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「凡人俳句」とキラリと光る俳句は何が違うのか?──【NHK俳句 夏井いつきの「凡人俳句」からの脱出】

NHK出版デジタルマガジン

「凡人俳句」とキラリと光る俳句は何が違うのか?──【NHK俳句 夏井いつきの「凡人俳句」からの脱出】

凡人の句から一歩二歩、抜け出す方法とは……?

俳句を作ってみたけれど、「なんだか平凡だ」と感じたことはありませんか。

『NHK俳句 夏井いつきの「凡人俳句」からの脱出』では、「NHK俳句」の選者を務め、テレビでも広く親しまれている俳人・夏井いつきさんが、よくある発想から抜け出せない句を“凡人俳句”として分析し、そこから抜け出す方法をわかりやすくアドバイスしています。
凡人度を「ボン」「半ボン」「脱ボン」の三段階に分けて解説しながら、発想を広げる工夫やヒントを示した一冊です。

今回はその中から、俳句に欠かせない「季語」とはどういうものか、頻出する“凡人ワード”との関係に注目した解説の一部を公開します。

凡人俳句からの脱出のコツを、三段階のステップで紹介する「凡人脱出ピラミッド」

季語の本意とは「ボン」の集合体

【兼題】 秋刀魚(さんま)

 兼題「秋刀魚」(「NHK俳句」2023年9月放送)宛の投句で多かった類想を元に、凡人俳句からの脱出法を探っていきましょう。

◆ 類想「秋刀魚」+「煙」

 「秋刀魚」といえば焼魚、脂がのっているから煙が立つ。というわけで、多かったのが「煙」との取り合わせです。「凡人脱出ピラミッド」の「ボン」の段に並んだ句は、〈立ち上がる煙の中に秋刀魚焼く〉〈じゆうじゆうとはじける煙秋刀魚焼く〉〈秋刀魚焼く煙にありし匂ひかな〉〈黄金の煙をたたせ初秋刀魚〉〈秋刀魚焼く煙苦いか目に沁みる〉など。「半ボン」の〈秋刀魚とは煙が誘う涙かな〉〈秋刀魚焼く煙かぼそくなりにけり〉には、煙が涙を誘うという発想や、煙がかぼそくなるという描写に少し工夫が見られました。この類想での「脱ボン」句は、

【脱ボン】 べらばうに煙出さうな秋刀魚選(よ)る  床井和夫

 まだ焼いていないのに、焼いている光景までが見えてきます。「ボン」句にあった焼く音や匂い、色、煙の様子が想像できますね。「買う」でもなく切字「かな」でもなく、脂ののった秋刀魚を「選る」という言葉のチョイスが見事でした。

「脱ボン」へのヒント

 「秋刀魚」を「焼く」という極めてアルアルな場面を詠んでも、「脱ボン」できない訳ではありません。発想法はいくつもありますが、三パターンを挙げてみましょう。

1 焼いている場所を変えてみる

【脱ボン】 秋刀魚焼く二坪はみな馴染み客  今井一秀
【脱ボン】 正面に桜島据え秋刀魚焼く  柴田昭隆

 一句目は「二坪」「馴染み客」の言葉から、どんな店かが分かります。二句目は遠近の対比が上手い。雄大な桜島と目の前の秋刀魚、立ち上る大小の煙が想像されます。

2 焼いている人物を描く

【脱ボン】 新しきヘルパーの焼く秋刀魚かな  植野史理
【脱ボン】 校長は単身赴任秋刀魚焼く  井上志津

 一句目、新任のヘルパーさんと、夕餉を待つ人の関係性が、秋刀魚を通して浮かんできます。二句目は校長先生の人となりや佇まいに、想像を搔きたてられます。

3 心の動きを吐露する

【脱ボン】 秋刀魚焼く噓つきのまま死んでやる  石浜西夏
【脱ボン】 秋刀魚焼く終活なんかするものか  今城真人

 一人焼く秋刀魚の前での独白。こんな呟きが似合い許されるのも、季語「秋刀魚」だからこそでしょう。

 兼題「秋刀魚」に寄せられた沢山の句の、最大公約数の情報を集約すると次のようになりました。

 秋刀魚は昭和の路地で、
 七輪使ってじゅうじゅう焼いて、
 皿をはみ出すように盛りつけて、
 大根おろしが欠かせない。
 もちろん腸(はらわた)の苦みを楽しむのが大人。
 しみじみと人生振り返りつつ、
 食べ終わったら、標本のような骨だけが美しく残っている。
 庶民の魚だったのに、急に高値になってきた。

 昭和、七輪、はみ出す、大根おろし、苦み、人生、標本、高値。これらのワードを使った句が、「ボン」句を占めました。しかし、別の言い方をすれば、季語の「本意」とは「ボン」の集合体なのです。つまり、これら季語「秋刀魚」の共通認識を土台にして、そこにささやかなオリジナリティやリアリティを添える工夫をしていけばよいのです。

 たとえば〈焼き秋刀魚皿より頭はみ出して〉〈秋刀魚焼けこちらにどうぞ長い皿〉などは、「秋刀魚」は長いから皿をはみ出す、という季語が内包する情報に軸が置かれています。しかし、〈三十五センチの皿はさんまかな〉〈取り出しぬ秋刀魚食ふ時皿はこれ〉となると「半ボン」句。「はみ出す」と書かずに前句は数詞で映像を見せ、後句は「皿はこれ」で長い皿だと想像させるところに工夫があります。

【脱ボン】 角皿を使ひ切つたる秋刀魚かな  霞山旅

は、「使ひ切つたる」で秋刀魚の大きさを描写。角皿の対角線いっぱいに盛りつけられた秋刀魚を想像させます。

【脱ボン】 秋刀魚より小さな皿と暮らしけり  優木ごまヲ

は、秋刀魚を主役に立てつつ、作者のつつましくも満ち足りた生活も想像させる詠みぶりです。

 季語「秋刀魚」は、魚類の一種を指すだけではなく、共通認識の情報を内包しています。まずは、季語の本意の集合体である「ボン」句を知ることが上達への道なのです。

本書『NHK俳句 夏井いつきの「凡人俳句」からの脱出』では、ほかにもさまざまな兼題の投稿句を類想のキーワードで分類し、誰もが実践できる発想と推敲の秘訣を解説しています。番外編となる「発想力を鍛えるドリル」も収録。
全国の書店またはECサイトにて、好評発売中です。

既刊の『NHK 俳句』はこちら

著者 夏井いつき(なつい・いつき)

1957年生まれ。松山市在住。俳句集団「いつき組」組長、日本俳句教育研究会副会長。2016~2017年、2023年Eテレ「NHK俳句」講師選者。第8回俳壇賞、第72回日本放送協会放送文化賞、第4回種田山頭火賞受賞。俳句甲子園創設に携わる。松山市「俳句ポスト365」等選者。句集『伊月集 鶴』ほか、入門書等著書多数。毎日放送「プレバト!!」の俳句指導で国民的人気を得る。

◆『NHK俳句 夏井いつきの「凡人俳句」からの脱出』より
◆写真 後藤さくら
◆イラスト・石倉ヒロユキ

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