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【アンドレ・ドラン:前編】 新時代の旗手から、伝統絵画に回帰!? アンドレ・ドランの珍しい「進化」 ~フォーヴィズム時代~

イロハニアート

芸術の歴史は、進化の歴史ともいえます。ある時期、それまでの常識を覆すような新しい技法・新しい作風のアーティストが登場し、進化を積み重ねてきました。 フォーヴィズム(野獣派)の代表的作家と言われるアンドレ・ドランも、画壇に登場したときは「新たな芸術運動の旗手」というポジションでした。しかし、30代からは伝統的な絵画に回帰します。 この記事では「革新者」として登場したドランが伝統的な絵画(新古典主義)に変化する様子を、一生の流れとともに解説します。

アンドレ・ドラン

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アンドレ・ドランはこんな人


アンドレ・ドラン(1880年6月10日-1954年9月8日)は、フランスの画家・彫刻家です。20世紀初頭の美術界で重要な役割を果たしました。

アンリ・マティスやモーリス・ド・ブラマンクとともにフォーヴィズム(野獣派)を創設したメンバーの一人として知られています。

フォーヴィズム時代は、ロンドンの風景画をこれまでと異なる大胆で鮮やかな色彩と革新的な構図で描き、美術史に大きな影響を与えました。

フォーヴィズム運動が終了すると、キュビスムやアフリカ彫刻に影響を受け、平面的で色彩を抑えた画風に変化しました。

30代からは古典に回帰し、戦後の新古典主義のリーダーとして活躍、国内外から高い評価を得ました。

また、セルゲイ・ディアギレフのバレエ団で舞台衣装などを手がけて成功を収めました。

フォーヴィズムとは


フォーヴィズム(仏: Fauvisme、野獣派)は、キュビスムと並び20世紀初頭に大きな影響力をもった絵画史上の変革運動、またはその流派。伝統的な写実主義における色彩体系や明暗からは離れた感覚主義的な絵画を特徴とする。

原色の大胆な使用と荒々しい筆遣いが目立ち、たとえば樹の幹を赤くといったことがもなされた。アンリ・マティスのほか、ジョルジュ・ブラック、モーリス・ド・ブラマンクらがその一員として知られる。

1905年、パリで開催された展覧会サロン・ドートンヌに出品された一群の作品の、原色を多用した強烈な色彩と、激しいタッチを見た批評家ルイ・ボークセル(仏: Louis Vauxcelles、英: Louis Vauxcelles)が「あたかも野獣(フォーヴ、fauves)の檻の中にいるようだ」と評したことから命名された。

出典:Wikipedia

幼少期 ~独学で絵を描き始めた~


アンドレ・ドランは、1880年にパリ郊外のイル=ド=フランス地域圏にあるイヴリーヌ県のシャトーで生まれました。

父ジャコミンの友人だったポール・セザンヌの影響で1895年から独学で絵を描き始めたドランですが、大学では工学を学びました。

在学中にドランはウジェーヌ・カリエールのクラスで絵画を学ぶのですが、このときにマティスと出会ったことがあとのフォーヴィズムに繋がります。

20歳から本格的に絵画の道へ。そしてフォーヴィズムに


1900年、ドランはマティスやブラマンクとアトリエを共有し、近隣の風景画を描き始めました。この経験が彼の芸術的視野を広げました。

しかし1901年9月から兵役のため絵画の製作は数年間中断。1904年になって絵画制作を再開するときは、絵画に専念すると決めて両親を説得しました。

ドランはエンジニアの道を捨ててアカデミア・ジュリアンに入学し、本格的に美術を学び始めました。

1905年の夏、ドランとマティスは地中海に面した村コリウールにアトリエを借りて共同制作を始めました。豊かな色彩にあふれる港町の風景は、2人の作風に決定的な影響を与えました。(フォーヴィズムの鮮やかな色彩はコリウールに住んだから生まれたんですね!)

1905年の後半、サロン・ドートンヌでドランが発表した作品は、鮮やかな色彩と大胆な筆致で多くの注目を集め、この展覧会でドランはマティスやブラマンクらとともに「フォーヴィズム(野獣派)」の代表的な画家として注目されるようになります。

批評家ルイス・ヴォクセルはその鮮やかでありながらも不自然な色合いの作品を見て「フォーヴ (野獣)」と叫びました。それほどまでに、今までの絵画に無い新鮮さや力強さが衝撃を与えたわけですね。

これをきっかけに、自然の色彩を無視し強烈な原色を用いて感情を直接的に表現するフォーヴィズム運動が始まり、20世紀初頭の美術界に大きな影響を及ぼしました。

ロンドンに招かれ制作、代表作が次々と生まれた


フォーヴィズム元年ともいえる1905年の翌年、1906年には有力画商のアンブロワーズ・ヴォラールがドランをロンドンに招待しました。

ヴォラールは都市をテーマにした絵画シリーズを販売したかったようで、ドランはテムズ川沿いの風景など30点の風景画を製作しました。

ヴォラールの期待に違わず、ドランが描いたロンドンの風景は今までとはまったく異なるものでした。大胆な色使いと構成で描かれたテムズ川やタワーブリッジは、ドランの代表作となりました。

この時代の代表作


Landscape near Chatou (1904)


Landscape near Chatou (1904)

