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名作漫画『BLUE GIANT』から学ぶ夢の追い方と捨て方

さくマガ


# 『BLUE GIANT』とは
『BLUE GIANT』は仙台の高校生・宮本大がサックスの音の虜になり、様々な人々との出会いを経て、ジャズプレイヤーとして成長していく物語である。

BLUE GIANT(1) (ビッグコミックス)
* 作者:石塚真一
* 発売日: 2013/12/04
* メディア: Kindle版
続編『~SUPREME』と続々篇『~EXPLORER』がある。僕は、2年前の夏、本を執筆しているとき、担当編集者氏から参考図書としていただいたのが『BLUE
GIANT』(以下『BG』)とのファーストコンタクトであった。名前と表紙は知っていたが、食わず嫌いをしていたのだ。『BG』は大傑作で、食わず嫌いをしていたのを後悔した。若い頃に出会いたかった。
『BG』の魅力は、主人公・宮本大の熱さだ。その熱さが、周辺をかためるキャラクターに伝播するだけでなく、ジャズに詳しくない読者へビンビン伝わってくるところが最大の魅力である。主人公・宮本大の熱さが、普通に生活をして、仕事に追われていると忘れてしまいがちな熱さを僕らに思い出させてくれるのだ。

主人公・大の「夢を追うことを勝ち負けのあるゲームにしない」生き方

主人公・宮本大は、とにかく熱く、まっすぐでバカみたいに一直線である。物語の冒頭からトップギアでサックスに取り組むので読者は置いていかれてしまいそうになる。運動部から未経験でサックスプレイヤーを目指すのは、はっきりいって無茶苦茶だ。
だが、振り落とされそうになりながら、追いかけてしまうのは、忘れかけていた熱さを思い出しながら、「こんな熱さが今の自分にもあったらいいなあ」という憧れを主人公・宮本大に対して抱くからだろう。いわば、熱くなれなかった僕らから見た、「もし夢や目標に向かって熱くなれていたら…」というIF人生である。
…このあたりでBGの評論は他の人にお任せしたい。
この文章で僕が伝えたいのは、夢の追い方と捨て方のひとつの理想形をこの作品は教えてくれているということである。
主人公・大はサックスプレイヤーになるという夢を追って、仙台から東京へ場所を変えて突き進んでいく。夢は大きくて、はるか先にある遠いものだ。粗削りな演奏に「こいつ、もしかして凄いんじゃね」と出会う人たちに思わせることはあっても、まだまで夢は現実的ではない。はるか彼方にある。
「夢や目標は大きいほうがいい」「理想は高く持とう」と言われたことはないだろうか。実際、僕も何回かそのような言葉を言われた経験がある。中間管理職として居酒屋で「夢や目標は大きいほうがいい。小さいと成長も小さくなってしまうからね」とビールの力で薄気味悪いことを言った恥ずかしい経験もある。
だが、大きな夢や目標は、牽引力にもなるが、同時に、挫折の理由にもなりうる。生真面目な人だとなおさらだ。どれだけ頑張っても、あがいても、夢との距離が縮まらない…そんな現実を目の当たりにしながら、夢に向かって進むのは精神的にしんどいものだ。諦めてしまうのは楽だ。
スラダンの安西先生は「諦めたらそこで試合終了」という名言を残されたが、実のところ、試合終了で終わらせて、別の新しいゲームを仕切りなおして始めたほうがいい場合もある。
しかし、『BG』の主人公・宮本大は一味ちがう。勝ち負けで夢をとらえていない。勝ち負けのあるゲームという枠にとらわれていない。つまり夢を追うことをゲームにせず、ただひたすら夢に向かって走り続けるのが宮本大なのだ。自己完結している。だから周りから何を言われても関係ないし、止まらないのだ。

夢に押しつぶされない2つの理由

宮本大がなぜ、夢に押しつぶされずに諦めずに、目標をひたすら追っていけるのか。理由は二つある。ひとつは夢を具体化しすぎないということ。もうひとつは目標を適宜捨てていくことだ。
宮本大はサックスに魅せられてプレイヤーを目指していくが、コルトレーンやソニー・ロリンズ、キャノンボール・アダレイのような音を出したいという具体的なプレイヤーを目標にあげない。ただ、自分の気持ちのいい音を目指して突き進んでいるだけだ(そのように見える)。
これ、出来そうで出来ない。僕らは夢や大きな目標を設定すると、つい、それを具体的なイメージに落とし込んでしまう。具体的に実在の人をイメージする。
もちろん、具体的にイメージすることによってポジティブに作用するときもある。だが、イメージが具体的でありすぎると、うまくいかないときに具体的にダメを突き付けられるように思えて、心が折れてしまう。大きな夢や目標が具体的であればあるほど、挫折しやすくなることもある。
僕も若かりし頃は、松下幸之助さんのような偉人になりたいという夢を持っていた。松下幸之助関連の本は手に入るだけ読んで、自分のなかに確固たる松下幸之助像をつくりあげて、そこに向かっていこうとした。けれども、うだつのあがらない会社員生活のなかで、日々、松下幸之助との差が広がっていくうちに、己の才能の欠如と意志の弱さに絶望して、諦めてしまった。
もし、BGの宮本大のように大きな夢や最終的な目標を具体的なものに落としこまなければ、現実がうまくいかなくても、夢との距離を都合よく曖昧にできるので「まだいける」と前向きになれただろう。大きな夢や最終的な目的地を具体的にしすぎない、という方法論もあることを僕はBGから教えられた。

