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巳之助と隼人の男だてが閉店間際の茶屋で火花を散らし、幸四郎と勘九郎が霊獣と団子売を踊る 歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』第一部観劇レポート

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第一部『猩々』(左より)猩々=中村勘九郎、猩々=松本幸四郎

2025年8月3日(日)、歌舞伎座で『八月納涼歌舞伎』が始まった。1日三部制のうち、坂東巳之助と中村隼人の『男達ばやり』、松本幸四郎と中村勘九郎という今の歌舞伎界に欠かせない2人が『猩々』『団子売』を踊る第一部をレポートする。

一、男達ばやり(おとこだてばやり)

弱気を助け強気をくじき、男の顔を立てることにかけて生きる「男達(おとこだて)」を描いた作品。町奴の朝日奈と、幕府直属の旗本奴の三浦が対決する。歌舞伎では「顔が立つ/立たない」を理由に、命を賭けがちだ。本作は、その流れを汲みつつも、新たな風を吹き込むような爽やかさがあった。

第一部『男達ばやり』(左より)朝日奈三郎兵衛=坂東巳之助、老人六兵衛=嵐橘三郎 /(C)松竹

幕が開くと、上野・不忍池のほとり。思いつめた様子の老人が池へ身を投げてしまう。通りかかったのは、旗本奴の吉屋組を束ねる三浦小次郎(中村隼人)だ。奴の権平(市川青虎)に、老人を助けるよう言いつけるが……。

三浦は、すらりとした身体にビロードの羽織をまとい、声にはゆったりとした品と色気。笠に隠れて顔は見えなくとも、男前に違いない! と確信させる華があった。権平の大真面目なモタモタや、三浦との掛け合いは、序盤から客席に笑いを生む。肩の力を抜いて楽しむ空気に満たされていった。

老人を救ったのは、小舟で現れた船頭の姿の朝日奈三郎兵衛(坂東巳之助)だった。老人は六兵衛(嵐橘三郎)といい、先ごろまで茶屋を営んでいたが、わけあって追い出され行き場を失ってしまったのだった。朝日奈は、新しく茶屋を出すよう提案し、資金の三十両を自分が用立てることを約束する。

第一部『男達ばやり』(左より)朝日奈三郎兵衛=坂東巳之助、三浦小次郎=中村隼人 /(C)松竹

三十両という大金の話が出た時、傍にいた三浦がふと意識の流れを変えた。朝日奈と六兵衛の会話に三浦が話に入って来たとき、朝日奈は一瞬の眼光で緊張感を走らせた。人情噺ではなく、やはりこのふたりの対決が始まるのだと予感させた。

場面は、六兵衛が営んでいた、現・又兵衛茶屋へ。又兵衛は娘の婿だったが、娘が先だってしまった。いまは又兵衛と後妻が茶屋を営んでいる。女房とま(中村米吉)は、「これ、お前さん」の第一声からしたたかさ全開。意地悪さもヒステリーも、間合い一つで笑いに変える。又兵衛(中村橋之助)は、女房や客に振り回され、現実ならば気の毒すぎる状況だ。しかし橋之助というフィルターを通すと舞台から悲哀が消えて、周りの皆の人間味を軽やかに引きあげ、舞台を明るくする。

第一部『男達ばやり』(左より)茶屋亭主又兵衛=中村橋之助、三浦小次郎=中村隼人、又兵衛女房とま=中村米吉 /(C)松竹

そんな茶屋に、隼人の三浦が登場。やっぱり男前だった! という答え合わせのような瞬間に拍手がおきた。さらに巳之助の朝日奈もやってくる。こちらは先ほどとは打って変わって、大胆な色づかいの派手な装いにギラっとした色気。その男ぶりにふたたび大きな拍手。三浦は風格と粋の中に、勧善懲悪とは一味違う、痛快な面白味を見せつける。朝日奈は物語が進むほどに、人物像が立体的になっていくよう。命にさえ執着しない生きざまは、朝日奈が命よりも守りたい、粋や意気地の手触りを伝えてくる。

