マルティン・ガルシア・ガルシア「新しいプログラムを紹介できることがうれしい」~ショパン作品を軸にした『ピアノ・リサイタル』インタビュー
2024年11月3日(日・祝)サントリーホール 大ホールにて、ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシアによる、ピアノ・リサイタルが開催される。この度、インタビュー記事が届いたので紹介する。
2021年「ショパン国際ピアノコンクール」で第3位に入賞以来、毎年来日している人気ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシア(以下、ガルシア)。気さくでユーモアのセンスも抜群。そんなスペイン出身のナイスガイを、ファンは親しみを込めて「ガルガル」「ガルガルさま」などと呼ぶ。
11月に新プログラムで来日リサイタルツアーを行う。東京は3日文化の日、サントリーホール大ホールに登場! ショパン作品を軸に、スペインのモンポウやアルベニスの名作も演奏する。
ショパンの前奏曲が、胃散のCMでおなじみだったとは!
ガルシアのピアノの音色は、輝きに満ちている。太陽のように明るく、歌心も感じられ、幸福感を覚える。まず、プログラムのショパン「即興曲」第1番~第3番と「幻想即興曲」、そして「ソナタ第1番」の意図を尋ねた。
4つの即興曲は、僕が最もインスピレーションを得た作品の一部なのです。単なる小品ではなく、どれも装飾芸術の最高傑作。この4作を通して良いムードが広がっていく…。『ソナタ第1番』は、若者向けの作品とみなされてあまり取り上げられないけど、僕はとても独創的で成熟した作品だと思う。ショパンの言語が形成されていくのが聞こえてくるんだ。ベートーヴェンやシューベルトへの強い愛着が感じられる。最終楽章は悪魔的難しさだけど、プログラムの前半を締めくくるのにふさわしい。彼の他の2つのソナタは日本で演奏したことがあるので、このツアーでソナタ3作品の輪が閉じられる。
スペイン作品との組み合わせは、 将来「スペイン曲のコンサート」を見すえての助走だろうか?
僕はスペイン人なので、自国の最高の音楽をプログラムに盛り込むことに小さな義務を感じることがある。特にアルベニスは『イベリア』など、ピアノのための最高作品を複数創出している。ロマン派以降のスペインの偉大な作曲家たちは、皆ショパンをロールモデルにしていて、特にモンポウはそうです。これらの素晴らしい音楽を演奏することは、ショパンやベートーヴェンのソナタを演奏するのと同じくらいエキサイティングです。
モンポウの「ショパンの主題による変奏曲」は、「前奏曲第7番」を駆使したユニークな変奏だ。日本ではこの前奏曲は、長年、太田胃散のCMでテレビやラジオで流れているので、クラシックファンでなくてもなじみがある。
へえ、知らなかった。だったら、なおいい選曲になったね! 僕がこの曲を演奏するとき、お客さんがお腹を洗っている気分にならなければいいけど(笑)。CMだと途中でカットされて完奏されないから、曲の締めくくりまで聴ける喜びをお客さんに味わってもらえるとうれしいな。この曲は、モンポウが尊敬するショパンへのラブレターのようなもの。僕の心と音楽の歴史において特別な位置を占めているんです。
歌いながら演奏するのは、正常な“副作用”?!
日本のファンの間では「ガルシアはステージで歌いながら弾いている」と、ハミングが話題になっている。「歌うピアニスト」になるのは、気分が乗ってきたときかと尋ねたら「気分に左右されるのではなく、“副作用”だよ(笑)」。またもユーモアで切り返してきた。
ピアノは、歌声やオーケストラの楽器など、いろんな音声になり代わって表現できるから素晴らしい。でも、僕はそれだけでは満足できないんだ(笑)。人類史における全ての表現の源は、歌ったり体でリズムを作る能力だと思う。ときどき歌っていることに気付くのは、それが僕の演奏している音楽の源だから。練習中に理解を深めたいときは、声に出して歌うと役に立ちますよ。
「歌うピアニスト」と言えば、グレン・グールドがよく知られる。かつてソニーの録音ディレクターは、マイクのセッティング位置にいつも悩んだそうだ。それでも、グールドのハミングはCDでしっかり聴き取れる。ガルシアにハミングにまつわる武勇伝を尋ねたら「僕のハミングもCDで聞けるよ(笑)」。もはや、ユーモアに「座布団3枚!」だ。
