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中村勘九郎が『傾城反魂香』で夫婦愛の奇跡を猿之助と 歌舞伎座『十二月大歌舞伎』取材会レポート

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中村勘九郎

歌舞伎俳優の中村勘九郎が、2020年12月1日(火)より26日(土)まで東京・歌舞伎座で『十二月大歌舞伎』に出演する。勘九郎は、午後4時開演の第三部『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』(通称『吃又』どもまた)で、吃音の絵師、浮世又平を演じる。

共演は、又平を支える妻のおとくに市川猿之助、弟弟子の修理之助に中村鶴松、狩野雅楽之助に市川團子、将監北の方に中村梅花、そして又平と修理之助の師匠である土佐将監光信に片岡市蔵

勘九郎は取材会で、夫婦愛溢れる本作への意気込みとともに、この時期に幕を開けられることへの誇らしさ、その後に感じた悔しさを語った。

<あらすじ>
浮世又平は、将監の門下で修業中の絵師。一人前の証としての「土佐」の名前を名乗ることは、まだ許されていない。喋ることは苦手だが、喋りのたつ妻おとくと二人三脚でがんばっている。ある時、修理之助が絵から飛び出した虎を画力で退治すると、その活躍が評価されて、修理之助は又平より先に「土佐」の名前が許されることになる。それを知った又平夫婦は、又平にも認めてほしいと懇願するが……。
■勘太郎×亀治郎から、勘九郎×猿之助で再び

勘九郎の又平、猿之助のおとくで『傾城反魂香』が上演されるのは、2008(平成20)年1月の『新春浅草歌舞伎』(浅草公会堂)以来のこと。浅草歌舞伎は、若手が大役に挑戦する登竜門ともいわれる公演だ。

「浅草で色々な役を修業させていただき、今につながっています。『吃又』もそのひとつです。当時私は勘太郎、猿之助さんは亀治郎時代でした。毎日本当に楽しかったことを覚えています。夫婦の愛が奇跡を起こすファンタジー要素もあり、子どもの頃からとても好きな芝居でした」

そんな『吃又』を「いつもおとく目線で見ていた」と勘九郎。なぜなら父の十八世勘三郎も、祖父の十七世勘三郎も、おとく役を勤めてはいるが、又平を演じたことはなかったからだ。初役の時は、十世坂東三津五郎から又平を教わった。

中村勘九郎

「三津五郎のおじさまは、(二代目)松緑のおじさまから習ったことや、ルーツでもある六代目(尾上菊五郎)の型をこと細かく教えくださいました。出のところの心情として、又平はいつものようにお師匠さんのお見舞いにいく。すると偶然、百姓の話から修理之助が土佐光澄の名をもらったことを知り、え……? っとなる。そこが大事だと聞きました」

共演する猿之助の、俳優としての印象を問われると次のように答えた。

「猿之助さんに対してドライな印象をお持ちの方もいるかもしれませんが、熱い方です。秘めたるパワー、爆発力、そして魅せる力があります。ご一緒した時には安心感があります。目指すものの方向性が同じ方と一緒に芝居ができることはとても楽しいです」

さらに「これ言っていいのかな」と笑いながら、「共演が決まった時(TVドラマ『半沢直樹』の影響から)、うれしいDEATH! ってLINEがきたんです。普段から使うんだ! って(笑)。そういうところがお茶目で可愛らしいんです。嬉しかったですね!」と声を弾ませた。

「これ言っていいのかな、どうかな」と迷いながらも、すでに笑いがこぼれる勘九郎。

そして思わず大爆笑。

■おとくは、暗闇の中の一筋の光

「又平として舞台に立ち感じたのは、夫婦の愛。猿之助さんが演じるおとくの手のぬくもり、感情、夫へのまなざしを思い出します。すべてを支えてくれるおとくでした。愛がこもっているからこその温もりです」

又平は「土佐」の名前を許してもらえず、絵師としての未来に絶望し、死を覚悟する。

「本当に絶望に落とされます。死のうと決めたあたりから、体の感覚がすべて失くなっていくんです。おとくがいなければそのまま死んでいたでしょうし、(今生の別れの)水盃をしよう、とか、最後に石塔に描いてくれますか、と言ってくれるのも、おとくでした。又平は最後のパワーで筆をとります」

中村勘九郎

その後、又平は放心状態となり、絵筆を握った手が開けなくなる。

「おとくは又平の手を、指を一本一本温めてくれます。その温もりで、ほぐれていって。あの瞬間は、役者としてどう見せようとか、どんな芝居をといったことが飛んでしまう。古典の型としてではなく『おとくと出会えて、死ねて、良かった』って。脚本に二人の馴れ初めがあるわけではなく、自分の中だけの体験として、2人がどこでどう出会い、その時どちらから声をかけて……そんなことまで走馬灯のように浮かんでくるんです。又平にとっての暗闇の中の一筋の光が、おとくです」

役に深く入り演じるため、勘九郎にとって「早野勘平(『仮名手本忠臣蔵』)と同じくらい、疲労感のある役」だという。引き込まれる役であり、「古典作品は非日常の世界に入り込む。それは古典がもつパワーだと思います」と語った。

中村勘九郎

■台詞カットではなく、テンポを見直す

近年、本作は75~80分で上演されることが多いが、現在、歌舞伎座は感染症対策のため、各部とも60分を目安にしている。劇中には上演シーン以前のエピソードに絡んだ台詞も出てくるが、勘九郎は、そのような台詞もなるべくカットはしたくないと考えている。

