2024年パリオリンピック:フランスのビジネスの現状と今後の展望 前編(フランスM&Aアドバイザリー企業「Athema社」へのインタビュー)
当社は2023年8月にフランスM&Aアドバイザリー企業「Athema社」(以下「Athema」)に出資し、同社との資本業務提携関係の下、フランスを拠点としてEMEA各国におけるM&Aや事業展開の支援業務を強化している(※)。
今回は、パリにあるAthemaのオフィスを訪問し、同社の代表(CEO)で、M&Aのグローバル加盟組織であるCorporate Finance International(以下「CFI」)の取締役会長も務めるJean-Marc Teurquetil氏に、フランスに関連する各種テーマやM&Aについてお話を伺った。
※EMEA…ヨーロッパ、中東、アフリカ
話し手:Jean-Marc Teurquetil(Athema 代表(CEO)、CFI取締役会長)
クレディ・リヨネで7年間デリバティブ・デスクをリードした後、BNPファイナンスのゼネラルマネージャーとなる。その後同氏は1996年にAurel Leven 証券を引き受け、パリで有数の独立系証券会社に成長させた。2008年からAthemaの代表(CEO)及びCFIの中心メンバーとしてM&Aアドバイザリー業務に携わり、中規模案件やグローバル連携にフォーカスしながら数々のM&A案件を成功に導いてきた。Athemaは小売・消費材、食品・飲料、IT、ビジネス・サービス、ヘルスケア・ライフサイエンス、エネルギー、自動車、その他製造業など、幅広い業界の案件を取り扱うが、同氏は小売・消費材を専門分野とする。
聞き手:大西 正一郎(代表取締役 社長執行役員)
企画・構成:五十嵐幹直(マネージング・ディレクター パリ支店長)
1 オリンピック関連
大西:
100年ぶりにパリでオリンピックが開催されるが、フランス国民としてはオリンピック開催をどう受け止めているか?
Teurquetil:
フランス人は総じてオリンピックに対してポジティブだが、パリの人に限って見ると、オリンピック準備のための交通規制や工事がひどいので、開催直前の今、パリ市民はうんざりしている感も否めない。ただ、オリンピックが始まってしまえばお祭りムードになるだろう。
大西:
前回のコロナ下での無観客の東京オリンピックと比べると、大きく違うと思う。パリ市内は大変活気があって少し羨ましい。ところで、パリオリンピックのフランス経済への影響はどのように捉えているのか?
Teurquetil:
経済的にはポジティブで、過去4年間インフラに投資をしてきて、新しい駅(68駅)の建設も始まり、メトロの延長なども実施された。長期的にパリの発展を考えると非常にポジティブなことではないか。オリンピックがなければさらにインフラ投資は遅れていただろう。もちろん、オリンピックに乗じてフランスを訪れる観光客への経済的期待も大きい。
大西:
私は、前回の東京オリンピックの際に、サッカーの準々決勝のチケットを高倍率の抽選があったにもかかわらず取得した。しかし結局、コロナの影響で無観客試合となり払い戻しを行った。とても残念だった記憶があるが、フランス国民(パリ市民)にとって、今回のチケットの入手は容易か、それとも困難か。
Teurquetil:
フランス人にとってもチケットを取るのは難しいし、価格も高い。需要に対して供給が足りていない。
大西:
Teurquetilさんもオリンピック会場で競技を見る予定はあるか。
Teurquetil:
体操を見に行く予定だが、チケットは(値段を)言えないくらいに高かった。
大西:
私がオリンピックで好きな種目はバレーボール、柔道、体操だが、オリンピック種目のうち、フランスで人気のスポーツは何か。また、Teurquetilさんはどの種目に関心があるか。
Teurquetil:
フランスで人気のスポーツは体操、柔道、サッカー、フェンシングなどだ。フランスはイタリア、ハンガリー、ロシアなどと並んでフェンシングが盛んな国である。フランスでフェンシングが人気なのは、子ども向けのフェンシング教室が普及しているからだろう。柔道も同様で、多くの子どもが柔道教室に行く。柔道ではテディ・リネールが3度オリンピックで金メダルを獲得しており、国民的スターだ。私の娘二人も5、6歳の頃に柔道教室に通っていたが、負けるのが嫌で柔道を嫌いになってしまった。
フランスは体操は強くないが、その人気は高い。以前はイタリアと並んでフランスも強く、国民的なスターがいた。その名残が残っているのだと思う。
ラグビーも人気で、15人制ラグビーで有名なアントワーヌ・デュポンはオリンピックへ出場するために7人制ラグビーに転向した。
大西:
柔道は日本の発祥のスポーツだが、正直なところ、日本で柔道を学ぶ子どもは少ないのが実情だ。私は、高校時代に柔道部だったので、一応初段を持っている。そのときに所属していた高校の柔道部は、1学年で2名~3名程度しか部員がいなかった。
2 エネルギー問題
大西:
