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【東京発日帰り旅】千葉県鴨川市~鴨川から『ねじ式』の舞台となった港町・太海(ふとみ)へ~

さんたつ

『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。 太海は黒潮が近いために豊かな漁場と温暖な気候に恵まれている。海と背後の小高い山に囲まれた狭い土地に寄り添うように家々が立っている。

明治の頃は波太(なぶと)と呼ばれた太海には、暖かい風が吹いていた

鴨川と聞くと、千葉県でも外れで遠いイメージがあるが、東京駅から高速バスに乗れば2時間。気のせいかもしれないが、案外近いと思った。計画は鴨川から隣の太海の港まで海沿いに歩いて行くというもの。駅構内で掃除をしていたおばさんが、「え? 太海まで歩くのかい?」と驚く。距離は数キロしかないのだけれど、地元の人がわざわざ歩いて行くわけがないので驚いたのだろう。

「鴨川青年の家」付近から見た太海の集落。明治の頃、右手は岡波太(おかなぶと)、左手を浜波太と呼んだ。太海村ができる前の村名である。ちなみに太海村は1971年に鴨川市と合併した。太海地区の人口は約800人。

駅から海へと出た。ここは「日本の渚百選」のひとつに選ばれるだけあって、海岸の景色がとてもいい。海辺の通りを歩いて行くと、何もすることがないように、ただぶらぶらしている男たちがいる。漁師か元漁師か。ちょっとうらやましい。加茂川を渡って鴨川漁港へ着くと、ひとりだけ忙しそうにサバを選り分けている人がいた。秤にかけて重さで選別している。その動きは手早く、見とれてしまった。

鴨川漁港では秤にかけてサバの選別をしていた。

本家にも負けない、 鴨川松島にて島を望む。

厳島神社のある弁天島を左手に見て進んでいくと、島の見える場所があった。看板を見ると、ここは鴨川松島というところ。本場の松島より島数は少ないが、けっこういい眺めだ。

七つの島がある鴨川松島。中央奥の島が弁天島で、橋が架かっていて厳島神社に参詣できる。

トンネルの脇の旧道を上がって行くと、「鴨川青年の家」。前方の砂浜の向こうに寄り添うように家々が集まっている。太海の町だ。

太海の家。沖縄のような風景だ。

頼朝が身を隠したと言われる仁右衛門(にえもん)島

その左側に小さな島。まさしくあれが仁右衛門島だ。太海の集落から200mしか離れていない。近いので手漕ぎの舟で渡れる。石橋山の戦いで平家に敗れた源頼朝が真鶴から安房の国へ逃れてきた後、一時身を隠した島といわれるが、伝説の域。

海岸線の道を歩いて行くと、砂浜を歩いている年配のおばさんがいた。荷物を持って、裸足で歩いている。不思議な感じ。たぶん裸足のほうが歩きやすいのだろう。

太海港に着いた。夕方にはエビ網を仕掛けにいっせいに港から船が出るが、その前の、のんびりした時間が流れていた。御高齢の漁師がぼんやり港を眺めている。

漁港を眺めている御高齢の漁師。夕方の出航前の、のんびりした時間を過ごしている。
エビ網漁で捕れた伊勢海老。多い時は1日で40kgほど捕れるとか。太海では網はナイロンではなく、昔ながらの綿糸の網を使用している。

エビ網漁の前に周辺を歩いてみる。港の近くは平地が少ないせいか、斜面に迷路のような細い道が巡らされていて、そこを上がったり下ったり。

あのつげ義春の名作『ねじ式』で機関車が出てくる場所もあった。

エビ網を仕掛けるのは夕方頃。船は同時に出航する。

いっせいに船が港を出て行く。網を仕掛けると、すぐ戻ってくる。翌朝の3、4時頃には網を上げに、また出航する。それを夏の2カ月間だけ休んで毎日繰り返すという。

太海港近くにある津嶋神社に通じる石段が、思いのほか急。

黒潮が近い太海の町は、気候が温暖で暮らしやすいところ。「この辺りじゃ、一番いいところだな」と、十年ほど前に移住してきた人がつぶやいていた。

取材・文=清野編集工房

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