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類稀なるワードセンスを武器に、いま最も注目されるシンガーソングライター矢作萌夏の世界に迫る

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矢作萌夏

人の心に響く歌声と類稀なるワードセンス、そこに遊び心が溢れる作曲能力も兼ね備えた、いま最も注目されるシンガーソングライター矢作萌夏。2023年7月の活動開始から約1年、9月25日に待望の2nd EP『愛を求めているのに』をリリース。正に珠玉と言える5曲を詰め込んだ本作について、矢作に思う存分語っていただいた。

──矢作さんはAKB48卒業後に音楽活動を再開したとき、それまで同様に歌って踊るという表現手段もあったはずなのに、なぜシンガーソングライターという道を選んだんでしょう?

自分で曲を作ることにはもともと興味を持っていたので、ひとりで活動するのなら絶対に自分で曲を作ったほうがいいよなと、小さい頃から思っていて。それもあったので、卒業してから独学だったり周りにいた作曲家さんに教えてもらったりしながら作詞作曲を学んだんです。確かに「もう一度アイドルをやりませんか?」とか「ドラマとか舞台とかどうですか?」っていうお誘いはたくさんいただきましたし、そのほうが再デビューの近道だとは思うんですけど、私の中にはシンガーソングライターとしてやっていきたい、自分で作った曲と自分の思いが綴られた歌詞で勝負したいという確固たる思いが最初からあったんです。

──そういう強い意志は前作『spilt milk』からはもちろん、今回の『愛を求めているのに』からも強く伝わりました。それにしても今作は、この1年での成長が著しいなと感じる内容でした。

本当ですか? めっちゃ嬉しいけど、褒められ慣れてないので照れますね(笑)。

──前作はデビュー作でもあるので、いろいろ挑戦したいことを詰め込んだ1枚だったと思いますが、今回はやりたいことや見せ方の焦点が絞れた感が強くて。EPのタイトルや収録された5曲のテーマ含め、非常にコンセプチュアルな仕上がりだと思いました。矢作さんってもともと自己表現は得意なほうでしたか?

いや、めっちゃ苦手でした。歌うことは好きだったし、音楽は常に身近にはあったんですけど、どちらかというと乱暴なガキンチョだったというか。毎日泥だらけで、片手に泥団子とかカブトムシを持って帰ってきたりするタイプの、普通のわんぱくガールだったと思います。

──それが音楽というフィルターを通すことで、ここまで表現できるんですね。

それも、今までの人生経験が活きているというか。若い頃からいろんな景色を見させてもらってきたので、そこで感じたことや覚えたことが今の歌詞につながっているのかな。それと同時に、高校生活もちゃんと送れたことも大きくて。普通の女子高生という価値観も忘れずに生活できたことは、今振り返ってみても自分にとってよかったです。

矢作萌夏

──作詞作曲をする中で、それまで知らなかった自分の新たな一面って見つけられましたか?

私、ハッピーな曲を書くのが苦手だなって。モジモジしちゃうというか、自分の置きどころがわからなくなっちゃうことが多いんです。今作には「I was born to love you」みたいに明るい曲がありますけど、聴いた人には「どこか切なさがあるよね」って言われることが多くて。なので、ハッピーの中に眠る寂しさというか、そういう表現が自分らしさなのかなと最近は思っています。

──矢作さん自身はハッピーな人間ですか?

ずっとハッピーな人間だと思っていたんですけど、この活動ではパーソナルな部分をさらけ出さなきゃいけないじゃないですか。そうするとどこかアンハッピーな部分が見えてしまうのか、周りから「あんまりハッピーじゃないんだね」と言われちゃうんですよ(笑)。最近はそれが悩みです。

──今作の歌詞にはまさにそういうテイストのものが多いですし、ふとした瞬間に見える影の部分に惹かれるという人も多いと思いますよ。

そう言っていただけて嬉しいです。そこは自分的にも大事にしているところかもしれないですね。

──今回の2nd EP『愛を求めているのに』を制作する際、まずどんな作品にしたいなと考えましたか?

前作からの成長はお見せしたいなともちろん思いましたし、なにより自分がやっていきたい方向性がちょっとずつ見えてきたタイミングでもあったので、『spilt milk』に比べると私らしさがより映えて、聴いてくれる人に寄り添えるような楽曲を集めた作品にしたいなと思っていました。

──収録されている楽曲は最近作ったものが中心なのでしょうか。

「死に花に、生命を」だけは結構前に書いたものですけど、それ以外はここ1〜2年以内の、この活動を始めて以降に作ったものばかりで。でも私、自分の曲に自信がないタイプで、曲を作った翌日には自分じゃ聴けなくなってしまうんですよ。なので、選曲のときはいつもプロデューサーさんとかスタッフさんと相談しながら決めるんですけど、今回に関しては満場一致でスルスル決まりましたね。

──タイトルの『愛を求めているのに』はちょっとドキッとするフレーズですが、この言葉はどうやって導き出したんですか?