ハミングというより歌だね、歌うことの方が多い。でもそれは不思議なことじゃなくて、とても正常だと思うよ。マウリツィオ・ポリーニも素晴らしい“歌手”だったし、マルタ・アルゲリッチも演奏中につぶやいている。もっとも、彼女は声を出してないようだけど。指揮者のグスターボ・ドゥダメルも、ときどき歌いたい衝動に駆られるらしく、特に合唱団と一緒に歌いながら振っている。すべてアーティストの性格によるんだろうけど、僕はきっと、ピアノでは歌われない表現豊かなところを一音も取り残したくない性格なんだね。
恩師からの学びは、“1000ページの本”に匹敵する
ガルシアの生まれ故郷は、海岸都市のヒホン。ここで5歳からロシア出身の2人の先生に学んだのがピアノ事始め。
ナタリア・マズーン先生とイリヤ・ゴルドファーブ先生から、ピアノと音楽の基礎を教わったんだ。手の位置、強弱、重さ加減、歌うような奏法、ポリフォニー、ハーモニー、フォーム、訓練方法など…。習い始めた最初の時点で、すべて存在していた。
これらの感覚を14歳まで学んで、マドリードのレイナ・ソフィア音楽学校に進学した。
23歳まで9年間、ガリーナ・エギアザロワ先生が、子供時代に培ったものを新たなレベルに引き上げてくれた。例えば、音楽がどのように組み立てられるか、音楽の解釈や意味とは何かなど、掘り下げていく。音楽を分かりやすく演奏するためには、多くの分析と構築が必要。そのすべてを一人で乗り越えるのは難しい。先生にとても感謝しています。
その後、渡米して、ニューヨークのマネス音楽院で研鑽を積んだ。
ジェローム・ローズ先生に2年間学びました。彼は、世界における音楽の価値や音楽の世界をどのようにナビゲートするかといった難題に関する視点の持ち方について、助言をくれた。
先生が変わるごとにカルチャーショックもあったことだろう。
カルチャーショックだけでなく、その都度、新鮮な空気を吸い込めた。同じ課題に新しい視点をもたらすからね。曲の“解釈”はとても客観的な作業で、“翻訳者”の仕事とほとんど離れてないんじゃないかな。僕のスタンスは、作品の素晴らしさを見いだして伝える“翻訳者”になること。楽譜や即興音楽の存在意義を、できるだけ明確に聴衆に届けることが仕事だと思っている。その探究のなかで、必然的に自分の個性も出てくる。それは、僕がベートーヴェンやショパンなどの演奏で最終的に描き出したいこと。僕独自のものに見えたりもするだろうけどね。とにかく、恩師の教えは“1000ページの本”に匹敵する。とりわけ、エギアザロワ先生の教えは大きい。
小回りの利く、大きくて便利な手指
ガルシアの手はとても大きい。しかも、どの指も鍵盤に吸い付くかのようななめらかな動き。オーバーアクションはしない。
日によるけど、ドからオクターブ上のファかソまで届くよ。でも演奏では、手が大きいことより、中指や薬指が柔軟に間隔を変えられるので便利。ラフマニノフの難曲のように、手指の位置が絶えず変化する曲にもうまく適応できる。例えば、2つの音符が精神的にも肉体的にもつながっているかのようにレガートに弾くには、多くのトレーニングが必要。僕はどんな音楽のパッセージでもアイデアをまとめる術を学んだから、ほとんどの場合、運指について考える必要はなく、練習中に楽譜に運指を書くこともないね。演奏ごとに運指が変わるのは、指のことを考えなくても弾けるから。薬指が特定の音符を手伝ってくれることもあれば、中指が助けてくれることもある。
ちなみに、特別なハンドケアはしてないそうだが、なんと日本の自然派ブランド「SHIRO」のハンドクリームがお気に入り。
とても寒い日や極端に乾燥している日に使っている。演奏旅行の必需品だよ。濃すぎず、バターみたいにベタベタせず、使い心地がいい。
日本が大好き、好物は“すき焼き”や“味噌汁”!
ガルシアは日本が好き。日本食も好物だ。
日本の印象はとてもポジティブ。来るたびにその思いが強くなっている。毎回、濃密な経験と活動が詰まってるんだ。東京は僕が世界で一番好きな都市。美しくて、治安もいい。とても居心地が良く、心が落ち着く。日本食もとてもおいしい、並外れてる。お気に入りは毎日変わるけど、いつも食べたくなるのは“すき焼き”。僕は牛肉と豚肉を一緒に注文するんだ、“温かいご飯”もね。シンプルに“親子丼と味噌汁”も好きだな。味噌汁は家でも作ってもらってて、一週間食べないと寂しくなるよ。11月のツアーで、新しいプログラムを紹介できることを大変うれしく思っています。きっと思い出に残るコンサートになると思います。コンサートに来てくださる皆さん、ありがとう。特別な体験を重ねてください。僕は日本に来るのが楽しみです!
マルティン・ガルシア・ガルシア コメント
文=原納暢子