ウクライナ情勢によるインフレ、エネルギー価格高騰が、近年、世界的に大きな問題となってきた。貴社では数年前からエネルギー分野に注目し、クリーンエネルギーへの転換に関連する産業のM&Aを広く支援している。一方で、世界を牽引してきた欧州でもエネルギー転換の流れに揺り戻しがあるのではとの意見もある。
欧州におけるエネルギーの現状はどうなっているのか。欧州の中でも何か特徴はあるか。
Teurquetil:
マクロン大統領は、原子力を持続可能性の高い燃料として活用する方針だ。それにより、エネルギー価格の高騰は他国に比べて限定的で、安定を保つことができている。一方、隣国のドイツでは、日本の東日本大震災を受けてメルケル首相が原子力発電を停止させたため、ロシアからのガスによる発電や石炭発電に依存する形となった。その後、ウクライナ戦争によりロシアのガス価格が高騰したことで、ドイツの発電コストも大きく増加した。
また、欧州各国はクリーンエネルギーへの転換には賛同しているが、場所や投資が必要であるため、普及にはもうしばらく時間がかかるだろう。
出所:Ember European wholesale electricity price data | Ember (ember-climate.org) (https://ember-climate.org/data-catalogue/european-wholesale-electricity-price-data/)よりFMI作成
大西:
日本では東日本大震災があったこともあり、原子力発電の是非に対する意見は完全に分かれていて、世論的にはネガティブな意見の方が多い。電源構成において原子力発電のシェアが高いフランスでは、国民は原子力発電に対してはどのような意見をもっているのか。
Teurquetil:
フランスの7割近くの発電を原子力発電が占めており、そのおかげでウクライナ戦争による世界的な電力価格高騰の中でも価格高騰が抑えられているため、今は多くのフランス人が原子力発電に賛同している。フランス人は原子力発電の拡大が重要だと理解しており、大手電力会社であるEDF(フランス電力)は小型の原子力発電所の開発を計画している。ただし、フランスの原子力にも課題はある。2022年に国内の原子力発電所(合計56基)は点検や修理により半数ほどの稼働が止まり、以降は周辺諸国からの電力輸入に頼る状況に陥ってしまった。EUの規則として、電力輸入価格は高く設定されているため、電力輸入が多い状況に極右政党は納得していない状況も発生している。
左派政権は原子力だけでなく太陽光発電や風力発電の純粋なクリーンエネルギー発電を推し進めたいという考えだが、今後フランスでもし極右政党が政権を握ったらクリーンエネルギーへのシフトは遅くなるだろう。
大西:
フランスの再生可能エネルギー業界(原子力発電以外)において、Teurquetilさんが注目している分野や技術はあるか。
Teurquetil:
長期的な視点で次世代エネルギーとして期待される水素については、開発・製造だけでなく、運搬や貯蔵も含めたサプライチェーン全体で、将来的には様々な投資機会が出てくると考えている。しかし、まだ小さい会社が多くて先行きは見えていない。飛行機の燃料にも水素を使用しようと大手企業なども開発に取り組んでいるが、実用化までにはまだ時間がかかるだろう。
3 政治・経済関連
大西:
Brexit(イギリスの欧州連合離脱)後、日本企業は英国からオランダに欧州本社機能を移すケースが目立つ。フランスの外資誘致に対する姿勢は他国と比べてどうなのか。
Teurquetil:
オランダの首都・アムステルダムは法人税が他国よりも低いため、日本企業に限らず多くの企業がアムステルダムに移動しているものと考えられる。しかし、ゴールドマン・サックス、カーライル、ブラックストーン、バンク・オブ・アメリカなどの金融系の企業はロンドンからパリへ人を移してきている。アムステルダムよりもパリの方が、金融産業が発達しているからだろう。
大西:
海外からの投資という意味で、フランスはどのように位置付けられているのか。
Teurquetil:
フランスは2022年に、欧州の海外直接投資の投資先国別ランキングで、イギリス、ドイツ、オランダを上回り、最も投資額が高くなった。本社移転ではオランダが魅力的とされる一方、工場投資などの直接投資という意味ではフランスへの投資は好調で、マクロン大統領もフランスへの投資を後押ししている。
例えば、フランス政府はフランスでの最先端研究を盛り上げようと、R&D業務に係る費用の30%を税制控除できる研究開発優遇税制(RTC:Research Tax Credit)を整備するなどして積極的に国内外の企業による投資をサポートしている。
また、フランスは地理的にも恵まれており、パリだけではなくトュールーズ、マルセイユ、ニース、ボルドーなどの国際的な都市、空港が各地にあり、各都市をつなぐインフラも各国より優れているだろう。