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翌年1905年にサロン・ドートンヌでフォーヴィズムが正式に誕生する直前の、重要な初期作品です。

シャトゥーはパリ近郊セーヌ河畔の町でドランの故郷でもあり、彼はこの身近な風景を新しい芸術表現の実験場としました。

技法面では、フォーヴィズムの特徴である大胆な原色使いが顕著に表れています。緑、青、赤、黄などの強烈な色彩が画面全体を支配し、風景の要素は単純化され、色彩の対比によって形態が表現されています。

木々や建物、空が現実とは異なる鮮やかな色で描かれ、ドランの主観的な感情や印象を反映しています。

自然を忠実に再現するのではなく、色彩そのものの力強さと感情的な表現を重視したこの作品は、20世紀初頭の革新的な芸術運動の萌芽を示す重要な絵画として美術史上高く評価されています。

Boats at Collioure (1905)


Boats at Collioure (1905)

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1905年の夏に制作した作品で、フォーヴィズムの代表作の一つです。

この年の夏、ドランはアンリ・マティスとともに南フランスの地中海沿岸の小さな漁村コリウールに滞在し、強烈な陽光と鮮やかな色彩に満ちた風景に刺激を受けて多くの作品を制作しました。この共同制作が、同年秋のサロン・ドートンヌでフォーヴィズムが誕生したきっかけとなりました。

技法面では、フォーヴィズムの特徴である大胆な原色使いが顕著に表れています。

港に停泊する漁船や海が、青、赤、黄、緑などの強烈な色彩で描かれ、現実の風景とは異なる色彩表現によってドランの主観的な感情や印象が反映されています。船や海などの形態は単純化され、色彩の対比によって画面に強烈な印象を与えています。

自然光や色を忠実に再現するのではなく、純粋な色彩そのものの力を解放したこの作品は、20世紀初頭の革新的な芸術運動を象徴する重要作として高く評価されています。

Portrait of Matisse (1905)


Portrait of Matisse (1905)

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ドランの親友であり同じくフォーヴィズムの代表的画家であるアンリ・マティスの肖像画です。ドランのフォーヴィズム時代の代表作の一つとして知られています。

緑色の顔、赤い髪、青い影など、現実離れした色使いや、わずかな線と色面の組み合わせで表現された顔がフォーヴィズムの特徴を表しています。

The Port of Collioure (1905)


The Port of Collioure (1905)

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ドランがフォーヴィズムの画家として最も脂がのっていた時期の代表作の一つとして評価されています。

もともとの自然な形を尊重しつつも、力強い色彩を使った感情的に表現したこの絵は、20世紀初頭の革新的な芸術運動のシンボルになっています。

Mountains at Collioure (1905頃)


Mountains at Collioure (1905頃)

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コリウールの山々を描いた絵です。とはいってもそこはフォーヴィズム。山の輪郭は単純化され、写実的な描き方とは違う方法で山が表現されています。

赤、青、緑、紫などの鮮やかな原色が画面全体を支配し、色彩のコントラストによって立体感が表現されています。

Fishing Boats, Collioure (1905頃)


Fishing Boats, Collioure (1905頃)

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コリウールの港に停泊する漁船を題材にしたこの絵は、大胆な色づかいと極限までシンプルに簡略化された形態が特徴です。

水面や空を表現するにも非現実的な色が使われていますが、これが却ってリアリティを生み出しています。

Vue de Collioure (View of Collioure) (1905頃)


Vue de Collioure (View of Collioure) (1905頃)

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コリウールは南フランスの小さな漁村で、ドランやマティスなどのフォーヴィズムの画家たちが頻繁に訪れました。

この作品はドランがフォーヴィズムの代表画家としての立場を確立する時期の作品として位置づけられています。

Charing Cross Bridge (1906)


Charing Cross Bridge (1906)

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有力画商のアンブロワーズ・ヴォラールに招かれ、ロンドンの街を描いたシリーズのうちの1つです。ロンドンのテムズ川とチャリング・クロス橋を描いています。

印象派の代表的な画家、クロード・モネも同じ場所を描いていますが、モネが光と大気の雰囲気を描き出そうとした一方で、ドランは力強い色づかいで感情的な表現を前面に打ち出しました。

橋や建物は幾何学的な形態で表現されています。キュビスムの先駆けともいえるかもしれません。フォーヴィズム時代のドランの代表作として知られています。

Effect of Sun on the Water, London (1906年頃)


Effect of Sun on the Water, London (1906年頃)

テムズ川の風景を描いた作品です。水面の反射や空の色彩が現実離れした色で描かれ、躍動感ある色づかいと構成が特徴です。

ウエストミンスター宮殿 (1906-1907)


ウエストミンスター宮殿 (1906-1907)

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数年前にクロード・モネがロンドンを描いた作品を発表し、ドランもその影響を受けていました。

しかし、モネとは違う表現技法で描かれた一連のロンドンシリーズは高評価を集め、ドランの代表作となりました。

まとめ


「なんとこれは…野獣 (フォーヴィズム) のようではないか!」と批評家に言わせたドラン。

しかし、このあと数年後には新たな表現に挑戦し、さらにその数年後には伝統的な表現に回帰していました。ドランの「古典回帰時代」は、後半の記事で解説します。

アンドレ・ドランの作品のうち、30歳以降に製作されたいくつかは国内の美術館で見ることができます。

一度ぜひご覧下さいね。

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