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「約束はできない。だけど願いは言ってもいいかな」BRAHMAN結成30周年、TOSHI-LOWが今思うことーー『尽未来祭』を振り返り、『tour viraha』のその先へ

SPICE

BRAHMAN TOSHI-LOW

BRAHMAN結成30周年のアニバーサリープロジェクトが、いよいよ5月15日(金)東京ガーデンシアターでファイナルを迎える。昨年11月には30周年の集大成ともいえる『尽未来祭 2025』を3日間開催。全56本にもおよぶ『tour viraha』もいよいよ佳境に。30年の節目を超え、その先へと向かう最中のTOSHI-LOW(Vo)は今、何を思うのか。


今回SPICEでは『尽未来祭』の開催前に実施したインタビューから変化した心境、そして未来に向けての想いを、長年親交のあるFM802 DJの大抜卓人が訊いた。

「俺たちにとって理想的な空間だった」


30年の繋がりが結実した『尽未来祭』を振り返る

ーー『tour viraha』も、いよいよ終盤にさしかかってきましたね。アルバム『viraha』を中心としたセットリストでありながら、「雷同」のように過去の曲でガッとエネルギーが上がる瞬間があったり、どの曲もバチっとハマっていて全てのパズルがそろっている感じに圧倒されました。

アルバムごとにいろいろな捉え方をされるんだけど、すべて自分たちの作っているものだからライブで曲をシャッフルしても歯車が合うんだよね。「雷同」みたいな強い曲は全員でガッと上がるんだけど、当然それを良しとしない人だっていて。俺たちは多面体だから、どの面から入ったかによって、どうしても違うなと感じられちゃう部分もあると思って。けど、静と動でいえば、「雷同」があることによって、繊細だといわれる他の曲が映えたり……関係性が繋がっていく感じ。その繋がりがみんなの腑に落ちた時に、すごいエネルギーが生まれる。今回のツアーも前半は、『viraha』の曲ではどちらかというと呆然としている人が多かったけど、後半になるにつれてみんな歌っていたり、ノリ方も変わってきた。

ーーこの曲がすごく盛り上がったとかではなくて、エネルギーが爆発するような瞬間がずーっと続いていましたよね。昨年のツアーの前半に静岡で見た時と、今年3月24日の大阪GORILLA HALL OSAKAで見た時とまた全然違っていて。バンドとお客さんの距離もまたすごく近づいているなと感じましたし、どの曲もみんなの歌になっているなと。

回数を重ねることでしか生まれないものもあるから。ミュージシャンの考え方は2つあって。作品にするためのレコーディング段階で最高を目指すタイプと、俺たちみたいにレコーディングで半分終えてあとはライブでどうなっていくかを考えるタイプ。レコーディングしたものをライブでそのまま再現したい人もいるけど、俺たちは逆で、ライブでは最初から再現できないと考えているんだよね。ギターは1本しかないけど、レコーディングでは多重で録っていて、俺たちは同期も使わないし。だからレコーディングで半分終えて、ライブで完成する、というよりもさらにライブで新しくもう1曲作るぐらいの気持ちで組み立てなきゃいけない。そのためには場数が必要なんだよ。

ーーまだツアーを楽しみにされている方もいらっしゃると思いますので、セトリの詳細には触れませんが、ちょっとしたサプライズだったり違和感が盛り込まれて、飽きさせないような展開があったり。リズムの取り方もいろいろあって、RONZIさんも大変ですね。

みんな大変だけど、RONZIは特に大変だよね。日によって水すら飲めないから。

ーーそうか。

俺らは歌ってない時とか弾いてないときに飲めるけど、そうはいかないじゃん。セトリを見て、「これだと今日はここしか水飲めねえ」って怒ったりしてる(笑)。

ーー前回のインタビューは『尽未来祭』の開催の直前でした。あの壮絶な3日間を経て、心境の変化もあったのではないかなと。僕も初日にMCをさせていただいたんですけど、個人的にはバックステージまでTOSHI-LOWさん、BRAHMANの仲間が、大好きな人たちが好きなようにやってる空間が広がっているのが印象的でした。そこでBRAHMANが「俺の地元にようこそ」みたいな感じで、みんなをおもてなししていて。前回のインタビューで、人は己を映す鏡だから「周りにどういう奴がいるかが大事だ」とおっしゃっていましたが、このことかと痛感しました。特に印象的だったのが、TOSHI-LOWさんがケータリングのパンを食べていた時。これがすごく重要なパンで。

そうね。ドキュメンタリーとかで観た人はわかるだろうけど、BRAHMANの初代ギターのDAISUKEがやってるベーカリーのパンで。

ーーTOSHI-LOWさんは当日、知らなかったんですよね?

