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東京で初の大回顧展の見どころは? 『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』記者発表会レポート

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『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』記者発表会の様子

2024年9月19日(木)から12月1日(日)まで東京都美術館で開催される『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』の記者発表会が4月24日(水)に開催された。本展は、晩年を奄美大島で過ごした画家・田中一村(たなか・いっそん)の生涯を「不屈の情熱の軌跡」をキーワードに辿る企画展だ。この日は、同館の高橋明也館長のほか、本展の監修を務める千葉市美術館の松尾知子副館長、田中一村記念美術館の宮崎緑館長らが登壇し、この機会にかける思いや主な見どころが語られた。

田中一村の画業を250件以上の展示で辿る

本展の主役である田中一村は、明治41年(1908)に栃木県に生まれ、6歳の時に東京に移住。彫刻師の父に幼少の頃から書画を学び、主に南画で類稀な画才を示して“神童”と呼ばれる。その後、大正15年(1926)に東京美術学校(現・東京藝術大学)へ入学するが、わずか2か月で自主退学。そこから不遇の時代を過ごしたのち、昭和13年(1938)に千葉県の千葉市へ移り、同地で20年近く創作活動を続ける。そして昭和33年(1958)に鹿児島県の奄美大島に単身移住し、昭和52年(1977)に心不全で亡くなるまで奄美で暮らした。本展は一村の絵画作品だけでなく、彼が残したスケッチ・工芸品・資料なども「作品」と位置付け、250件を超える展示で辿る過去最大規模の回顧展だ。

田中一村 肖像 (C)2024 Hiroshi Niiyama

この日の記者発表会では、まず冒頭に東京都美術館の高橋明也館長が主催者を代表して挨拶。

東京都美術館 高橋明也館長

続いて、同館の本展担当者である中原淳行学芸担当課長が上野の地と田中一村の関係を示しながら、本展が同館で開催される意義を解説し、「東京府美術館(現在の東京都美術館)の設立とほぼ同時期に、一村が同じく上野公園内にあった東京美術学校に入学していること」「長い歴史を持つ同館の公募団体展が、東京時代の一村ら若手作家にとって登竜門とされてきたこと」という2点に触れた上で、「本館とは直接のつながりはなかったが、この上野で初期から最晩年の作品を見ていただくということを一村さんが知ったら、果たしてどんな感想を持つだろうかと想像しながら、ワクワクした気持ちで準備にあたっています」と話した。

生涯を芸術に捧げた田中一村の作品をあますことなく

その後は、本展の監修を務める千葉市美術館の松尾知子副館長による本展の概要と見どころの解説に。

生前は画家として大きな成功を得ることがなかった田中一村だが、没後から7年が経った昭和59年(1984)にNHKの『日曜美術館』で特集が組まれたことで全国的な認知を獲得し、そして、平成13年(2001)には、終焉の地である奄美市に田中一村記念美術館が設立。2010年にはゆかりの地である千葉県の千葉市美術館で「田中一村 新たなる全貌」展が開催され、大きな話題を呼んだ。そうした経緯の中で長らく一村の研究を進めてきた松尾氏はまず初めに、「『全貌展』から14年が経った今、この上野の地で行われる一村展は、これまでの研究や成果を取り入れ、集大成となるようなものにしたいと考えております」と本展にかける思いを述べた。

千葉市美術館 松尾知子副館長

本展は「第1章 若き南画家の活躍 東京時代」「第2章 千葉時代」「第3章 己の道 奄美へ」という全3章で構成される。

作家の活動を振り返ることを目的とする回顧展において、“神童”と呼ばれた幼年期からの作品が数多く残されているのが、田中一村という作家の特徴のひとつだ。「6歳の時の作品から回顧展が始まり、しかも数年単位で画風の変遷まで辿れるというのは、とても驚異的なこと」と松尾氏。第1章では、父から「米邨(べいそん)」の号が与えられた8歳の作品が展示され、その歳で描かれた《菊図》を示した同氏からは、「父親が作品に手を加えたために紙の一部を破り捨てた」という少年時代の微笑ましいエピソードが紹介された。

