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役所広司×ヴィム・ヴェンダースが“現在の東京”描く『PERFECT DAYS』 小津安二郎『東京物語』とつながる日常劇

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役所広司×ヴィム・ヴェンダースが“現在の東京”描く『PERFECT DAYS』 小津安二郎『東京物語』とつながる日常劇

『東京物語』と『PERFECT DAYS』

『PERFECT DAYS』は、ドイツ出身のヴィム・ヴェンダース(『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』ほか)による2023年版の”TOKYO STORY”だ。そして、役所広司を見る映画だ。

『PERFECT DAYS』で役所広司が演じる平山という主人公の名前は、小津安二郎の『東京物語』(1953年)で笠智衆が演じた平山周吉から取られている(他の小津映画でも平山という名前の男は何度か登場するが)。

70年前に撮られた『東京物語』と『PERFECT DAYS』は設定も物語も時代も違うけれど、どちらも撮影時の東京の景色と人々の日常が切り取られている。もちろんドキュメンタリー映画ではないのだから、本物の日常とは言えないかもしれないが、日常の映し絵とは言えるだろう。

©1953松竹株式会社

役所広司が演じる平山は、渋谷の公共ハイテクトイレの清掃員。映画は彼の一見すると同じような毎日を追う。彼は下町の古い木造アパートに住み(隅田川の東側にある東京スカイツリーの麓。押上と亀戸の間あたりだろうか)、朝は目覚ましをかけずに起き、植木に水をやり、きちんと並べた時計や小銭とフィルムカメラなどを手にし、缶コーヒーを買い、カセットテープで古い洋楽を聴きながら青いライトバンで仕事先に向かい、自作の道具で丹念にトイレを掃除し、木漏れ日を写真に撮る。仕事を終えると、銭湯で汗を流し、馴染みの店で酎ハイを飲みながら食事をし、帰宅すると文庫本を読みながら眠る。“ZENを感じる”というフランス人が多かったのも、この淡々とした清潔な生活ぶりにだろう。何をしても無駄な動きのない、役所広司が美しい。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

冒頭10分過ぎまで、平山は一切話さない。彼の声よりも先に聞こえるのは、ハイテクトイレの利用案内の自動音声だ。極端に寡黙な彼は、若い同僚(柄本時生)の話にも目線で応じ、ようやく話すのは、迷子になった子供に声をかけるときだ。だが、その母親には嫌な顔をされる。穢れたものを見るような目。あれ、やってしまいそうで怖いな。その穢れを落とすかのように、彼は毎日銭湯へ行く。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

ヴェンダースがアウトサイダー視点で捉えた現在の東京

『東京物語』は広島・尾道から東京・足立区の千住界隈で暮らす子供たちを訪ねてきた平山夫妻の物語で、アウトサイダーの目線で終戦後数年で復興した東京の街並みと、人々の忙しない日常が描かれている。平山夫妻がバスで東京観光をするシーンは、『PERFECT DAYS』で平山が車で東京を横断していく景につながる。『東京物語』に映る東京が今とはずいぶん違うように、今見える街並みもハイテクトイレも、きっと数年後には姿を変えるだろう。そこに住む人も変わるだろう。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

一方、『PERFECT DAYS』は監督であるヴェンダース自身が東京のアウトサイダーであり、その視点でカメラは現在の東京をとらえている(ちなみに小津は東京・深川の出身だ)。ヴェンダースはかつて小津を題材にしたドキュメンタリー映画『東京画』(1985年)で、1983年時点の東京を撮っているが、今回、フランツ・ラスティグの手持ちカメラがとらえる東京はとてもヴィヴィッドながら、渋谷の雑踏も、下北沢あたりのレコードショップ(客としてヴェンダースがチラッと映る)も、高速道路から見える景色も、どこか現実よりも若干長閑に見える。それは平山のカセットテープから流れるルー・リードの「Perfect Day」や、金延幸子の「青い魚」をはじめとした古いロック・ミュージックのせいかもしれない。現実よりもほんの少し東京が美しいのが映画の良さだ。