最初にプロデューサーさんといろんな案を出していく中で、「〜〜のに」って文末にちょっと負の要素を入れたいよね、みたいな話が出て。「のに」が付くことで単に「愛を求めている」だけじゃなくて、その後バッドな感じが続きそうじゃないですか(笑)。そういうタイトルで、しかもちょっと長めがいいなと思って。それで、なんとなく上げていった候補の中に『愛を求めているのに』があって、これだったら今回収録の5曲にも通ずるものがあるし、めちゃめちゃいいんじゃないかということでこれに決まりました。

矢作萌夏

──確かに5曲とも、視点は違うけど愛について歌っていますものね。EPは「満たされない」という大きなノリのミディアムナンバーからスタートします。1曲目から不穏さが伝わるタイトルですが。

確かにアンハッピーですね(笑)。

──ですが、曲調といい歌詞のテイストといい、このEPの方向性を示す上ではぴったりな1曲だと思います。

ありがとうございます。トラックもめちゃめちゃカッコよくて、最高ですよね。この曲は歌詞だけずっと昔に書いたもので、メロディはあとから作ったんです。今作は前回のEPよりもより深く、より直接的な等身大な歌詞が詰まっているなと思っていて。特に「満たされない」は消耗品的な恋愛をしている女の子たちを描いているので、同世代でそういう恋愛に陥っている子には響くんじゃないかなと思います。

──そんな歌詞の中にいきなり登場する〈穢れ腐ったこの世の中で〉ってフレーズは、インパクト絶大ですね。

そうですね(笑)。こうやって汚いというか強い言葉があるからこそ、〈君の涙〉が映えると思うので、これは欠かせないワードですね。あと、個人的には〈甘ったるいケーキ〉も重要なフレーズで、寄り道したりどうでもいいところに寂しさを求めるっていうニュアンスで入れています。

──この曲をはじめ、冒頭からの3曲に休日課長さんが演奏で参加しています。この曲や「I was born to love you」「わたしごっこ」はどれも曲調的にタイプは異なるものの、独特のグルーヴ感があって心地よく楽しめるんですよ。

もともと宗本(康兵)さんが紹介してくださったんですけど、私は課長がやられている礼賛ってバンドの曲もすごく聴いていたので参加していただけるのは嬉しかったですし、レコーディングを通してもすごい感銘を受けました。課長のベースによってどの曲もより深みがましたと思いますし、マジでありがとうございますって感じです。

──この象徴的な1曲から「I was born to love you」に続くわけですけど、対照的な歌詞ですよね。

王道J-POPのラブソングというか。ただ、〈ありきたりな幸せでいいよねずっと〉って確認しているところはちょっとメンヘラっぽいのかな(笑)。ひとりだけ重い愛情で、バランスが傾きつつある感じをイメージして書きました。

──全体的にはハッピーな空気なんだけど、曲の節々から「この先もハッピーが続くのかな」っていう不穏さが漂ってくるという。

「果たしてどうなんだろう?」って一瞬考えてしまうような。もしそう感じてもらえたなら、狙い通りです(笑)。ファンの方の間では「この歌詞、寂しさを感じるよね」とか「ノスタルジーだよね」という声もあれば、シンプルに「めちゃめちゃラブソングだね」って声もあって。いろんな捉え方があるんだなと、こちらも楽しませてもらってます。

──ボーカル録りに関しては、この曲はどうでした?

実は、楽器隊の皆さんが「せーの」で一発録りするときに、私も一緒に歌ったんですよ。それゆえの生感がこの曲にいい形でマッチしていて、楽しく歌わせてもらいました。

──〈OK! OK!〉という、エンディングで聞こえてくる矢作さんの声はその名残なんですね。

そうなんです。それこそアイドル時代は1行ずつ録ったりとか、6〜7人一気にブースに入って録ったりとか、機械的に歌うのがいいとされていたんですけど、自分で書いた曲を歌うようになってからはなるべくつなげて、一気に録ったほうが生っぽい良さが出ると学んで。一気に歌うからこその現実感みたいな、そういうニュアンスの乗り方っていうのがより映えるようになったんじゃないかな。

矢作萌夏

──3曲目は「わたしごっこ」。個人的に一番のお気に入りです。

どこらへんがお気に入りですか?