「役者、竹本さん(※)、スタッフの皆様の力を借り、お客様に違和感を感じさせない運びでできればと思います。台詞の中には、“義賢”や“銀杏の前”など、一言しか出てこない、ここだけでは意味が伝わらないような言葉もあります。でもそれが大事な説明をしていたり、これを省くと世界観が崩れてしまったりするんです。練りに練られて今の形になっているのだとあらためて思いました」
義太夫節(「語り物」の音楽)の演奏者のこと

台詞をカットしない代わりに、注目したのが芝居のテンポだ。

「昔の文楽や六代目のテープを聞いたところ、ものすごく速いんです。テンポを大事にしていたのだと思います。各々の役者でテンポをあわせていくことで、上演時間も縮めていけるのではないでしょうか」

『傾城反魂香』浮世又平(平成21年9月名古屋・平成中村座) (C)松竹

勘九郎は歌舞伎座の再開以降、8月に『棒しばり』、10月に『双蝶々曲輪日記 角力場』に出演した。感染症対策のための新たな仕様や、楽屋での動きに慣れてきたか問われると、「慣れてはいけない。慣れないことが大事だと思っています」と、迷いのない態度を示した。

開演前には、モニターだけでなく実際に「どのくらい来てくれただろうか」と客席をのぞくようになり、それまで以上に「来てくださった方のために」と勤めるようになったという。出演月は、劇場と自宅の往復を心掛け、外食も控えており、サポートしてくれる家族への感謝も述べていた。

「江戸時代や明治など、過去にも流行病はありましたが、当時はウイルスなんて分かりません。その間も芝居小屋は開いていたと思うんです。歌舞伎の歴史の中で、病気で芝居ができないのは、これが初めてではないでしょうか。負けてたまるかという思いもありました。“生のエンターテインメントが必要だ”と、皆さまに思っていただける発信を続けていかなくてはとも思いました。それを諦めて、この世代で歌舞伎が途絶えてしまったら、歌舞伎を作り、愛して死んでいった先輩方に申し訳が立ちません」

中村勘九郎

歌舞伎俳優として、発信への意欲を見せると同時に、正直な悔しさも滲ませた。

「歌舞伎座が再開する時は『本当に大丈夫か?』と、不安を書く記事がたくさん出ました。歌舞伎座で徹底的に対策して皆であれだけがんばって、なんとか千穐楽を迎えた次の日、『歌舞伎座、無事走破!』みたいな記事はありませんでした。あれは悔しかったです」

歌舞伎座の感染症対策の徹底ぶりに、すっかり慣れてしまっていたのは、こちらだったと気づかされた。その裏にある多くの努力に、今一度目を向けさせられるコメントでもあった。

■近くでパワーを感じてほしい

歌舞伎座は12月も、各部ごとに来場者を入れ替え、その間に消毒を行う。舞台ウラの出演者やスタッフも、各部が終わるごとに、お互いが顔をあわせることなく入れ替わる。万が一、体調を崩す人がいた時にも、残り三部は興行を続けることができる。安心と安全のためには仕方のないことと理解を示しつつ、勘九郎は、次のような指摘もした。

「以前は、ひと月に芝居に出ていれば、毎日他の芝居も観ることができました。今は(楽屋にいられる時間が限定されるため)それができません。若手にとっては影響が大きいかもしれません。10月の歌舞伎座で、僕は白鸚のおじさまと同じ舞台に立たせていただき、おじさまの空気や間、コンディションを間近で感じさせていただきました。やはりそれは、役者にとって一番の財産だと感じました」

この思いは、12月の配役からも、うかがい知れる。

「猿之助さんのおとくと僕の又平でやるなら、雅楽之助はぜひ團子ちゃんにと、僕からオファーしました。同じ空間で芝居に出られるのと、家で稽古をしているのとでは本当に違います。四代目(猿之助)の近くでそのパワーを感じていただきたいです」

さらに修理之助を勤める鶴松にも、「ありがたいことに彼は立役も女方もできます。色々なことを吸収できる場になる」とエールを送った。

中村勘九郎

壁にぶつかり、乗り越えた先に

勘九郎は、次のように呼びかけ、締めくくった。

「制限のある中でもお客様に満足してお帰りいただけるよう、知恵を絞り出し、創造していくことが歌舞伎なのではないでしょうか。先輩方がそのようにして築き上げた、優れた演出や型があるから、私たちは名作を名作としてやることができます。その中で工夫し続けなくてはいけません。『傾城反魂香』は、ファンタジー要素が詰まった作品です。夫婦の愛が奇跡を起こします。壁にぶつかり、乗り越えた先に明るい未来が待っている。今の日本、世界を表す作品です。ぜひその奇跡を観にきていただけたらと思います」

東京・歌舞伎座の『十二月大歌舞伎』は、12月1日(火)~26日(土)まで。勘九郎が出演する第三部『傾城反魂香』の他、第一部に片岡愛之助と尾上松也の『四変化 弥生の花浅草祭』、第二部に中村七之助と市川中車の『心中月夜星野屋』、そして第四部に坂東玉三郎、尾上菊之助、中村梅枝の『日本振袖始 大蛇退治』を予定している。

中村勘九郎

取材・文・撮影=塚田 史香

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