第一部『男達ばやり』(左より)三浦小次郎=中村隼人、朝日奈三郎兵衛=坂東巳之助 /(C)松竹

セリフの応酬で緊張感を高めてきたが、クライマックスは立廻りが見どころ。朝日奈と三浦、さらに唐犬権兵衛(市川猿弥)に放駒四郎兵衛(中村福之助)も加わって、俳優たちの身体能力が冴えわたり、附けの音も爽快に響き渡る。セリフではなく立廻りから伝わってくる、朝日奈のやけっぱちと紙一重の江戸っ子らしい思いきりのよさ、三浦の大人の洒脱さ。巳之助への「大和屋!」、隼人への「萬屋!」の掛け声が飛び交い、舞台と客席が一体に。歌舞伎をみた! という満足感とともに、大きな拍手で結ばれた。

二、猩々(しょうじょう)・団子売(だんごうり)

いまの歌舞伎界を支え、リードする松本幸四郎と中村勘九郎。ふたりが舞踊二題を続けて上演する。

まずは『猩々』から。猩々は中国に伝わる、お酒が好きな霊獣。酒売り(市川高麗蔵)は、夢のお告げで聞いた市でお酒を売り、やがて繁盛するようになった。いくら飲んでもまるで酔わない、不思議な客がいて、聞けば潯陽の江(じんようこう。揚子江)に棲む猩々だという。酒売りが、潯陽の江のほとりに酒壺をおくと……。

能の同名作に着想を得た作品。舞台中央には大きな酒壺。高麗蔵の酒売りの踊りで、心がほどけるように始まった。

ふたりの猩々は見た目は同じだが、性格はちがう。

第一部『猩々』(左より)猩々=中村勘九郎、酒売り=市川高麗蔵、猩々=松本幸四郎 /(C)松竹

先に姿をみせたのは、勘九郎の猩々。お酒の匂いに気がつくと、ふわっと笑みを浮かべて仲間を呼ぶ。大喜びをするわけではない。しかし、こみ上げるうれしさが伝わってくる。お酒を酌み交わせば、意思疎通できそうな霊獣だった。呼ばれて現れるのが、幸四郎の猩々。気品の中に歌舞伎らしい華やかさをあわせもつ。人間の言葉はまったく通じなそうな人外感だ。それでも盃に顔を近づけた時にフッと表情が和らぎ、こちらもフッと幸せな気持ちになった。お酒がすすみ踊り出す猩々。一方は不思議なケモノの気配をまとい、一方では格調高くもファンタジックに舞う。同じ見た目の、異なる個性から生まれるリズムに、心地よく酔っていく。場内は熱い拍手に包まれ、その波にのるように猩々たちは消えていった。暗くなった舞台から聞こえる胡弓の音色は、夢のような浮遊感を創り出していた。

その眠りから覚めるように照明が一転。『団子売』の舞台、天神橋へ。

第一部『団子売』(左より)お福=中村勘九郎、杵造=松本幸四郎 /(C)松竹

『団子売』では、幸四郎と勘九郎が屋台をかついで再び登場。仲睦まじい団子売の夫婦、杵造とお福だ。餅をつき、お団子をつくる。しっとりとした踊りから、ひょっとことおかめのお面をつけたユーモラスな(ただの団子売とは思えないキレが良すぎる)踊りまで。二人だけの舞台だったのに、振り返ると、往来する人、足を止めて団子売を見て楽しむ人たちの賑わいごと、心に残って感じられた。上質な“ごきげん”の余韻とともに、お酒とお団子がほしくなる幸せな一幕だった。

第一部『団子売』(左より)杵造=松本幸四郎、お福=中村勘九郎 /(C)松竹

現在、歌舞伎座2階ロビーでは、出演者30名の直筆うちわを展示中。俳優の個性が、幕間の来場者を楽しませていた。

取材・文=塚田史香

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