──ヒップホップ調の緩やかなグルーヴを人力で表現しているサウンドもそうですし、日常のいろんな音をサンプリングした味付けや矢作さんの自然体なボーカル、そのすべてにリアリティを感じられるのに、タイトルが「わたしごっこ」というそのアンバランスさが最高だと思うんです。

嬉しい! 実はこの曲、仮タイトルが「ヒップホップ」だったんですよね(笑)。最初はループ音源で結構電子的な感じだったんですけど、レコーディングでは課長と柏倉(隆史)さんがめちゃめちゃグルーヴィーに仕上げてくださって。完成した音源を聴いたときは「これ、響く人には響くと思うけど、音楽オタクしか喜ばないんじゃない? 大丈夫かな?」って心配になったけど、EPの中に1曲くらいはこんな遊び心のある曲があってもいいんじゃないかと思うんですよ。タイトルもまた不穏な感じですけれども(笑)、でも私もすごく好きですし、いかにも私らしいなって思います。これは誰かをイメージして作ったというよりはまさに私そのものだし、その「わたしごっこ」加減というか「求められている女の子を演じてあげてるのよ」感が世の中の女の子にも通ずるものがあるんじゃないのかな。

──なるほど。

でも、最初はテーマがもっとぼんやりしたものだったんですよ。歌詞が今とは違っていて、サビもちょっと柔らかい言葉でしたし。そこから「もうちょっと強い言葉にしたらどうか?」という提案を受けて、テーマもまるっと変えて今の“ごっこ遊び”の歌詞になったんです。私はこのAメロ、Bメロのフワッと感がサビで覆されるのがめちゃくちゃ好きで、特に〈低気圧湿気対策髪はアップ〉は大のお気に入り(笑)。口に出しても気持ちいいフレーズだし、私の日常の一部であると同時に女の子が一番気にするポイントでもあるので、本当に等身大だなって思います。

──AメロBメロだけを聴いていると女の子の日常をそのまま捉えた内容かと思いきや、サビで〈騙し騙される わたしごっこ中〉というパンチの強いフレーズでちゃぶ台をひっくり返されるわけですから(笑)。この曲含め、矢作さんの歌詞ってトリッキーさがありますよね。

ありがとうございます! トリッキーさ、もっと磨いていきますね(笑)。

──そんな変化球の1曲から、本作でもっともシンプルでストレートな「18歳のわたしへ」に続きます。

これはまさに18歳の私へ向けた曲です。最初は内容的に自信があまりなかったんですけど、実際に今18歳の友達に聴いてもらったら泣いてくれて。そこからこの曲がより好きになりました。

──どうして自信がなかったんですか?

シンプルに、共感してもらえるのかなと思って。だって、私が過去の自分に向けて書いた歌詞ですからね。作詞を学んでいるときに、自分に向けた曲は私的すぎるがあまりに誰にも共感してもらえないこともあると教わったことがあって。かといって、誰にでもわかりやすい歌詞を書くとありきたりな内容になってしまうし、その塩梅がすごく難しいなと思うんですよ。そういう意味では今18歳の子に響いたことは嬉しかったですし、もっと言えば大人になって過去を振り返った人にも共感してもらえる歌詞なんじゃないかなって。

──18歳って高校生から大学に進学したり就職して社会に出たりという、人生における最初の大きな分岐点ですものね。矢作さんも18歳になる前にAKB48を卒業されていますし。

そうですね、17歳の冬に卒業して。でも、18歳の頃って私にとっては葛藤の年だったんですよ。進学校に通っていたので、周りは大学受験のことに夢中で。私もAKBを辞めたので受験の準備をしていたんですけど、ちょうどその頃に前のレーベルへの所属が決まって、大学に行くのをやめようって覚悟して作詞作曲を勉強し始めたんです。みんなが参考書を開いて勉強している間、私は作曲の本を読んで過ごして。卒業式のときも、卒業アルバムにみんなが「萌夏、いい曲書いてね!」って寄せ書きしてくれて、それを見てより一層頑張ろうと思っていたんですけど、その一方で劣等感みたいなものも少なからずあったんです。普通の女の子たちとの境目っていうか、「私、本当にこっちに進んでいいのかな?」って悩んでいた時期の自分に向けて書いたのが「18歳のわたしへ」。もし今、あの頃の私に会えたら今が一番可愛いよ、偉いよ」と言いながらよしよししてあげたいです(笑)。この曲はそんな気持ちで常に歌ってます。

