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1300年続いた神事が一旦休止。地域の伝統文化、どう次の世代に受け継ぐ?

ソトコトオンライン

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千葉県南房総市の増間(ますま)地区で毎年行われる、稲作の豊凶や天候を占う「御神的(おまと)神事」。地区の住民が減少するなか、変化しながらも1300年続いてきたこの神事が、今年の開催を最後に休止することになりました。この神事だけでなく、人口減少とともに受け継ぐことが困難になりつつある地域の伝統を、どのように守るべきなのでしょうか。御神的神事を迎えるための「的張りの行事」を経て、ようやく当日を迎えた神事の様子を交えながら、千葉県のローカルライターがお届けします。

矢を通して神さまが伝える、御神的神事本番

2024年3月1日、千葉県の県指定無形民俗文化財に指定されている御神的神事が、増間地区にある日枝神社で執り行われました。

この日を迎えるための準備の様子はこちら/
千葉県・南房総市で1300年も続く「御神的(おまと)神事」のとにかく丁寧な準備。

射手や氏子総代などの関係者が神社の階段を上がり、次々に本殿へと入っていきます。

弓矢を持って、本殿へと向かう射手たち。

その後、社務所から御神的が運び出されて的を設置。お祓いを済ませ、カメラを構える多くの人が見守るなか、ようやく歩射(ぶしゃ)神事※1がはじまりました。

※1 馬に乗って矢を射る流鏑馬(やぶさめ)に対し、地上で矢を射ること。

しんと静まり返るなか、見物客は鳥居の下に立つ射手の、一挙手一投足を見守っています。2人の射手が、約43メートル先にある2メートルほどの的をめがけ、2本ずつ交互に矢を放つ瞬間に注目が集まります。

射手が矢を放つ瞬間と、それを見守る人たち。

鳥のさえずりとカメラのシャッター音だけが鳴り響くなか、それらに動じることなく淡々とお役目をこなしていく射手の2人。当たったときは拍手が沸きますが、「当たるかどうかは神さまが決めること」と、射手の石野章浩さんは話していました。

12本放ち終えると矢を拾い集め、矢をきれいに拭き取ってお祓いをしてから、再び12本の矢を放ち、合計36本放ちます。

拾い集めた矢を拭き取る射手。

矢が的に当たったか否か、当たったあと落ちたのか、刺さっている状態なのか、的を突き抜けたのか、どこに当たったのか。矢の状況が判定基準となり、自分で結果を判断するそうですが、今年は晩生(おくて)の矢が9本当たったことから、地元の新聞では「晩生が豊作との託宣」と発表されました。

2024年3月1日の結果。

時代に合わせて変化しながら受け継いできた神事

元来、神社の鍵を預かる“鍵元”と称される川名家が、氏子総代の筆頭として御神的神事を仕切っていました。昔は神事を行う日枝神社の下に川名家の本家がありましたが、今はありません。本家出身で、分家の家に暮らす川名晴作(せいさく)さんに話をうかがいました。

稲わらを編む川名晴作さん(77歳)。

「あの神社はうちの荒神(こうじん)さまで、各家にある非常に大切な神さまだった。この地域の一番古いのが川名本家と石野家。過去帳から調べると、『川名越後守(えちごのかみ)と称す』と書いてある」

この地区の神社とお寺は、明治はじめの火災で古い資料を消失しています。川名家の言い伝えでは、本家以外に三兵衛、五右衛門(ごえむ)、湯ノ沢、清水、松ケ尾(まつご)という屋号を持つ川名家5軒をここに配置して、川名一族がこの地域を仕切っていました。「内輪の行事として、御神的神事をやっていたのではないか」と、晴作さんは言います。

川名本家が増間から出た1903年からは、江戸時代の新しい分家である庄左エ門が鍵元を務めていましたが、当主が若くしてがんに倒れてしまい、鍵元を続けられなくなったため、1975年からは庄左エ門があった東組の家で、3年任期で鍵元を務めるようになりました。

ちなみに、田舎では地区の下に「組」という組織があります。増間地区にも船越組、東組、日影組、川登上組、川登下組、大峰組、長沢組の、7つの組がありました。東組の各家が持ち回りで鍵元を行っていましたが、人手不足が原因で親が3年任期を務めたあと子が3年務めるという事態になり、「これじゃやりきれないから区でやってくれないか」という相談をもちかけ、1998年から増間地区で鍵元を選出して御神的神事を続けてきたのです。

増間地区の現状

地区全体で続けてきた御神的神事ですが、合同会議で地区の人にアンケートをとった結果、みなさんの意見でいったん休止することになりました。その背景には、人口減少と住民の高齢化、準備の大変さなどがあると思われます。射手は地区の若者から選出していますが、今年の射手は38歳と40歳で、既に7回ほど射手を務めています。晴作さんは、20代のときに7回経験したそうです。

「23から29歳くらいまでやったかな。一番印象に残っているのは、当日雪で真っ白だったことがあって、もう寒くて震えてやったことがある。だけど、水垢離(みずごり)※2で水に入って体を冷たくすると、あとは温かいんだよね」と、当時の様子を教えてくれました。

※2神仏に祈願するため、冷水を浴びて身を清めて清浄な身となること。

今年行われた水垢離の様子。

増間地区に、射手を務められる「次の人」はいるのでしょうか? 

