大磯さんぽのおすすめ7スポット。海と山に挟まれたのどかな街で、個々の面白い感性がつなぐ輪
静かな海と低山に挟まれのんびりのどか、自由な空気感と包容力が漂う。家々の垣根が低く、自宅で商いをする「住み開き」が似合う街だ。が、人々の距離が近くてもはや街全体が開かれているような……。移住組も多いと聞くが、どんな人がどんな時間を紡いでいるのだろう。
町の端にありながらへそのような出会いの場『the studio oiso』
築57年の古アパート一棟が、人が集い、つながる不思議な基地に大変身中! 主宰は陶芸家の岡村朝子さん。1階に自身のアトリエと作品の直売所、台所もある陶芸教室を開き、徐々に仲間を巻き込んで、2階には宿『たゆたう』や平飼い卵『パークライフ』の作業場も誕生。残る1室ももうひと息だ。春分と冬至はにぎやかにマルシェを開催する。
うつわ直売所は火・水・木の11:00〜15:00。
ここにしかない音楽と出合い、感性がまわり始める『SALO』
「海の近くでゆったり制作を」と、録音エンジニアの井口寛さんが築いた文化を紡ぐ場所。2、3階はアーティストのライブも開催する音楽スタジオで、1階は『Record Shop NRT』の成田佳洋さんと、『SALO食堂』の料理人・西野聡(そう)さんが迎えてくれるライブラリーだ。古いけど新しい超マイナーなレコードに心を澄まし、大磯食材満載の朝食を。
営業は第1・2・3の土・日の8:30〜16:30。
高麗山の麓のワインショップ『イナリヤト食文化研究所』
地元出身の永井えりさんと写真家の文仁さん夫妻が営む小さなインポーター。新しいプロジェクトを展開する魅力的な生産者の「リピートしたくなるワイン」を紹介している。グラスワイン600円〜とチーズ盛り合わせ880円で昼飲みしたり、醤油やオイルなどちょっといい調味料を買ったり。週末には野菜や卵も届く。
13:00〜19:00(土・日は11:00〜18:00)、火・水休。
☎0463-68-6210
見て触れて、古いものに学ぶひととき『グルニエ・メメ』
無造作に並ぶ古い道具の面白みにひかれ、足が止まる。靴を脱いで上がると、器や雑貨、着物や帯、書や調度品などがあふれんばかりで、近所の人も旅人もつい長居になる。店主の井元文さんが「おばあさんになっても続けられることを」と、自宅で始めて35年。「最近は少し朽ちた“サビもの”が動くのよ」。ニーズに応える古いものだけでなく、街の情報もここに。
11:00〜17:00、月休。
☎0463-61-4547
絵本を開くようなわくわく感が潜む『Food&Catering Circus』
オリーブの木陰に設置した「きんじょの本棚」が目印。がっつりランチ、シャルキュトリーでワインを一杯など、どんなシーンにも寄り添い楽しませてくれる。イチゴと生ハム、モッツアレラチーズを使用の前菜2000円や、マンゴーパフェ1800円、スムージー700円など果物メニューが多いのは、店主・滝田礼子さんの実家が果物専門店だから。
金・土・日の11:00〜17:00。
☎090-8367-8542
町内捕獲のイノシシの生命を味わう『シカノツノ』
「獣道を探してくくり罠を仕掛け、捕獲したら大急ぎで解体所へ」。猟のリアルを話す店主・熊澤みどりさんは、獣の険しいイメージとは真逆、ふわっとやさしいオーラ。たまたま夫がハンターで、調理師としてジビエカレーを極めるうちに狩猟免許を取得した。「足跡探しからできるだけ関わりたくて」。新鮮なイノシシの脂のとろける甘さに感動。
11:00〜15:00、火・水・木休。
ふらりと寄れる街の本屋を目指して『Books&Something 猫の客』
架空の書店を開き、SNSで1日1冊紹介していた原田さん夫妻。この街に移住して家を建て、住み開きスタイルの実店舗が生まれた。まったりできそうな小上がりでは2人が仕事をしたり、手芸部の活動をしたり。「ごく普通の街の本屋さんになりたくて」と、心を込めて選書する中には古書やZINEもあり、バラエティー豊かで栄養満点。
13:00〜18:00ごろ、営業は水・土・日。
海と山に守られて、人をつなげる閃(ひらめ)きがある
跨線橋の窓から海が見える木造の大磯駅。初夏、構内に巣を作るツバメたちが、駅周辺を自由に飛び交っている。
「ガチャガチャしていなくて、懐かしい感じがしたんです」。『猫の客』の原田さん夫妻が、初めて降り立った時の印象を語る。大いに気に入り、猫と共に移住、本屋を開いて2年が過ぎた。住んでみての感想は?
「もうびっくり! 大人になってこんなにも知り合いが増えるなんて思ってもみなかった」
海と山が近い大磯。人口密度は低かろうに「人」は近いのか。
陶芸家の岡村朝子さんが開いた『the studio oiso』は、ボロ(失礼!)アパート全8部屋の壁を壊し、床をはがし、大掛かりな改修を経て誕生した。到底1人では成し得ない作業は、いろいろな人を巻き込んで進めたという。
「大磯には面白い人がたくさんいて、どんどんつながって、これは誰が得意とか、自然に役割分担ができてしまうんです」
すごいなあと感心していると、軽トラが到着。荷台にのっているのは『パークライフ』の平飼い卵だ。もしや、『SALO』の朝食のオムレツに使う卵の生産者? 大当たりだった。
続けて、宿『たゆたう』の担当、西野知佳さんがやってきた。話すうちに、オムレツが得意な『SALO』料理家、西野聡さんのパートナーだと分かる。あちこちにご縁がいっぱいで、家系図ならぬ街の人の相関図を書いたら、大きな“円”になりそうだ。
訪ねる先で幾度も耳にした名前は、『グルニエ・メメ』の井元文(ふみ)さんだ。例えば、『日々の料理』で見ほれた木枠のガラス戸は、井元さんからの情報で解体する建物から運び出したそう。単なるつながりではなく、普段から行き来があるので、好みや必要なものを熟知している。
「小さいお店がそれぞれ吟味して、一生懸命やっている。それが大磯のいいところ」と言い切る井元さん。新しく商いを始める次世代に熱いエールを送る。
『SALO』の井口寛さんの言葉、「ここは場所と時間に余白がある街。だから足元に目が向く」を、歩きながら実感。余白があるから人と出会ってつながって、新しい閃きが生まれるのかも。
大磯の“円”は広がり続ける。
取材・文=松井一恵 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2025年7月号より