タンガテーブルで開催「”異端であることの意味”<再演!>」イベントレポート
仕事の拠点を東京から生まれ故郷の北九州市に移して5年が経った。ライターとして、北九州市での取材を重ねて感じていることに「熱量の高さ」と「街への愛情」がある。この2点は「地域の文化イベント」や「専門家によるトークイベント」、「コミュニティ活動」などで特に顕著だ。仕事柄、そして自分自身の交流を広げるために、これらのイベントには積極的に参加している。さらに、さまざまな人との交流を通じ、北九州市の未来を感じることができるのも参加する理由の一つだ。地域のライターとして、街の未来を感じることは非常に大切なことだと思っている。
今回参加したイベントは「”異端であることの意味”<再演!>」。7月10日(水)にタンガテーブル(小倉北区馬借)で行われた、プロ経営者・伊藤嘉明さんによる講演がメインのトークイベントだ。主催はクリエイティブディレクターの八木田一世さん。八木田さんが開催するイベントはいつ参加しても盛況で、参加者の熱量が高いのが特徴だと感じている。
会場には、大学生から上場企業の取締役までさまざまな属性の人々が一堂に会しており、このイベントの幅広い訴求力を目の当たりにした。
実はこのイベント、6月9日にも行われており、60名以上が参加したという。私も参加を迷っているうちにチケットが売り切れてしまった。八木田さんの元に再演を望む声が多く上がったため、1ヶ月後に再演を企画したところ、募集開始後わずか3日で前回を超える申し込みが殺到したという。
地方都市における「本物」との出会い
東京に比べると、地方都市では「本物」に触れる機会が少ないことを、Uターン後の5年で痛感している。オンラインのイベントも増えており、情報格差は以前より少なくなっていると思うが、それでもインプットできる量、質ともに地方都市は大きく劣っている。
ただ、そんな中でも地方都市に「本物」を持ち込む人がいる。八木田さんもその一人だ。今回登壇する伊藤さんの経歴は群を抜いている(という表現が陳腐に感じられるほどの経歴をお持ちの方)。日本コカ・コーラ、デル、アディダス・ジャパン、ハイアールアジアなど、さまざまな地域、規模、業種の企業で変革を起こしている「本物」の方だ。北九州市でこうした経歴を持つ方の話を聞く機会はめったになく、期待が高まる。
伊藤嘉明さんの講演:変革の時代を生き抜く洞察
イベント前半は伊藤さんによる講演が行われた。冒頭で、現代を「VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)という、先行きが見通しにくい時代」と定義し、予測不能な時代に我々が生きていることを強調した。
その後、伊藤さんが在籍した各社でのケーススタディを紹介。誰もが知っている大企業の話なのでイメージしやすく、実際に経験したことなので説得力が段違いであった。
特に印象に残っているのは、伊藤さんが既存のブランド価値に固執せず、必要ならばブランドを壊すことを恐れない革新的なアプローチを実践してきたことだ。
環境配慮が目的とはいえ、長年親しまれてきたスプライトのグリーンのボトルの色を透明にすることなど、多くの人には思いつかない発想だ。仮に思いついたとしても、長年培ってきたブランドを壊すことに繋がるため、提案すらしないだろう。
アディダスジャパンでの経験も強く印象に残った。私は日ごろ野球の取材を行っており、用具への関心も高い。大手メーカー以外の用具を使っている選手にヒアリングを行ったこともあるし、ライター業を始める前は、野球用具メーカーの業務サポートを行っていた時期もある。
ビジネスパーソンが集まるこの場で「バッテ」(バッティング手袋の略)という言葉が出てきたのが印象的だった。伊藤さんは「これまでは1人に対してマーケティングを行ってきましたが、野球はチームスポーツです。だから、同じカラーの商品が最低9個は売れる、という 『チームスポーツ戦略』というアプローチを行いました」と話した。さらに、バッテも左右別々に販売することで売上をアップしたという。
私も長年野球に携わっており、前述の通り用具メーカーにも携わっていたが、この話は非常に新鮮に感じた。
「異端」の重要性
伊藤さんの話には、イベントタイトルにある「異端」という言葉が随所に出てきた。「異端であることを恐れてはいけない」「異端ではないことは『思考停止』である」という言葉が印象的だった。
また、伊藤さんの最後の言葉は、私が最近うっすらと感じていることに近かった。「これからの時代は『やる』か『やらないか』です。僕はこれまで『やる』を選択してきました。皆さんは自分の人生を自分ごととしてどちらを選択しますか?ぜひ『やる』を選択してください」