サプライズで持ってきてくれたね。

ーー「カタネベーカリーのパンどう?美味しい?」と聞いてる、友達同士の会話があって。そこにほかのバンドマンが来てまた別の交流が生まれていく、理想的なバックステージがあったなと。

なんかね。そうやって袂を分かつことになっちゃった人って、もう会うこともないかもしれないじゃない。でも違う形で会わせてやろうと考えてくれる仲間がいてさ。それは素直にありがたいなと。俺だって、初代のメンバーが30周年のイベントにパンで参加するとは思ってなかったよ。そういうこともあるんだなと。当時は喧嘩別れみたいなところもあったし、もちろんよく思ってることばかりではないけど、30年を経て、お店も繁盛店だし、憎しみ合いじゃなくてお互いの人生を、別々で良かったんじゃねえと言える今があるってことで。だけど普段お店にパンを買いにいかないし。仲間が持ってきて食べさせてくれたから、過去の気恥ずかしさを胸にしまって素直に「うまいね」と言えるなら。それでいいよね。

ーーそうそう、「TOSHI-LOWがうまいって言ったぞ!」って。イベントが始まる前からすごくエモーショナルな瞬間でした。こうやってBRAHMANをお祝いしたい人たちがたくさんいたということ。もうひとつ、フードエリアやスポンサーブースもずらりと並んでいましたが、あれもみんな仲間ですよね。

全然話したことない人とか、文面上の付き合いとかいうのは全くいなかったね。みんな関わったことがある人たち。顔の見えない、看板だけのお店やスポンサーというのはなかった。

ーーあれだけの規模のイベントにも関わらず、そこもまたすごいなと。

それは自分たちが歳をとってよかったなと思うことでもあって。というのも、若い時にBRAHMANを観てた人たちが、今では会社の中堅とか上の世代になっていたりするんだよね。例えば、「震災の時、なにかやりたくてもまだ会社を動かせなくて」という人が、「15年経って企画が通せたのでやります!」とか。そういうことが今、いろんなところで起きている。あの時になにもできなかったから、ということではなくて、蒔いた種が芽を出してきているんだと、自分でも驚かされることがあるよ。

ーー繋がってきているんですね。

そうなんだよ。「その時はまだガキで東北の『AIR JAM』行ってました」って奴が、「今なら自分で何かできるんで関わらせてください!」みたいに。いいよね。年月を経て、そいつらも働いて偉くなって、すごいよ。

ーーそうやって目に見えない繋がりがたくさん集まっていたんですね。出演アーティストのラインナップを見てもその繋がりはすごく感じますよね。特に初日は90年代にライブハウスでガチンコで向き合ってたような人たちが集まっていて。トップバッターのいちさん(LOW IQ 01)のステージも、お祝いができる喜びに満ち溢れていました。TOSHI-LOWさんを呼び込んで一緒に歌う場面での表情もすごくよくて。

実は、あの時めっちゃ喧嘩してて(笑)。

ーーえ、そうなんですか?

先輩に対して俺が余計なこと言うから怒らせちゃって。それが去年、何回かあったからものすごい嫌われてた(笑)。だからもしかすると『尽未来祭』には出ない、という選択肢もあったかもしれないのに出てくれてね。

ーーTOSHI-LOWさんって年齢関係なく、先輩であっても思ったこと言いますよね。

言うね。ある程度の年齢になると、考え方を変えられなくなる人もいる。昔の名前にぶら下がって、挑戦しなくなったり留まることこそが老いで、そういう人やバンドを見てきたから、もっと先にいこうよと。

ーーBRAHMANはずっと挑戦し続けて、変化していくことを表現していますよね。

だから今もやれてるんだと思うよ。

ーー逆に、後輩にも寛容で、SUPER BEAVERの渋谷(龍太)さんからも「TOSHI-LOW」って呼ばれて慕われてたり。そういう上下のない関係性が多いですよね。

