子どもの主体性は「思わず出ちゃう」もの 「育む」ものでも「引き出す」ものでもない〔ある公立小学校教員の驚きの実践〕
主体性を重視している公立小学校の大窪昌哉先生は、子どもが失敗しそうになったときどう振る舞うのでしょうか。子どもの主体性を妨げない、邪魔しないための接し方や考え方を、現役教員にうかがいます。
4男4女10人家族のパパ・小児科医ゆび先生「朝ごはんも学校準備も子どもにやらせる」失敗から自立させる子育て勉強も習い事も、主体的に楽しく取り組んでほしい。そう思いながらも、なにかと心配で口を出してしまう保護者も多いことでしょう。主体性を大切にした授業を行う現役公立小学校教員・大窪昌哉先生は「子どもが自己選択・自己決定を繰り返して試行錯誤する」ことが大切で、そうした機会なく、子どもが主体的になるのは難しいと話します。
しかし、目の前の子どもが無気力に見えたときやダラダラしているときなどは、どうしてもひとこと言いたくなってしまいます。こんなとき、大窪先生はどうしているのでしょうか。
子どもたちが積極的かつ楽しそうに学習する授業風景を紹介した第1回に続き、第2回では、先生が子どもと接する上で意識していること、考え方などをインタビュー形式でうかがい、保護者が家庭で子どもの主体性を大切にするためのヒントを探ります。
【大窪昌哉(おおくぼまさや) プロフィール】
大学卒業後、一般企業の経理部に7年間勤務し、小学校の先生になるため30歳で退職。通信大学で小学校の教員免許を取得して、逗子市内の小学校にて教員人生をスタート。2024年度から葉山町立上山口小学校に勤務。
自己決定は「失敗」の連続!?
──授業の様子を取材して、子どもたちが積極的に学習している姿に驚きました。自分で選ぶ・決める機会があれば、子どもはどんどん主体的になるんだと実感しました。
大窪先生:子どもたちの成長はすさまじいですよね。新しいことへの感度も良いですし、吸収力も高い。すごく柔軟だと常々感じています。
ただ、授業は試行錯誤ですし、いつも順調に進んでいるかというと、そんなことはありません。自分で学べる、選択できる機会を用意したからといって、すぐにうまくいくわけではないんです。失敗は日常茶飯事ですね。
たとえば自由進度学習の場合、子ども自身は余裕があると考え、のんびり進めているとします。だけど、最後になって「やばい、全然終わらない……」と焦る。そんなこともよくあります(笑)。
【自由進度学習とは】
子どもが自分のペースで学びを進めていく学習方法。一斉授業とは異なり、子どもたち自身が学習計画を立て、教材も自分で選んで進めていく。具体的な方法は実施者による。
でも、そういう経験を子どもはちゃんと受け止めているんです。「時間が余ると思っていたけどギリギリだったので、次はもっとしっかり計画を立ててやりたい」と振り返りシートに書いていることも多い。
自分で取り組んでみて、失敗したからこそ気づくことができるわけです。最初から教員に指摘されたら、「実感」までは至らないと思います。失敗やうまくいかない経験から学ぶことは大きいですから、学校ではたくさん失敗してくれていいと思っています。
自由進度学習の様子。子どもたちは友だちの力を借りながら、「自分で学ぶ」経験をします。 写真:川崎ちづる
「コントロール欲」を自覚する
──子どもが自分で気づくことが大切、という考え方は理解しているつもりですが、まったくやる気がないように見えると、我慢できずについつい声をかけてしまう保護者も多いと思います。
大窪先生:すごくよくわかります。僕自身も同じですよ。子どもへの注意や指摘をぐっとこらえる瞬間は、たくさんあります。
作家の時間や自由進度学習などで、20分間ずっと友だちと話しているだけ……に見える子がいれば、その子の近くに寄って「今はなにする時間だっけ?」などと言いたくなってしまいます。
ただ、実際にそこで上から「やりなさい」的な圧をかけたとして、その場での行動は変わるかもしれないけれど、自分で気づいて取り組んだときのような意味は持たないのです。
自席を離れて互いに学び合う子どもたち。 写真:川崎ちづる
そもそも、学校に来てから帰るまでずっと集中しているなんて、無理な話です。子どもだって、ちょっと気を抜きたいときもある。そのあたりも踏まえて、自分のペースをつかむためにいろいろ試してほしいとも思っているんです。
だから、様子を見に行ったりちょっとした声がけをしたりはしますが、上から強制しないようには気をつけています。なかなか塩梅が難しいですが(笑)。
──先生も言いたい気持ちになるのですね。そんなときは、どうやって言葉を飲み込んでいるのですか?