《菊図》大正4年(1915)紙本墨画淡彩 個人蔵 (C)2024 Hiroshi Niiyama

本章では、東京美術学校をわずか2か月で退学し、若き南画家として身を立てた20歳前後の作品や、南画を飛び出した新たな画風が受け入れられず、周囲と縁を切った「空白期」といわれる20代半ば以降の作品も展示。

後者の時代においては、《アルプス連峰雲海の図(於富貴楼)》など、風景スケッチ的な水墨画の色紙が初めて広く公開され、近年新たに見つかった多くの資料を通じて、各地への滞在、京都の美術への関心など、知られざるその時代の活動が明かされる予定だという。

千葉で苦楽を味わい、奄美で昇華した一村の芸術

第2章では、父母と弟を亡くし、残った家族とともに千葉市へ移った30代以降の作品が展示される。この時期は、特に花鳥画に新境地を見出しながら、写生、写真、日本の文人画など、伝統への独学が続く長い模索期となる。また、戦後は画号を「一村」に改めて活動。川端龍子が主宰する青龍社の展覧会に作品を出品し、そのうち《白い花》が入選。これが生涯で唯一の公募展入選作となる。「千葉では畑で農作業をしたり、内職をして生活をしたのですが、周囲とのつながりや助けを得て、絵描きとして生きる暮らしが貫かれました」と解説した松尾氏。

《白い花》昭和22年(1947)9月 紙本着色 2曲1隻 田中一村記念美術館蔵 (C)2024 Hiroshi Niiyama

一方で、本章では、46歳の時に手がけた大作《薬草図天井画》をはじめ、客から依頼を受けて制作した襖絵や掛け軸、絵付けを手がけた傘や帯、さらに奄美に興味を持つきっかけともされる《青島の朝》など旅先から友人に宛てた色紙も展示される予定で、「こうした作品から、田中一村という画家がどうやって生き抜いてきたかを知ることができると思います」と述べた。

そして第3章では、50代にさしかかり、単身で奄美に移って以降の作品が展示される。

本章では来島後に間借りして暮らしたハンセン病療養所で「初めて黒き奄美の姿を見る 遥けくも来つる哉の思ひあり」という言葉と奄美大島の絵とともに描き残した同園の芳名録、《初夏の海に赤翡翠》など奄美初期の作品を初めて広く公開。松尾氏は「ここではスケッチ類もできる限り紹介し、初期の景色や風俗の捉え方から次第に描くべき画題へと肉薄していく変化の過程をお伝えしたいと思っています」と述べる。ちなみに、一村のスケッチは人に見られることを意識して描かれたものではないが、美術の教科書にも採用されたエビの素描など、なぜか熱帯魚のスケッチだけは色鮮やかに仕上げられているという。

《奄美の海に蘇鐵とアダン》昭和36年(1961)1月 紙本墨画着色 田中一村記念美術館蔵 (C)2024 Hiroshi Niiyama

《写生図(五色海老)》 田中一村記念美術館蔵

そして奄美でさらに磨かれた感性は、「奄美十二ヶ月」という連作のイメージ、そして晩年の傑作で昇華されていく。特に《アダンの海辺》と《不喰芋と蘇鐵》の2作は、自筆の書簡の中で「命を削って書いた『閻魔大王えの土産品』」とした作品だと考えられ、2枚揃って見られるのは特別な機会になる。奄美で神様が降り立つ道標とされる巨岩「立神」の前景に島独特の植生が描かれた本作を、松尾氏は「神の道のような、何か見えないものが立ち現れてくる絵画の力を感じる瞬間がある」と評し、すべての解説を締めくくった。

左:《榕樹に虎みゝづく》昭和48年(1973)以前 絹本墨画着色 田中一村記念美術館蔵、 右:《枇榔樹の森》昭和48年(1973)以前 絹本墨画着色 田中一村記念美術館蔵 (C)2024 Hiroshi Niiyama

左:《アダンの海辺》昭和44年(1969) 絹本着色 個人蔵、 右:《不喰芋と蘇鐵》昭和48年(1973)以前 絹本着色 個人蔵 (C)2024 Hiroshi Niiyama

その後、田中一村記念美術館の宮崎緑副館長からも奄美の魅力と奄美での田中一村についての解説があり、東京都美術館だけでなく千葉と奄美の両美術館の意気込みが大いに感じられる発表会だった。上野に奄美の風が吹くのが今から待ち遠しい。

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