出所:UNCTAD World Investment Report 2024 | UNCTAD(https://unctad.org/publication/world-investment-report-2024)よりFMI作成
大西:
RTCは素晴らしい制度である。ところで、欧州最大の経済規模を誇り、フランスもライバル視するドイツとの比較では、投資先としての魅力度をどう捉えているか。
Teurquetil:
ドイツは第二次世界大戦後のマーシャルプラン下で装置産業に多額の投資をしてきたが、過去10年で見るとインフラへの投資は相当程度抑制してきた。それにより、鉄道や高速道路などのインフラに多くの問題が発生しており、その意味では投資先としての魅力度はフランスに劣後するかもしれない。
大西:
フランスの経済は今後も発展が期待されるのか。
Teurquetil:
フランスのメーカーにおける製造機能は、従来フランス国外に置かれるのが主流だった。しかし、ここ数年フランスへの製造回帰が起こっており、製造業の活性化に期待したい。
製造業の活性化という意味では、日本企業に関連したサクセスストーリーがある。20~30年前に、トヨタはフランス北部に進出し、勤勉と知られるフランス北部の人々は自動車製造のために精を出し、かつては採掘産業で栄えていたフランス北部に再び活気をもたらした。そして、5年前、トヨタの工場はヨーロッパで最も生産性の高い工場として認められた。トヨタのおかげでその他の工場投資なども盛んになり、フランス北部は最も製造業が盛んな地域の一つとなった。フランス北部で製造業が発達したのは、地理的にも英国、ベルギーなどの国外に行きやすく、シャルル・ド・ゴール空港とのアクセスも良いという背景もある。
大西:
フランスは欧州の中でも優良なスタートアップ企業が多いと言われている。近年、起業が活性化している理由をどう捉えているか?
Teurquetil:
スタートアップ企業もRTCを活用することができ、条件によっては税金を支払っていなくても一部払い戻しを受けられるため、この制度はスタートアップの支援に大きな役割を果たしている。
また、マクロン大統領はスタートアップの成長に積極的で、BPIフランス(フランス政府公的投資銀行/2012年に中小企業支援のために設立された公的金融機関)を通してスタートアップ企業の融資や助成金支援を行っている。
政府が推進したこれらの支援策により、フランスのスタートアップ業界は盛り上がりを見せており、マクロン大統領はフランスを欧州最大のスタートアップ産業国とすることを目指している。また、LVMHやサフランなどの大企業が企業内ファンドを積極的に機能させていることも、フランスのスタートアップ産業に一役を買っている。
スタートアップ企業各社は徐々に成長を見せており、時価総額€1B以上のユニコーン企業が数多く登場しつつある。
ただし、研究開発費のGDPに対する割合を見ると、上位のアメリカ(3.46%)や日本(3.30%)と比較すると、フランスは低い(2.22%)。従って、現状の支援策ではまだ不十分であり、大学機関への投資などのさらなる活性化策が必要と考えている。
出所:World Bank Open Data https://data.worldbank.org/よりFMI作成
大西:
スタートアップで注目の産業はあるか。
Teurquetil:
量子コンピューター、宇宙関連、ヘルスケアの産業に注目している。宇宙関連で言うとエアバスやサフランが研究を行っている。
4 印象・イメージ
大西:
フランス人にとって、日本の文化に対する印象はどのようなものか。
Teurquetil:
フランスの人々は日本の繊細な文化に魅了されており、それがきっかけとなって日本人、日本企業への好意的な印象が強い。
特に好まれている文化としてまず挙げられるのが、日本の料理。フランス人はめったに他の食文化を良しとしないが、日本の食文化については一目置いている人が多いのではないか。パリには日本人の営むレストランが多くあり、その中には日本人シェフが営むフレンチレストランもある。その店はフランス人に好かれているし、もちろん日本料理レストランも好まれている。フランス人は中国の食文化についても一目置いているが、食材の品質にこだわるという意味で、中華料理よりも日本料理への尊敬が強い。
私の年代ではかつての日本の有名なライターによって描かれた日本映画に魅了されたフランス人が多いのではないだろうか。最近では、ジブリ映画などが若い人に親しまれている。フランス人の繊細な心に刺さるのだろう。日本の漫画がフランスで有名なことは言うまでもない。
アートや芸術に関しては、日本の芸術はフランスの芸術と比較して派手さがなくこぢんまりとしており繊細だ。庭の絵を一つとっても、フランスでは色々な花や木を描くが、日本の絵は落ち葉一つということもあるだろう。フランスの芸術とはまったく異なるが、フランス人は日本の芸術に親しみを感じているのだ。
執筆者:フロンティア・マネジメント株式会社 大西 正一郎、フロンティア・マネジメント株式会社 五十嵐 幹直