あいつは本当はしっかりしてるし縦社会の人間だから上下関係すごくちゃんとしてるんだけど、それじゃあたいして仲良くなれないからさ。呼び捨てでいいよって。対等になるために無理やりその縦の定規を取っ払う。

ーーだからこそ、今回の『尽未来祭』には新しい仲間も、新しい世代もたくさん集まっていたのかなと。

そうなのかな。先輩と思う人もいれば、同級生のように思ってくれたり、同志だと思ってくれたり、ライバルだと思ってくれるバンドもいて。

ーーTHA BLUE HERBとRHYMESTERが同じ日に出ているということも胸熱でしたね。

かつてBEEFをしていた人たちがね。実はその雪解けになるキッカケに俺もいて。というのも俺がDJ JINと仲が良くて、まだバチバチの時にDJ JINと飲んでたの。そこにBOSSが近くにいるっていうから呼んで3人で飲んだんだよ。それでカラオケやって、BOSSがRHYMESTERの「キング オブ ステージ」を歌って。「こういうスタイルのラップは下手なんだ」ってみんなでゲラゲラ笑って。その話を後から宇多丸とかMummy-Dに言ったら、「なんでそんな奴と飲むんだよ」じゃなくて、「いいなぁ。俺もその場にいたかった」と言われて。こりゃ絶対、仲良くなるなと。

ーーそうだったんですね。

そもそもちょっとした掛け違いが大きくなる世界だし。あと、若い時は「張る」ことに命をかけるじゃん。それに言い方とか言葉の刺さり方が、若い時はぜんぜん違うと思うんだよ。敵にしか見えない時があったり。例えば、東京対地方とか、どっちも一所懸命だったのに対極になったりね。だから時代的に戦わざるをえない部分はあったのかもしれないけど、そういうものは年齢を追うごとになくなるから。そんな光景を見られるのも、歳をとって本当によかったなと思うことのひとつだよね。

ーーたしかにそうですね。それからシークレットでヌンチャクも驚きました。どうやって話し合いをされたのかなと。

コロナ禍の時に、千葉の柏ALIVEでヌンチャクの企画に出たことがあって。当時のライブはかなり世間的にはまだリスキーだったけど、俺らはヌンチャクとならいいよとふたつ返事で出ることにしたんだよね。その時の打ち上げで、「数年後に俺らが30周年だから出てね」と言ったら、みんな酔っ払っていたこともあってか「いいよ」と言ってくれて。それで満をじして今回お願いしたんだけど、そのことはもちろん忘れてた(笑)。じゃあ、改めて話をしにいくねといって、ボーカルの向(達郎)とクニ(岡田邦晴)とガチで飲んで、こういうわけだから出てほしいと。世代は一緒だけど、あっちは辞めちゃってるし(1998年解散)、もう会社員として生きているメンバーもいるから、復活してライブに出るってそう簡単なことでもなかったんだよね。ギリギリまで話してやると言ってくれたんだけど、今度はクニがぎっくり腰と交通事故に遭っちゃって。だから杖ついてやってたんだよ。

ーー確かに、そうでした。

だから出演できないということもありえたんだけど、男気をみせてくれて。こういうとなんだけど昔はステージでバリバリに動いていたやつが、杖をついて、じっと動かず叫んでいて、それが逆にすごく重厚でカッコよかったよね。

ーー久々のステージでいうと、Riddim Saunterも『尽未来祭』を機に14年ぶりに復活し、1年間限定で再始動することに。

あれも約束だったの。前回の『尽未来祭』にも出てよとオファーをかけていたんだけど、当時はまだ解散したばかりでさ。じゃあ、30周年の時に出てよと言ったら、出ますと言ってくれていて、それを覚えていたからオファーしたんだよ。今回も最初はやっぱり微妙な感じでさ。でも、解散してしばらく経っていて、もう1回やる最後のチャンスかもしれない、そのために一押しが必要じゃないかと俺は思っていたから。今は各々で活動しているし、そのまま歳をとったらもう一生やらなかったかもしれない。自分たちからでは小っ恥ずかしいところもあるだろうし、再結成ビジネスみたいになりたくないという思いもあっただろうし。あいつらああ見えて精神的にはパンクだから、生活が立ち行かなくなって、最後に一儲けしよう、みたいな再結成はすごく嫌うだろうからね。だから、無理やり「先輩に言われた」という大義名分ができたことで、もう一度集まる機会になったんじゃないかな。あと何年かズレていたら、本当にもうなかったかもしれないから。

ーーRiddim Saunterをトリ前にしたのも、そういう理由があるんですか?