──〈今の貴方は今が賞味期限なの〉ってフレーズ、すごくいいですね。

ありがとうございます。このフレーズこそまさに伝えたいことですね。

矢作萌夏

──こういう素直な言葉を伝える楽曲のアレンジが、フォーキーなサウンドっていうのも納得です。しかも、THE ALFEEの坂崎幸之助さんがアコースティックギターを弾いているという。

坂崎さんとはプライベートでも仲良くさせていただいていて、爬虫類ショップに行ったりギターの相談に乗ってもらったりしつつ、音楽活動ではライブを呼んでいただいて一緒に演奏したりしていたんですけど、まさかレコーディングに参加してもらえるとは思ってなかったです。この曲のアレンジが進んでいくにつれて、宗本さんが「これ、坂崎さん弾いてくれないかな」ってボソッと口にして。そこから「ちょっと頼んでみようか」ってことになったんですけど、そうしたら意外とあっさり「いいよ」って決まって。ほかのお仕事終わりにスタジオに駆けつけてくださって、30分くらいで終わりました。むしろ、そのあとに雑談したりみっちりギターをレッスンしていただいて、そっちのほうが長かったという(笑)。

──坂崎さんにぴったりな曲というか、いい形で坂崎さんの色が出たアレンジになりましたね。そして、EPのラストを飾るのが「死に花に、生命を」。以前からライブでも披露されていましたし、今年に入ってからはSNSでショート動画がバズった1曲です。

この曲をそんなに聴いていただけるとは思っていなかったので、最初なびっくりしました。ただ一生懸命歌っただけなんですけど、どこに惹きつけられたんでしょうね……もちろん私にとってはすごく特別な曲なんですけど。

──ご自身の身内が自死したときに書いた曲とのことですが、そういうときの感情を言葉に残すという意味でもほかの楽曲とは意味合いが異なると言いますか。

曲の作り方としてはほかの曲となんら変わらず、ピアノ弾きながら歌詞もメロディも一気に作った記憶があります。こういうテーマで曲を作ることはもちろん初めてでしたけど、メロディも言葉もポンポン出てきましたし、最初に完成してから歌詞もあまり直していないですし。

──スッと出てきたわりには、ほかの4曲と比べると言葉の印象がだいぶ異なります。

確かに。私はただ、自分に自信がない人……それは私自身もそうなんですけど、人に向けて「生きてるってことだけでもすごいんだよ。なのに、その大切さをわかってないよね」って伝えたかっただけで。私はこういうきっかけをもらったことで「もっと大切に生きよう」と気づけたので、その思いを綴ったこの曲を通じていろんな人に届けばいいなと考えています。

──ほかの4曲がフォークギターを軸にしたシンプルな仕上がりなのに対して、この曲はストリングスを導入した壮大なアレンジが施されているのも印象的です。

アレンジはかなり難航したんですよ。ピアノ弾き語りのショート動画が先行して評価されたのは嬉しいんですけど、じゃあ果たしてその弾き語りのままリリースするのがいいのか、がっつりアレンジしたほうがいいのか、すごく悩んで。宗本さんと何回もやり取りをして、最終的にこの形に収まりました。

──アレンジに関しても、矢作さんはすべての曲において宗本さんと共同で作業しています。シンガーソングライターの方ってアレンジは専門の方にお任せするケースも少なくないですけど、矢作さんの場合はご自身が心血注いだ楽曲に対して最後まで責任を持って関わることで、より素のご自身に近い等身大の内容になるのかなと。

こんな小娘の無茶で無謀なアイデアを「いいね!」と受け入れてくれる宗本さんは、本当に心の広い方だなと日々感謝しているところです。そういう宗本さんの温かさに甘えながら、今後も自分の思う最良の形で楽曲を発表していけたらと思います。

──この自信作を携え、11月からは初ツアー『Acoustic Live Tour 2024-2025“愛を求めているのに”』も始まります。

このツアー、裏テーマは修行です。もちろん来てくださる方には今の私の最高をお見せしたいですけど、それ以上に次へとつながる成長を感じてもらえるようなものにしたくて。今回は関東だけですけど、どの会場も規模感がちょうどいいのでゆったりと楽しんでもらいたいです。

──今後挑戦してみたいことって、何かありますか?

CMソングみたいに、みんなの身近に潜んでいるような曲を作りたくて。もっともっとたくさん人にも聴いてもらいたいですし、そのためにもいろんな形でもっと世に出していけたらいいなと思っています。

取材・文=西廣智一 撮影=ヨシモリユウナ

矢作萌夏

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