やるべきことを終えたら捨てる

もうひとつ。BGの主人公・宮本大は、物語が進むうえで目標を達成するとあっさりと捨てて次の場所へ向かう。たとえばバスケをあっさりと見切りをつけてサックスを始める物語冒頭。音楽を学ぶ環境にあった仙台から、あっさりと東京へ出てきてしまう中盤。
そして物語の最後は伝説的なライブハウスでのライブをトラブルに負けずに成し遂げたあとで、サクっとバンドを解散させる。それから最後は日本を出ていく。
続編のヨーロッパを舞台にした『SUPREME』でも変わらない。大きな夢にむかって突き進みながら、目の前にある目標達成とともに次に向かって捨てていく。
大きな夢や最終的な目的地とは別に、今、出来ること、やれることを把握してひとつひとつクリアしていくのだ。クリアしたら、新たに出来ること、やるべきことを自分で見つけて、必要であれば移動をいとわない。それまでの人間関係も捨てるように離していく。躊躇なく。そうやって新たな自分にタスクを課して、自分自身を変えていくのだ。
主人公、宮本大の大きな夢に向かいながらも、まずは確実に目の前にあるものに集中する姿勢が、「日常のなかにやるべきはある。それが大きな夢に繋がっていく」と読者の共感を呼ぶのだ。たとえば「普段の仕事のなかで、やるべきことを見出すことはできるのではないか」あるいは「それを見つけようとしていないのではないか」というふうに…。

今、生きている日常が大きなものにつながっているという希望

川辺でのサックスの自主練習。ライブハウスに向けてのセッション。そういう普段の日常が大きな夢に繋がっていく。それは漫画の世界ではなく、現実を生きる僕らの人生も同じである。
夢や目標は今の仕事や生活と切り離された、別世界のものではなく、地続きで繋がっているものなのだ。いってみれば、普段の目標設定が明確で、次のステップが見えていれば、おのずと望んでいた場所に行けるのだ。
だから今いる場所でやるべきことをやり終えて、次に行く場所を見つけたら、宮本大のように躊躇なく、今を切り捨てて次の場所に行ってトライしてみよう。
今、やるべきことを決めて、やりきること。そして、今の仲間に対して不義理をしないことだろう。宮本大は、自分の夢に忠実なキャラクターで、場所と人間関係を捨てるように変えていくけれども、不義理なことはいっさいしない。
不義理さえせずに付き合うべき人間との付き合いをしっかりとやっておけば、BGの物語でときどき起こる「前に出ていたあのキャラクター」が再登場して助けになってくれる、という激熱な展開が、僕らの人生でも起きる…かもしれない(あえて断言はしない)。
毎日の仕事や日常でやるべきものを見つけて、それを達成したら躊躇なく捨てて次の場所へ向かうという話だが、もちろん強制はしない。気が向いたら場所を変えてもいいし、今やっていることを投げ出したってかまわないのだ。人生は人それぞれだ。自分で選択すればいい。ただどんな選択肢であれ、不義理なことはしないこと。それだけは共通している。
BGは続編『SUPREME』がすでに完結して続々編『EXPLORER』が始まっている。今度はアメリカが舞台である。僕はまだ読んでいないけれども宮本大はアメリカでも大きな夢をあいまいに追いかけながら、毎日のタスクを見つけて戦っているにちがいない。
大きな夢や最終的な場所を目指すこと、理想を持つことは大事だけれども、それを過度に具体化しないこと。日常、生活や仕事のなかにやるべきことを見定めて、それをクリアしたら次のステージに躊躇なく向かっていく勇気を持つこと、それらのエネルギーになりうる初期衝動/パッションを持ち続けることの大切さを教えてくれる作品が『BG』である。
夢は大きく、タスクはシビアにというメッセージは仕事をしている人間すべてに共通のメッセージだと感じた。目標を前に心が折れそうな人や、今の仕事に不満を抱えている人は読んでみるといいと思う。
僕はアラフィフの中間管理職で、実際問題、家族の承諾なしに新たなステージにジャンプすることはできない。そのかわりに、次のステージに向かって羽ばたいていく自分よりも若い世代を、若さと可能性へ嫉妬することなく見送れるようになった。
それは『BLUE GIANT』の熱い主人公・宮本大との出会いがあったからだと思っている。
執筆

フミコ・フミオ
大学卒業後、営業職として働き続けるサラリーマン。食品会社の営業部長サンという表の顔とは別に、20世紀末よりネット上に「日記」を公開して以来約20年間ウェブに文章を吐き続けている裏の顔を持つ。現在は、はてなブログEverything you’ve ever Dreamedを主戦場に行き恥をさらす。

編集

川崎 博則
1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

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