それは別に誰であっても任せられると思うから、決めてない。ただ、いっちゃん(LOW IQ 01)だけ最初なのは決めてた。名前に「1」が入ってるから(笑)。

ーーそういう理由だったんですか!?

いや、あれだよ。前回の『尽未来祭』は、いっちゃんのSUPER STUPIDが復活したでしょ? それが10年前の一番すごい出来事だったから、その流れがあってだね。

ーーほんとだ。ストーリーが繋がってるんですね。Day1はそうやって同時代を生きた仲間が集まり、Day2は2000年代以降のBRAHMANと共に歩んできた人たちとの時間がテーマにあったように思います。トップバッターからHEY-SMITHというのもすごいですね。そこからORANGE RANGE、SiMと続いていく。

HEY-SMITHから始まるなんてことなかなかないよね。それと昔、SiMとORANGE RANGEもいろいろあったじゃん。

ーーそれがこうして、右往左往のステージに続けて出演というのもドラマがありますね。そして、ACIDMANや10-FEETらが出演。

みんな主催のイベントを打ってるから、初日に比べると楽だったし行儀がよかったよ(笑)。初日は普段あまりフェスに出ない人も多かったから、ケータリングになれていない人がいっぱいいて、イベントスタッフ用の弁当が何十個もなくなったり。酔っ払った奴がステージ裏で寝てたりもしたからね(笑)。普通注意するじゃん? でも、みんなほったらかしなの。寝てるなと思いながらステージに出て、戻ってきてもまだ寝てる。カオスなところはライブハウスのまんまだよね。それはある意味、俺たちにとって理想的な空間だったし、混沌で地獄だったけど面白かった90年代のまんまだったね。

ーーそれが3日目は、アジカンから始まり、前回の『尽未来祭』以降の10年で関わりが深くなったSUPER BEAVERや04 Limited Sazabysら後輩に、LUNA SEAも出演。

最高だよね。LUNA SEAからは2週間前に同じ会場でやっていた『LUNATIC FEST.』に呼んでもらって。昔だったら考えられない人もいると思う。それなのに今回俺らがトリ前になって、嫌がらせかと思ったよ(笑)。でもやれるだけのことをやったら、長年続けてる者同士ジャンルが違ってもしっかりと届いたんだよね。LUNA SEAのファンも共通するところを見つけてくれて、泣いている人もいたり。丁寧に取り組んで、話せば、垣根越えて伝わるの。

ーーそんなLUNA SEAからELLEGARDENへ。細美(武士)さんが「親友のために命を張ってステージに立てて幸せだ」と言ったMCが、全てを表していたなと思いました。しかし、よくこれだけのメンツを3日間集めましたね。TOSHI-LOWさんがMCで、「みんな味が濃くて、俺たち薄味なんじゃないかと思う」とおっしゃっていたぐらいに、個性的なラインナップでした。

ライブハウスの規模でいえば、例えばアンダーグラウンドやハードコアの人たちだったり、一緒にやってきた人たちがもっといるわけで。ただ、幕張でやるとなるとまた変わってくる。だからほんとはこれだけじゃないっていうか、これは俺らの半分の歴史だと思う。

「やりたい」と「やれる」かは別だけど


これからの10年を楽しめるパワーをもらった

ーーそれと3日間のBRAHMANのセットリストが1曲も被っていないということが、またすごいですね。2024年に横浜BUNTAIで行い4時間30分に及んだ『六梵全書 Six full albums of all songs』からの流れもあると思いますが、凄まじいものがありました。そんな怒涛の3日間を経てもなお、翌日の朝からランニングしてましたよね?

走りたくないけどアドレナリンが出てて寝れなかったから(笑)。

ーー3日間終わって、メンバーとはどんな感じだったのですか?