そして、実は平山自身も下町のアウトサイダーであることが家出してきた姪っ子・ニコ(中野有紗)の登場によって示唆され、彼の日常に漣(さざなみ)が起きる。平山は踊るホームレスの男(田中泯)をどこか親近感を持って見つめているが、平山の過去はわからないもののどこか根無し草であり、だからこそ今ある時間を愛おしむのだろう。平山がニコに言う「今度は今度、今は今」という言葉と、「なんでずっと今のままでいられないんだろうね?」というスナックのママの言葉は、この映画の背骨だ。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

平山がほんのり思慕するママを演じるのは石川さゆり。そこで石川が「朝日のあたる家」を日本語版(浅川マキ版)で歌う。もちろん上手すぎるほど上手いのだが、実はこの歌は役所さんが大好きな歌なのだそう。余談だが、先日NHKで若き日の彼がこの歌を歌うところを放送していたが、役所さんの歌が上手いのでびっくりした。もっと歌ってほしいなあ。

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役所広司の顔と姿、そして動きを見る映画

面白いのは、平山は自宅では食事をしない。眠るか、読書か、音楽を聴くだけの休息の場だ。そこはいわば彼岸であり、あの世なのではないかという気がする。彼は毎朝、蘇生して川を渡って渋谷へ、そして浅草へやって来るのではないか。ハレとケというか。

もしくは平山は『ベルリン・天使の詩』のブルーノ・ガンツのように、元・天使なのかもしれない。隅田川を渡るというのは、東京の東側の人間(私も足立区の隅田川と荒川の中洲で育った)にとって、どこかほんのわずかに覚悟のいるものだ。押上の銭湯で身を清めた後、平山は毎日、自転車に乗って隅田川を渡り、浅草へと向かう。彼はそこで食事をし酒を飲み、休日には古書店やスナックに行く。ヴェンダースがそこを意識したかはわからないのだが、自転車で隅田川を渡るのはどこか儀式のようにも見える。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

そして、淡々とした日常にもう一人、闖入者が現れる。三浦友和が演じる訳ありげな紳士だ。役所広司の素晴らしさについてはカンヌの男優賞を受賞したときに散々書いたが、三浦友和もいいのだ。全く作ったところがないのに、どこか平山を圧倒するものがある。三浦友和と役所広司が隅田川沿いで影踏みをするシーンの美しさよ。全く違う色気を二人が発しているが、これもハレとケかもしれない。非日常と日常。二人の関係性については映画を観てもらうとして、川岸で影を踏みながら二人は止まることのない時間の尊さを感じる。それにしても本当に国の宝だなあ、役所さんと友和さん。眼福だ。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

この映画は設定やストーリーよりも、役所広司の顔と姿、そして動きを見るもので、それこそが完璧な日々の象徴なのだろう。クライマックスにニーナ・シモンの「Feeling Good」が流れる中、平山が朝日を浴びながら見せる表情。2分強の長回しで、役所広司の顔がひたすら映る。平山の心に去来するものは何なのかわからないものの、生きることの喜びと悲しみを凝縮したような表情を見せる。また新しい1日が始まる。同じようで二度と来ない日。役所さんって、なんて良い顔をしているんだろう。そう思いながら、満足な気持ちで劇場を後にすることができるはずだ。

『PERFECT DAYS』© 2023 MASTER MIND Ltd.

この映画は、渋谷区の公共トイレを斬新なデザインで改修した日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の一環として、当初は短編として企画されていたが、趣旨に賛同したヴェンダースが長編にした。いわばアート・プロジェクトの一環だったため、採算を度外視して作られたのが成功の源だと思うが、おそらく日本の観客だけが気づく商業っぽさが若干ある。缶コーヒーとか、ユニクロの服とか。もちろん他の映画でもいくらでもタイアップはあるし悪いことではないのだが、素晴らしく静謐な映画だけについ目に留まってしまう。でも同時に、浅草地下商店街にある焼きそば屋、福ちゃんも登場しているので、そこは嬉しいところだ。久しぶりに寄ってみようかな。いつまでもあるものなんて、何もないんだから。

文:石津文子

『PERFECT DAYS』は2023年12月22日(金)より全国公開

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