大窪先生:子どもを指導・管理しようという発想が思い浮かんだとき、いつも意識しているフレーズがあります。それは、「自分のコントロール欲を満たしたいだけではないか?」というものです。
人には、集団を思いどおりにしたい「コントロール欲」が必ずあると思っています。まずはそれに、自覚的になることが必要です。
──それは保護者にもおおいに当てはまりそうです。心配しているようで、子どもを思いどおりコントロールしたいという気持ちを持っているときもありますね。
大窪先生:保護者も教員も、そこは同じだと思います。
子どもに「○○しなさい」と言うとき、それは「私の願い」「私のため」であって、単に自分の気持ちを押しつけているだけ、ということはよくあります。
「コントロール欲」自体を完全になくしてしまうことはできませんが、まずはそれを自覚すること。そして、気づいたときは立ち止まり、できるだけ手放すように心がけています。
主体性は「思わず出ちゃう」もの
──子どもが主体性を発揮するようになるには、やはり周りの接し方が大きいように思います。
大窪先生:ただ、「主体性」の扱いには、注意が必要です。子どもの主体性を大人にとって都合よくとらえ、自分たちが望んだとおり振る舞うように「育てる」のなら、それは本当の主体性ではありません。
実は、「主体性を育む」という言葉に、僕はずっと違和感を抱いてきました。そもそも主体性って育てられるものなのかな、と。だから、あるときまでは、「主体性を引き出す」という表現を使っていました。でも、僕の尊敬する市川力さんが「子どもの主体性を引き出すなんておこがましい!」と話すのを聞いて、ドキッとしました(笑)。確かに「主体性を引き出す」って、なんだか上から目線ですよね。
市川力(いちかわちから)氏
長年小学生を対象に探究力を育む学びを研究・実践。現在は全国各地の小・中・高校に赴き探究学習を支援。一般社団法人みつかる+わかる代表理事/慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
主体性は、能動・受動では考えられないものです。「今から主体性を発揮してね」と言われても、出せるものじゃない。「楽しい」「惚れる」なども同様ですが、自分の意志では制御できない、気づいたらその状態になって「思わず出ちゃう」ものだと思うんです。
子どもが「もっと知りたい」「学ぶって楽しい」と感じたら、自然と主体性が出ている状態になる。それが本来の姿ではないでしょうか。
──育てるでも引き出すでもなく、「主体性が出ちゃう」機会を創ることが大切、ということでしょうか。
大窪先生:そうですね。そしてそのためには、目の前の子どもと向き合うことが不可欠です。
常に子どもの様子を見て、どんなふうに学びたいのかな、どんなことを一緒に学んだら楽しくなるだろう、と考えながら授業をすることが一番大切だと思っています。それはつまり、子どもたちと一緒に学びを創ることです。
プロジェクト学習に取り組む子どもたち。 写真:川崎ちづる
子どもたちに合わせて授業を創っていたら、こちらの想像どおり進むことはまずありません。もちろん教員は、学習のねらいや「こんな姿を」というイメージはある程度持っておきますが、実際は子どもと一緒に迷子になることもよくあります。
でも、そういうプロセスを大事にしたい。子どもと一緒に右往左往しながら、それこそ失敗しながら模索する。僕はこれまでの授業で、「うまくいったぜ」という感覚を持ったことは一度もありません。教員自身が試行錯誤することが重要だと思っています。
保護者もワクワクを探してみる
──「試行錯誤しながら進む」は、親子関係にとっても大切かもしれません。保護者は「子どもを良い方向に導かなくては」という思いが強いあまり、考えや行動を制限してしまいます。
大窪先生:「導こう」だとやはり難しくて、保護者も子どもと一緒に楽しむくらいでいいと思うんですよね。僕自身は、子どもと一緒に創る授業のことを考えていると、「どんな姿を見せてくれるんだろう」とすごくワクワクするんです。
自分のテンションが上がらないものを無理して取り組んだところで、なかなかうまくいきませんから、まずは親も自分の好きなことをする。好きなことなんてない……という方は、それを探す時間にする。
そうすれば、少なくとも子どもの行動にあれこれ口を出して、「主体性が出ちゃう」のを邪魔することはなくなるんじゃないでしょうか。
──学校の子たちも「おおくぼっちはハイテンションで学校が楽しい」と言っていました。先生自身がワクワクしていることも、子どもが「楽しそう! やりたい」という気持ちになる理由の一つかもしれません。
第3回では、子どもの主体性を考える上で意見が分かれる「宿題」についてうかがいます。
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写真:竹花康
【大窪昌哉(おおくぼまさや) プロフィール】
大学卒業後、一般企業の経理部に7年間勤務し、小学校の先生になるため30歳で退職。通信大学で小学校の教員免許を取得して、逗子市内の小学校にて教員人生をスタート。2024年度から葉山町立上山口小学校に勤務。子どもたちと学びを楽しみ、みんながいきいきとした素敵な時間や場を共創するために、さまざまな学びの場へ参加している。
取材・文 川崎ちづる