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糀谷『ブーランジェリーミモレット』。独自の工夫をこらしたパンのおいしさと、店存続の危機を乗り越えた夫婦の絆

さんたつ

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大田区の糀谷にある『ブーランジェリーミモレット』は、2010年の開業から15年になるこぢんまりとしたお店。さまざまなアイデアが光るパンで人気だが、ここに来るまでは、実にいろいろなことがあった。

ほかにはないミルクフランスのおいしさ

糀谷駅からちょっと離れたところにある日の出銀座という商店街。大勢の人で賑わう駅前の糀谷商店街に比べると、ちょっと寂しいこの通りに『ブーランジェリーミモレット』はある。

こじんまりとした店だが、中に入ると菓子パンからハード系まで、さまざまな種類のアイテムが揃っている。その中でも人気なのがミルクフランスだ。パンはクラストがバリバリで香ばしい、正統派のフランスパン。自家製のミルククリームは発酵バター、練乳、はちみつで作られていて、華やかな香りと濃い甘みがある。香り高くしっかりした味わいのフランスパンとの相性は抜群で、官能的なおいしさがそこにある。

満足度の高いミルクフランス280円。

2010年の開店からしばらく経ったとき、なにか看板商品をと作り出されたのが、このミルクフランスだった。ソフトフランスを使った口当たりの良いミルクフランスが多い中、ハードに焼いたパン、それに負けないクリームと、あえて妥協しないものに仕上げたところ、これが当たった。以来、店の人気ナンバーワン商品になっている。

この『ミモレット』を営んでいるのは、片山明彦さん・佐知子さん夫妻。2人が出会ったのは、パンの専門学校時代で、明彦さんは高校を卒業したばかり、佐知子さんは大学に通いながらパン作りを学んでいた。

片山明彦さんと佐知子さん。

そして、専門学校を卒業した2人はそれぞれがベーカリーで働きながら知識、経験を積み、やがて結婚。2010年に2人で『ミモレット』を始めた。店名の由来は、オレンジ色をしたフランスのミモレットチーズから。オレンジを店のイメージカラーに決めていたということと、時間を経て熟成し旨味を増すミモレットチーズにならい、長く愛される店にしたいという思いから決めた。

揚げパンで大ブレイク

長く愛される……言うのは簡単だが、実際に成し遂げるのは容易なことではない。『ミモレット』にもさまざまな苦労があった。店を始めたときこそ、新しい店ということで多くの客が来たが、開店した2010年の夏は記録的な猛暑で、しばらくすると売り上げは激減してしまう。

しかし、翌年の東日本大震災後に物流が滞り、スーパーマーケットなどからパンがなくなってしまったことで持ち直すことになる。『ミモレット』ではアイテムを減らしながらもパンを焼けていたため、それまで来たことのなかった客がパンを買いに訪れ、広く認知されるようになったという。そしてその後のミルクフランスのヒットで、さらに広く支持されるようになったのだ。

こぢんまりとした店内に多種多様なパンが並ぶ。

『ミモレット』はさらに躍進を続ける。もうひとつの看板商品、揚げパンのブレイクだ。大田区が地元発祥の揚げパンを盛り上げるため、新しい「おおたの逸品」(区が推す地元の名産品)を作ろうという動きがあり、これに『ミモレット』も参加した。しかし、普通の揚げパンを作っても面白くない。片山さんは生地にバターを使うなどして、持つと指が食い込むぐらいフワフワな揚げパンに仕上げた。これがヒットしたのだ。

きなこの揚げパン200円。慎重に食べないとつぶれちゃうほどフワフワ。

今までにないほどのフワフワ感、注文後に揚げるため、できたての提供、それを店の前にあるベンチで食べられるというキャッチーさ。地元客にも人気だったが、それ以上に飛びついたのがテレビ番組だった。大田区らしい下町感のある揚げパン、そしてそれが画期的で素晴らしくおいしいとなれば、グルメ番組が放っておくわけがない。取材が何本も何本も続き、その影響で目のまわるような忙しさになった。

店の前にあるベンチでパンが食べられる。

『ミモレット』を襲ったアクシデント

しかしその矢先、アクシデントが襲う。2015年の8月、明彦さんが脳出血を発症して倒れてしまったのだ。店では開店当時から佐知子さんが接客とサンドイッチなどの制作、明彦さんがパン作りと分担していて、佐知子さんは長らくパン作りから離れていた。しかも明彦さんはレシピをメモに残していなかったため、このままではパンを焼くことができない。店は存続の危機に陥った。

今でこそさまざまなパンが並んでいるが、明彦さんが倒れた直後は数も激減。
迷うほどの種類の多さ。

しかし、そこで立ち上がったのが佐知子さんだった。長いことやっていなかったが、パンを作る技術、知識はある。従業員、卸業者などに背中を押され、店を再開することを決意。当時はコロナ禍だったため、入院中の明彦さんにはなかなか面会できなかったが、少ない機会にレシピを聞き出し、パンを焼き始めたのだ。当時について明彦さんは「久しぶりに会えたと思ったら、いきなり『食パンのレシピ教えて』ですよ。今、それ言う? って思いましたよ」と、笑いながら振り返った。

食パンもノーマルのものだけではなく山型、全粒粉などバリエーションは広い。

佐知子さんは明彦さんから聞いたレシピでパンを焼き、約2カ月後の10月、少ない従業員とともに『ミモレット』を再開させた。「待ってくれているお客さんがいる」という思いもあった。しかし、それ以上に「夫が帰ってきたときに居場所をちゃんと用意しておきたかった。それには店をちゃんとやっておいておかないと」と考えていたから、電撃復帰に踏み切ったのだ。夫婦の絆があり、今、ここに『ミモレット』はあるのだ。

甘いものも充実しているのがうれしい。

再開当時は手がまわらないこともあり、以前よりアイテムの数は少なかった。しかし、余裕ができてきたこともあり、その数も戻りつつあるという。パン作りは今も佐知子さんが担当しているが、明彦さんも懸命にリハビリを続けたおかげで大幅に回復し、手伝えることが増えてきた。最近では、佐知子さんアイデアの新作パン、アーモンドクリームデニッシュの評判が、けっこういいらしい。熟成して旨味を増すミモレットチーズのように、『ミモレット』はこれからが楽しみなのである。

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。

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