千葉県のwebサイトから「市町村別・町丁字別世帯数及び男女別人口(昭和60年度)」を見ると、1985年の増間地区の世帯数は55世帯、人口は203人でした。政府統計の総合窓口(e-Stat)のwebサイトにある2020年の「男女,年齢(5歳階級)別人口,平均年齢及び総年齢-町丁・字等」を見ると、増間地区の人口は96人。この35年の間に、人口は半分以下になっています。年齢別にみると最も多い年代が70~74歳の13人と、75~79歳の13人、次いで60~64歳の12人で、射手を務めてほしい若者である20代の人口は、1人。加えて、神事を迎えるための事前準備を考えると、動ける人たちがあまりいない現状がうかがえます。

子どもたちに伝統文化をどう引き継ぐべきなのか

「私のときは、お面とか、お祭りのときの出店が2、3軒出ていたね。子どもにとったら楽しいお祭りだった」と晴作さんは言いますが、今回射手を務めた川名祐也さんは一度も御神的神事を見に行ったことがなかったそうです。3月1日という決まった日に神事を行うため、平日に行うことが多かったと思いますが、晴作さんの時代は学校が休みになっていたのでしょうか?

「偶然休みだったから行ったのか記憶が定かじゃないけど、行ったよね。だけど休みになったって記憶はない。今のコミセンは学校の跡地なのよ。あそこが閉校になったのが昭和45年だから、それまでは場合によったら休みになっていたのかもしれないな。よく御神的に行ったって記憶はあるからね」

学校の跡地にできた、現在の増間コミュニティセンター。

子どものころから親しんでいる行事だと、大人になってから自分の子どもたちを連れて訪れたり、愛着も沸いてくる気がしますが、接点がなければ続けていこうという気持ちも沸かないのではないでしょうか。

晴作さんがPTAをやっていた1985年ごろ、増間地区があった三芳村(2006年に南房総市に合併)では、祭礼のときに学校を休ませて子どもたちに手伝わせるという地区がありました。増間地区も同様に、学校を休ませようという話がありましたが、残念ながら実現しませんでした。

「お祭りだと太鼓をたたいたり屋台を引いたりっていう役目があるじゃない。だけど、御神的神事は役目がないわけよ。だから『何もやらないで休みにするのは、大義名分がたちませんよね』て、校長とそんな話をした覚えがある」と、晴作さん。

たくさんの見物客でにぎわい、人が集まるから出店も集まっていたと聞きましたが、どうして見物客が減ってしまったのでしょうか。不思議に思った私に晴作さんは、「天気予報が当たるようになったからじゃない」と答えました。

「昔はそんなのないから、私ら世代でも今年増間の御神的は何が当たりなんだって、それなりに仲間から聞かれていた。長期予報なんてほとんどなかったし、みんな御神的神事を気にしていたよ」

なるほど。毎日の1時間天気予報やピンポイント予報、長期的な予報など、調べればいくらでも情報が手に入る今では、御神的が担っていた役割、意味合いが薄れてしまっているのかもしれません。

時代とともに変化する生活と環境

「生活の中で、農業が主ではなくなった」と晴作さんは言います。農業が生活の中心ではなくなった今、若い世代が縄のない方や必要な材である樹木の見分け方を知らないのは当然ですが、昔はわざわざ教えなくても、暮らしの中にそれらの知恵が生きていました。「やれなきゃ生きていけなかった」と、晴作さんは当時を振り返りました。

稲わらで縄をなう様子。

変化したのは、私たちの生活だけではありません。的を立てるための脚は、マダケを使用していますが、その竹も昔はもっと太い竹だったそうです。最近はイノシシが竹を食べてしまい、昔ふつうにあった太い竹が無くなっているのだとか。

南房総市のwebサイトにある「年度別有害鳥獣捕獲数」では、2007年からイノシシの捕獲数が掲載されています。2007年の捕獲数は738頭でしたが、2022年には2427頭に膨れ上がっています。イノシシの獣害問題が持ち上がるようになったのは、1300年の歴史の中だとつい最近の出来事なのです。

文化や伝統を引き継いでいきたいという気持ちはありますが、その必要性が薄れてきた今、引き継ぐための時間とお金と労力は大きな負担となって住民たちの肩にのしかかります。引き継ぐか否かの間で揺れ動く人たちが出した決断が、「いったん休止」だったのでしょう。高齢者たちだけでは引き継いでいけないけれど、若者たちが増えたいつの日か、復活してほしいという気持ちが込められているのかもしれません。

取材協力:川名晴作さん、増間地区の皆さま
写真・文:鍋田ゆかり

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