このときには、会場の雰囲気も随分と高まっていた。平日の夜に集まった「学ぶことに貪欲」な人たちの集まりであるからそれも当然のことだろう。皆、伊藤さんの言葉に真剣に耳を傾けながら、自分たちの仕事にどのように活かせるかを考えているようだった。私も取材しながら、気持ちが高ぶっているのを感じた。
八木田一世さんとのトークセッション
イベント後半では、八木田さんのイベントでいつも行われるトークセッションが行われた。今回は八木田さんの発案で、セッションで話すのではなく、八木田さんからの質問が伊藤さんに投げかけられる形式で行われた。
価格設定と差異化の戦略
ビジネスにおける価格設定の話は、小さいながら企業を経営する自分にとって非常にイメージが湧きやすいものだった。経験豊富な伊藤さんですら、独立当初に価格設定で迷ったことがあるというのが意外だった。
経営者セッションを実施した際、当初は4回で20万円だったものを、次の回で4回で100万円に変更したら、応募数が減るどころか増えたという。「安いものがいいという人は、能力ではなく価格に価値を見出している」ということに気づいたことをきっかけに「あるべき姿」を追求するようになり、自分に欠けているものも見えてきた、と話した。
「高い価格にするのであれば、それなりのものを自分で持っておけばいい。これが『差別化プラスアルファの差異化』です」と加えた。
さらに差異化に関しては、「競合として戦おうとするから差別化が必要になります。差異化はそういうものではなく、違う強みがあれば十分差異化になります」と述べた。
八木田さんの話にも印象的なものがあった。学生など若者の中には、「自分に”何かが足りない”ことを恐怖に感じている人が結構な割合で存在する」と話した。インターネットの普及で「できる人」が可視化されるようになり、その人に追いつけないことが怖いと感じて何もしないという結論に達する、とのことだ。
若者へのアドバイス
よく言われる「苦労は買ってでもしたほうがいい」という若者への言葉に対しては、伊藤さんも八木田さんも不要だと話した。その上で“若者がすべき苦労”について八木田さんが伊藤さんに尋ねたところ、「いらない苦労をすると人間が曲がってしまう」と話した上で、「心が折れることもあり、そこからのリカバリーには時間がかかる。だからそんな苦労は買ってはいけません」と強調した。
さらに「人生経験も一緒です。若い人はいらない苦労などせず、やりたいこと、興味があることに取り組んでみて、合わなかったなと思ったらすぐに別の方向に進んでください」と加えた。
また、伊藤さんは若者へのアドバイスとして、自己価値の向上を強調した。「自分のことを商品だとして考えてください。自分自身という商品パッケージを一番よくわかるのはおそらく自分なので、自分に何が足りないのかを常に考えてください。足りない部分を勉強で補うことで商品価値が上がります」と述べた。
「人のつなぎ方」の重要性
メディアを運営している身として、「人のつなぎ方」の話が強く印象に残っている。私自身、この5年間でいろんな方とのつながりが生まれた。「誰がつなげてくれたか」「どこでつながったか」によって、その後の付き合い方が大きく変わってくることが大きな学びだ。
ここ最近は、つなぐ側の立場になることも多い。ただ単につなげばいいものではないことは分かっているが、ではどう繋げばいいのか、うまく言語化ができないでいた。
伊藤さんは「アンテナを張っていない人はつなぎません」と表現した。「アンテナを張っていない人は思考停止になっていて、何かを変えなきゃいけないという危機感も、何かしてやろうという感覚も持っていません。アンテナを張っている人といない人をつなげても何も生まれません」と話した。
「アンテナを張っている」という表現はよく使うが、人をつなぐときにも用いることができるのは新たな発見だった。
北九州市の未来への期待
イベント終盤で伊藤さんは、参加者を見て「目の輝きが違う」と話した。客席には、北九州市やお隣の下関市の個性的なプレーヤーが座っており、「異端」である方々が少なくなかった。彼らは現状に満足しておらず、変革を求めて平日夜にタンガテーブルに集った。
かつて人口100万人を超えていた北九州市も、2024年7月1日の時点で91万人を切った。今後も人口減少は避けられないが、そんな状況下で現状に満足しないプレーヤーが地域に大勢いることは救いになるし、それを明らかにしてくれたのが今回のイベントであったと感じた。さまざまな年代の参加者たちの熱意と積極性を目の当たりにし、北九州市の未来に対する期待が高まった。