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森高千里「渡良瀬橋」置いていかれる人と去っていく人、恋はどちらが苦しいのだろう?

Re:minder

1993年01月25日 森高千里のシングル「渡良瀬橋/ライター志望」発売日

好きなまま別れた恋もようを描いた「渡良瀬橋」


置いて行かれる人と去っていく人と、果たしてどちらが恋は苦しいのだろう… と、この曲を聴くたびにいつも思う。「遠距離恋愛を振り返っているのかな?」「主人公の相手は転勤族で街を離れていったのだろうか」「大学進学で離ればなれになったのかも」と、さまざま想像を駆り立てる名曲「渡良瀬橋」。1993年1月にリリースされたこの曲は、30年以上の時を経た今もなお愛され続けるせつないラブソングだ。

舞台となっているのは栃木県に実在する渡良瀬橋や街。森高自身が、言葉の響きの美しい川や橋を探し出して舞台に決めたのだという。お互いに嫌いになったわけではなく、取り巻く環境によって別れを選ばざるを得なかった…。そんな苦しい恋をしたことがある人にとって、この曲は深く深く心に響くことだろう。この曲は ”故郷に残った主人公が、別れた人の幸せを祈る姿” が街並みの描写と共に丁寧に描かれている。

歌詞の鋭さの一方で、豊かで美しい情景描写が森高の歌詞の魅力


森高千里の書く歌詞の素晴らしさについては、もう語る必要はないだろう。アップチューンなシングル「ストレス」では、ストレスがたまって爆発寸前の気持ちを 「♪たまるストレスが」の無限ループで吐き出し、「ハエ男」では手をこすりあわせてごまをする上司の姿を “ハエ” に見立てて皮肉ってみせる。こうした独特な森高節ともいえる鋭い感性や表現は、誰にも真似ができない。

その一方でミディアムチューンの「風に吹かれて」では旅する中で別れを決意したせつない女性の想いを描く。「この街」では地元の熊本弁を登場させつつ、”でもこの街が大好きよ 生まれた街だから” と故郷の景色と愛をたっぷり歌いあげる。ANAのCMソングを担当していたことも手伝ってなのか、彼女にとって自然なことなのかは分からないが、森高は街の景色をとても丁寧に、かつ繊細に描いていくアーティストの1人だ。だから森高の曲は、日頃忘れがちな故郷への想いを私たちに思い出させてくれる。

街の景色とともに恋愛もようを描く手法は、森高千里の歌詞の大きな魅力でもあり、その表現は見事だ。それはまるで一話完結のドラマや短編小説の一編のようでもあり、聴き始めた途端、たちまち曲の世界に引き込まれていく。

もちろん誰しもが、主人公を自分に置き換えながら…。

どの光景も故郷の街並みと重なって見え…


「渡良瀬橋」の中に出てくる景色には、1つとしてイマドキなオシャレ感はない。別れてしまった大好きなあの人の幸せを今でも祈ってしまう “神社” も、”床屋の角にポツンとある公衆電話” も、”ずっと流れを見ていた川” も、”北風が冷たくて風邪をひいちゃった川辺” も… すべての景色が誰の住む街にも存在するものばかりだ。だからこそ聴き手は自分に置き換えやすく、自分の物語として没入できるのだろう。

 きれいなとこで育ったね
 ここに住みたいと言った

という彼の些細な言葉も主人公は初めから叶わないことを知っていたのだろう。それなのに、今でも温かな思い出として大切にしている主人公の想いに、いつもせつなさが込み上げて涙が溢れそうになる。

今でも大好きなことに変わりはないのに、どこか一歩引いたところから俯瞰した視点で自分の恋を振り返り、淡々と歌い上げられていくところがこの曲の魅力なのだが、唯一違って聞こえる部分がある。

 誰のせいでもない あなたがこの街で
 暮らせないことわかってたの
 なんども悩んだわ だけど私ここを
 離れて暮らすこと出来ない

この部分で森高の歌声がほんの少しだけ熱くなる。堪えきれなくなった主人公の溢れ出す気持ちを表現するかのようで、初めて見せる主人公の慟哭のようにも聞こえてくる。きっと、ここで泣かない女性はいないはず!

主人公には何か故郷を離れられない大きな理由があったのだろうか、それとも離れる決心がつかなかったのか。奇しくも森高と同郷で地方に暮らす筆者にとって、痛いほど主人公の生き方やせつなさが伝わってきて、やるせなくなってしまう。

優しくて懐かしいリコーダーの音色が心を包む

曲について見ていきたい。この曲で森高はドラムとピアノを演奏しているが、やはり一番大きな役割を果たしているのは間奏で演奏されるリコーダーだろう。夕日の美しさと故郷のノスタルジーな空気を見事に作り上げている。そしてこのせつない恋を、優しく包み込んでくれるのも、またこの懐かしい音色の効果ではないだろうか。

 あなたが好きだと言ったこの街並みが
 きょうも暮れてゆきます
 広い空と遠くの山々 二人で歩いた道
 夕日がきれいな街

ーーこうして曲は締めくくられる。最後のフレーズにはこの曲の持つすべての美しさが詰まっているようで素晴らしいなと思う。

大人になればなるほど、背負う荷物は増えていく。そして自分の “好き” という気持ちだけで、人生を選択することが難しくなってしまう。「渡良瀬橋」で描かれた主人公のように、特に地方に住んでいる女性にとって自分を育てた故郷を離れることは周囲が思うほど容易なことではなかったりする。

せつなくてやるせない恋、だけどしっかりと前を向き、運命を受け入れて歩こうとする女性の姿は凜々しくもある。そんな気持ちが最後のフレーズに込められているようで、最後はどこか救われた気持ちになる。

「渡良瀬橋」から感じる、郷愁やせつなさ、運命を受け入れ生きていく主人公の真っ直ぐな姿は、これからも多くの人の心に響くだろう。

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