【チェーンのチャーハン行脚】第11回:地球最後の中華東秀にて、何を思う。「チャーハン(スープ付)」539円
中華東秀には深い深い思い出がある。これまでの人生で一番貧乏で辛かったころ、家の近所に中華東秀があった。
マジのマジで金がない。マジのマジで稼げない。しかも今は独身(バツイチ)だけど、その当時は家族がいた。一家の主人として情けなかった。
でも、たまには息抜きしましょうと、“たまのごちそう” として行っていたのが、ほかでもない中華東秀だったのである。
理由はひとつ。リーズナブルだから……。
中華東秀に行くのが、いや、「中華東秀に行ける」のが楽しみで仕方なかった。つらい現実を忘れさせてくれたのが中華東秀の店内だった。
何度も何度も、中華東秀にはメンタル的に助けられた思いがある。そして、もちろん一番食べていたのはチャーハンで……。
そんな中華東秀にもう一度行ってみたい。そう思い公式サイトから最寄りの中華東秀を調べてみると、とんでもない事実が判明したのである。
2024年9月時点で中華東秀は……
西武新宿線「田無」にしか、ない。
検索エリアを広げても、ない。何度調べても、ない。他の店舗はすべて「れんげ食堂Toshu」になっていたのだ……。
私はすぐさま
田無に飛んだ。居ても立っても居られなかった。
そして駅から少し歩いた商業ビルにあったのが……
ラスト・オブ・チューカトーシュー……
地球最後の中華東秀だったのである。
懐かしいあの文字が見られるのも、今となってはこの場所だけ。
なんなら日本全国から中華東秀ファンが参拝に来るツアーを催しても良いのではないか……というくらいに、ファイナル東秀はレトロな佇まいを維持していた。
しかも
チャーハンと書いてある!
餃子と並び、チャーハンも自慢のスペシャリテであることを中華東秀は声高らかに誇示していた。
通されたのはカウンターで、
注文したのはもちろん「チャーハン(スープ付)」。価格は490円(税込539円)だ。
とりあえず水がうまい。
絶え間なく聞こえるカンカン音。炒(チャオ)ってる、確実に。間違いなく人間が中華鍋で炒ってる。
そしてオーダーから9分後……
きた!
が!!!
!
!!
!!!
れんげやん!
ここは中華東秀。なのに食器からして「れんげ食堂Toshu」やん!
なんなら、この店も、もう間もなく「れんげ」になりそうやん! いや、間違いなく、なるやん! 今、なりかけの状態やん! だって器がすでに「れんげ」なんだから!
ていうか、ていうか、このドーム型チャーハンに入ったクラック(亀裂)……
以前に行った「れんげ」のチャーハンにクリソツやん!
具も、たまご、ねぎ、チャーシュー、なると……と、まったく同じ。
となると、チャーハンの味も……
れんげっぽい!!!
ド・ストレートなチャーハンの味。
すべてがド真ん中のチャーハンの味。
もしも六角形のグラフがあるなら、すべてが「3」で綺麗な円を描くようなTHE日式チャーハン。
──と、ここで私はハッとした。
いま実際に食べて思い出した「れんげ食堂Toshu」のチャーハンの味。
正直、昔わたしが食べてきた「中華東秀」のチャーハンの味も、“だいたいこんな感じだったよなぁ……” みたいな感じで、おぼろげな記憶しかない。
そう。
中華東秀のチャーハンは記憶に残らない。
その時は「うまい」と思うのだが、決して記憶されない味なのだ。
なぜならば、完全に “やさしい系” の炒飯だからであり、心のどこかに記憶として引っ掛かるような味ではないのだ。
スープもまた優しい。それはまるで、空気のような。水のような。そこにあるのが当たり前の存在のような……。
そんな “当たり前” な炒飯なので「おいしい」のだけど「記憶に残らない」のである。
そのかわり。
かつて私が通っていた東京都狛江市にある「狛江店」の店構え。店内の狭さ。熱気と香り……と、チャーハン周辺の記憶だけが色濃く記憶されるような気がするのだ。
そう考えると、「中華東秀」が「れんげ食堂Toshu」にメタモルフォーゼしていくのも寂しいけれど納得できる。
私は以前に行った「れんげ食堂Toshu」の記事で、こう書き残している。
「内装は中華中華してなくてカフェのように居心地良好」。
そんな場所なら、デートにも使える。もしも恋人と「れんげ食堂Toshu」に行ってチャーハンを頼んだら……きっとチャーハンの味なんかよりも、恋人の顔、恋人との会話、恋人との思い出が色濃く残ることになるだろう。
だからこそ。
「中華東秀」は「れんげ食堂Toshu」になろうとしているのではないか。味そのものよりも、その時の時間、その時の思い出を提供するために。
西東京市・田無の中華東秀にて。
思い出すのは狛江時代の激貧生活。
稼げない漫画家の私に、容赦のない激と喝を入れた元妻。
「漫画で稼げないならバイトでも何でもいいから働いてこい!」
そんな厳しい言葉が、カンカンというリズムと共にリフレインしていた。
あの時代は、現実から逃げた。私にとってのサンクチュアリー、それが中華東秀だった。
しかしその鬼のような叱咤があったからこそ、ナニクソ根性で今現在に至れているので感謝している。
私はもう、逃げない。
さらば、東秀。
地球最後の中華東秀。
参考リンク:中華東秀
執筆:チャーハン研究家・GO羽鳥
Photo:RocketNews24
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