みんな飲みにでも行くかなと思ったけど帰ると。ラーメンでも行こうつったらいかないと言われちゃって。すぐ家に送られちゃったからさ、帰ってひとりで悶々としてなんか余計に寝れなかったよ(笑)

ーーアドレナリンも出てるし悶々とするし(笑)。僕は3日間終えて、10年後もあるんじゃないかなって思いました。

どうだろうね。もちろん、いつもその日を全力で生きて、いつ終わってしまってもいいと覚悟を持ってやってるんだけど、今回はみんなにあれだけお祝いしてもらって、これからの10年を楽しめるぐらいパワーをもらったと思う。「やりたい」というのと、やれるかは別の話ではあるけど、やっぱりこの日があったことで、「もういつ辞めてもいい」みたいな、そんな捨て鉢みたいなことを言ってはいけないなと思ったよ。あともう10年、いや10年以上やれるようなお祝いの封筒をいただいた感じかな。それは他のメンバーも感じてると思う。

ーーお祝いの気持ちを胸に……。

でも、さっきも言ったように約束できることじゃないから。不慮の事故とか病気も当然のようにあると思ってるし。

ーーこの先10年、もっと先までやってほしいなと切に思います。あれだけ先輩後輩、仲間たちが集まってひとつになれるのは、中心にBRAHMANがいるからこそですから。あともうひとつ、先日3月10日と11日にぴあアリーナで開催された『東北ライブハウス大作戦"LIFE"』のステージも印象深くて。オープニングでBRAHMANが震災以降に取り組んできたことが映像で流れて、そして2日間のトリを飾ったと。

俺たちが一番、あの会場の大きさには似合ってないのにね。

ーーそんなことないです。最後はBRAHMANしかなかった。いつも3月11日は福島のclub SONIC iwakiに地元の方や、石巻BLUERESISTANCEはじめ、全国の仲間が集まって打ち上げされてますよね。それである時、ブルレジの黒澤(英明)さんに、石巻からかなり距離もあるし、家でゆっくりしないんですか?と聞いたら、「家にいるといろいろ考えちゃうから。出てきて楽しくお酒を飲んでる方がいい」と言ってて。そんな言葉もあり、『"LIFE"』の日に震災から15年の節目だからこそ、あらためてみんなに伝えないといけないこともあるし、考えないといけないなと気付かされました。

そうだね。

ーーひとつ忘れられない出来事があって。宮城の山元町に震災後すぐ取材に行ったんです。

福島との境にある町だね。

ーーそうです。そこで出会った方が、「これから大事にしてほしいことがひとつあります。それは“忘れない”支援です」と言ってたんです。被災地の光景を見て、当時は忘れることなんてあるのかと思いましたが、15年も経つと忘れてしまうこともある。だけど、その最も大事な“忘れない”という支援を、BRAHMANはずっとやっていたなと。そのオープニング映像を見て思ったんです。

人は忘れるようにできてるからね。じゃないと苦しいことがいっぱいあったら、前に進めなくなっちゃう。だから、忘れないようにすることは、実はちょっと痛いんだよ。痛いというのは、自らつねったり古傷こすりつけたりして、忘れないようにするみたいな。能登のことだってそう。みんな忘れてるけど、まだ瓦礫がたくさんあるからね。忘れないための簡単な方法は、また会いに行けばいいんだよ。繋がりを作って、その繋がりを思い出せばいい。「どうしてるかな」って。

ーー転換中に当日来られた方のインタビュー映像が流れていて、みんな「忘れない」「もう一度思い出さないと」と仰ってましたね。

俺たちは忘れることができない人たちと過ごすことが多いから。あの日も「横浜で頑張ってください」と、当時被災した人たちからメッセージをもらうわけ。応援と一緒に、失った家族のこと、いまもやるせない気持ちを抱えていることを書いてくれていたりする。俺には返す言葉なんて見つからないんだけど、「頑張るね」って普段通りのやりとりして。そうやって今も3月11日になるとメッセージをくれる人たちがたくさんいるから、あの日もそりゃ気合いが入ったよ。

ーーあの日も今日までやってきたことが繋がっている、ということを強く感じられましたね。

そうだね。いつのまにか諦めというか、自分だけがわかってやっていればいいやと思うようになった部分もちょっとあったんだよね。自分が活動を続けていけばいいやって。

ーーというと?

