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大分トリニータ 刀根亮輔 恩義を尽くし引退 【大分県】

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引退した刀根亮輔

 2010年に大分トリニータU-18からトップチームに昇格し、守備のオールラウンダーとしてプロキャリアをスタートした刀根亮輔。その後は東京ヴェルディをはじめ4クラブを渡り歩き、18年に大分に復帰を果たした。J1からJ3まで、カテゴリーの枠を超えて積み重ねてきた数字は205試合。「あっという間だった」との言葉に未練はなく、スパイクを静かに脱いだ。

 

 「人生の全てをトリニータで学んだ」と語る大分での在籍期間は8年。下部組織での3年間を加えれば11年となる。18年に古巣に復帰したときに、「俺は自分のためでなく、トリニータに恩返しするためにここへ来た」と真剣なまなざしで話してくれた。以来6年間、その言葉をピッチ内外で体現し、プロ選手として、また人間としてあるべき姿を背中で語り続けた。その風貌はさながら修行僧のようであり、日頃から厳しい練習を消化していく刀根を見て、若手選手は刺激を受けていたという。最後の2年間はけがに苦しんだが、弱音を吐くことはなかった。「サッカーにけがはつきもの」と黙々とリハビリに時間を費やしていたときも、チームのために何ができるかを考えていた。ただ、自分が試合に出場できないことが辛いのではなく、チームのために何もできないのが辛かった。

 

守備のオールラウンダーとして活躍した

 

 昨シーズン終了後に退団が発表され、愛するクラブに何か提言はあるかと聞いた際に、「去る者が何か言うべきではない」と前置きした上で、こう語った。「分け隔てなく、全員仲がいいのは素晴らしいことだが、厳しいことを言わない、言いたがらない選手が多い。他のクラブでは練習から言い合いやつかみ合いになる場面を何度も見てきた。言い争うことが良いことではないが、本音を語ることは必要」。刀根の口から出る言葉は、ぶしつけに聞こえながらも納得できることが多かったが、最後の言葉も示唆に富んでいた。

 

 弱肉強食のプロの世界で過ごした18年間で「メンタルが鍛えられた」。刀根はこれからも歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで己を貫く。引退後はサッカーから離れ、新たなスタートラインに立つという。「社会常識を知らない」と揶揄(やゆ)されることもあるというが、現代の仕事観は多様化している。むしろ畑違いのアスリートならではの柔軟な発想を生かせる場があるのではと感じている。

 

「今季こそJ1に昇格してほしい」とエールを送った

 

 

(柚野真也)

 

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