てそれが保障されていくっていうことは大事なのではないでしょうか」と問いかけます。

選択的夫婦別姓をめぐる司法の判断は、「3度目の正直」となるのでしょうか。

札幌での裁判は、まもなく第一回の口頭弁論を迎える見込みです。

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取材協力:北海道大学教育学部 駒川智子教授(労働社会学)
ジェンダーの視点から労働をみることを通じて、多様性が認められる社会の実現に向けて、何が必要なのかを研究。

2024年1月、「キャリアに活かす雇用関係論」を出版。編者として就職から始まるキャリアの形成過程をジェンダーの視点から分析し、現状・課題・解決への道筋を示す。

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文:HBC報道部記者 三栗谷皓我
編集:Sitakke編集部あい

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