震災当初は、いろんな人をかき回したりケツ叩いたりしてさ、わざと喧嘩を売ってでもいろんな人を巻き込んで動かしてきたんだけど、今もそんなふうにやりたいかといわれたら全くそうは思わない。俺は俺でやるんで、別にやりたくなきゃいいんじゃないですか、ぐらいに思ってる部分すらある。

ーーなんとなくそう感じてました。昔とは違うなと。

変わんねえ人に変われと言っても変わんねえし。この15年で、嫌なこともたくさんあったし。やってるふりばっかりしてる人もいる、とかさ。そういう人達を見てると、やっぱいいやって諦めかけてたところがあるんだけど、『"LIFE"』があったことで、もういっちょ喧嘩してでも巻き込んで動かしたいなと、思うようになったね。

ーーそうでしたか。

もちろん無駄な喧嘩はしたくないよ。でも、何かあったときは俺が張って、前に出ようと思ってる。今は。

ーー10年後の『尽未来祭』があれば、いくつかの喧嘩を経てまたたくさん仲間が集まってるに違いないですね。

どうかな。10年ってあっという間な気もするし。すでに前回から今回までの10年で失った人もたくさんいるからね。本当にどうなるかわかんないから、約束はできない。でも、願いは言ってもいいかなと思うようになったかもね。

ーー願い、ですか。

今までは願いを言ってしまうと、約束をしたような気がしてしまってなんか嫌だったんだけど、「こうありたいよね」ってお互い言うことはいいことなんじゃないかな。

ーー希望に繋がるし、前にも進めるし。10年後にもしやるんだったら、出てよと声をかけてる人はいるんですか?

みんな出たいと言ってくれてたよ。またやってくださいと言われて、なんでか聞いたらおもしろかったからって。いろんなフェスに出てたくさん学んだことを詰め込んだイベントではあるから、そう言ってくれるのは嬉しいよね。すぐにはできないけど、10年後にはまたできるかも。そう言うと、みんな出してと言ってくれたね。

ーーすごい、これぞBRAHMANの生き様ですね! 挑戦を続けるからこその未来がある。40周年にはきっとまた新しいBRAHMANが生まれているに違いない。

どうかな。

ーーずっとそうしてこられたじゃないですか。前回のインタビューで仰っていた、「10年後どうありたいか考えて、そのために必要なことを今日やる」という言葉をすごく大事にしてるんです。

いまいくつだっけ?

ーー52歳です。

じゃあもう読んでる?「60歳以降のための〇〇」みたいな本。

ーーいや、それはまだ……。

読んどかなきゃダメだよ。すごく怖いけど、読んでおけば60歳になった時にびっくりしないから。俺は40歳の時に50歳の本を読んでたから、老化もそうだけど今知ってることしか自分に起きないもん。10年後のことを先に知っておくのと、知らずにその時を迎えるのとでは全然違うからね。もう先の本を読み尽くしたから、最近は90歳の本まで読んじゃってるからね(笑)。どうやって死ぬのが幸せなのか、とか。

ーーそんなに先まで!

そうすると死を身近に感じるの。現代では死を忌み嫌って遠ざけるけど、本当は生きるということと隣り合わせにあるものでしょ。そうやって終わりを意識することで、どうにもできないことに執着しなくなったり、前に進むときの覚悟が生まれたりする。老後を幸せに死ぬ人は、いつか死ぬことを知ってるひとなんだって。そんな本ばかり読んでるから、最近は老人ホームでどうやって人気者になるかを考えてる(笑)。

ーーあはは(笑)。でもパフォーマンスは衰えるどころかよりパワフルになっているなと、このツアーを観てても感じましたよ。ツアーを完走して最後は、5月15日に東京ガーデンシアターでファイナルですね。そこからまた、10年後に向けて歩みだすと。

終わったらじゃなくて、もう歩んでるんだよ。でも、毎回「まずは今日のライブが最大のゴールだ」と思ってやりきる。そして、その先にあるものが、ガーデンシアターのファイナルに強く繋がるのを願ってる。

取材=大抜卓人 撮影=ハヤシマコ
文=SPICE編集部(大西健斗)

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