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戦況をも左右する“イメージ”の重要性とは?『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は戦争映画であり恋愛映画

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戦況をも左右する“イメージ”の重要性とは?『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は戦争映画であり恋愛映画

第二次世界大戦が激化する1943年のイギリスで実行された“知られざる”軍事作戦を描く『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は、“イメージ”なるものが作戦において如何に重要であるかを窺わせるような作品となっている。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

創作における“イメージ”の重要性

イメージは重要だ。それは“想像”という余白を相手に与えるからである。また、表層的な「印象」=「イメージ」によって、ある確信めいたものを覆い隠せることは、時に政治の場でも利用されてきたという歴史がある。

例えば、1936年に開催されたベルリンオリンピック。レニ・リーフェンシュタール監督によって大会が記録された映画『民族の祭典』(1938年)と『美の祭典』(1938年)は、ナチスドイツの政治的プロパガンダに利用されたことで知られる。この映画は、大会の模様を単に撮影・編集しただけの作品ではない。映画のために施された演出や創作が映像に散見され、選手たちの肉体美が構図や照明によって強調されている。視覚的である映画という手法を用いることによりナチスを礼賛したことで、その“イメージ”が力を増すことになったのは歴史が示す通り。

プロパガンダは<種を蒔く>という意味のラテン語が語源だとされている。はじめは何でもない小さな種が、やがて育ち、また新たな種を大地に、静かに、拡散させてゆく。そんな過程が言葉になぞられているのである。『民族の祭典』は、ドイツから遠く離れた開戦前の日本でも当時(1940年度)のキネマ旬報ベスト・テンで外国映画1位となり、斬新で美しい映像が高く評価されている。

戦後になって、花田清輝や安部公房、野間宏、佐々木基一といった文壇を代表する作家や評論家が集った座談会が開催された時、こんなくだりがあった。記録映画について話題となった折、戦前の映画評論家が『民族の祭典』の中にあるヒューマニズムを褒めている、と発言したことに対して、花田清輝は「そういう人間愛にはかなり批判的なものを持たざるを得ない」と断罪している。映像という表層的なイメージに惑わされ、その後ナチスが起こしてゆく蛮行の数々を“想像”できなかったことは想像に難しくない(自戒を込めて)。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

ミンスミート作戦の発案者は「007」の作家イアン・フレミング!

作戦における“イメージ”の重要性を描いた『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』の物語は、ヨーロッパで拡大するナチスドイツの勢力に対抗するため、ある奇策を英国諜報部(MI5)がウィンストン・チャール首相に提案することからはじまる。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

ドイツ軍への攻撃を仕掛けるため、イギリス軍はイタリアのシチリアから極秘に上陸することを計画。しかし表向きには、シチリア島が面するイオニア海の東側に位置するギリシャをイギリス軍は標的に定めている、という偽の情報を流してドイツ側を欺こうというのである。そこで考案されたのが、偽の機密文書を持った“死体”を海へ流し、ドイツ側を翻弄させるという奇策だったというわけなのだ。詳細がハッキリするような明確な情報よりも、解釈の余地を残すことで相手を翻弄する。その時、戦時下における表層的な“イメージ”が重要になってくるのだ。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

驚くべきことに、これは実話なのである。しかも、タイトルにもなっている「ミンスミート」=「挽肉」なるコードネームを得た作戦の発案者は、後に「007」シリーズを生み出すことになる作家イアン・フレミングなのだ。若き日のイアン・フレミングを描いた映画といえば、ジェイソン・コネリーがフレミングを演じた『スパイメーカー』(1990年)がある。こちらの物語はフィクションだが、映画版『007』シリーズ(1962年~)の初代ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリーの息子が、イアン・フレミングを演じたという面白さがあった。それは、『スパイメーカー』が諜報活動を主軸に描いた作品だったからである。

同様に、『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』でも、フレミングが海軍情報部に勤めていたという史実を基にしながら、ジェームズ・ボンドのような諜報活動に従事しているという入れ子の構造を“イメージ”させるような面白さがある。ちなみに、この映画で描かれる「死体を流す」という設定が、『007は二度死ぬ』(1967年)のプロットに用いられたのではないかとも言われている。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

戦争映画でありながら大人の恋愛映画でもある

劇中、ジョニー・フリンが演じるフレミングは、作戦そのものよりも、彼の将来を導いてゆく執筆活動の方へ忘我しているように見える。実は、この映画の構成そのものにおいても、作戦そのものよりも重要だと思わせる物語要素がある。それは、大人の男女による淡い“恋心”。監督のジョン・マッデンにとっては、軍事作戦を描くことよりも、恋愛を描くことの方に興味が向いているように見えるのだ。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

コリン・ファースが演じる元弁護士の諜報部員モンタギュー、ケリー・マクドナルドが演じる海軍省のレスリー、そしてマシュー・マクファディンが演じるMI5のチャムリー。彼らは各々が“秘めたる想い”を抱き、やがて三角関係を構築してゆくことになる。つまり『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』では、“秘めたる想い”と“秘めたる作戦”とをシンクロさせているのだ。それゆえこの映画は、知られざる作戦の裏側を描いた戦争映画でありながら、大人のロマンスを描いた恋愛映画にもなっている。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』© Haversack Films Limited 2021

そもそもジョン・マッデン監督は、『恋に落ちたシェイクスピア』(1998年)や『クイーン・ビクトリア/至上の恋』(1997年)、でも“秘めたる想い”を描いてきた。「史実はさておき、こんなこともあったのではないか?」という独自の解釈に基づいて、或る人物の知られざる一面を作品の中で描いてきたという経緯があるのだ。また、ロビイストを主人公にした『女神の見えざる手』(2016年)では、ロビー活動において“イメージ”が如何に重要であるかということについても描いていた。つまり『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は、ジョン・マッデン監督がこれまでの作品で描いてきた要素の詰まった、ジョン・マッデンによるジョン・マッデン映画だとも言えるのである。

文:松崎健夫

【出典】
『キネマ旬報』 1957年春の特別号 「映画批評の再検討」

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は2022年2月18日(金)より全国公開

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