「かわいい」とホメるのはNG? あなたがやっている「ルッキズム」と対処法
子どもの「かわいい?」「かっこいい?」という問いかけ。親として何気なく「かわいいよ!」と答えていませんか? 実は日常的な声かけが、知らず知らずのうちにルッキズム(外見至上主義)を植え付けているかもしれません。「ルッキズム」とは、Look(外見)とism(主義)を合わせた造語で、外見や容姿を重んじ、それにより人を判断したり差別したりする言動のことです。
もともとルッキズムは1970年代にアメリカで始まった肥満差別への抗議運動のなかで生まれたもの。しかし、日本でルッキズムという言葉を耳にするようになったのは2020年以降で、子育て世代の親には馴染みがありませんよね。
小児発達学と臨床心理学の専門家である南谷則子先生によると、親の言葉選びが子どもの自己肯定感に大きく影響すると言います。
この記事では南谷先生の知見に基づき、親子で実践できるコミュニケーションの秘訣をひも解きます。
▶令和の思春期「子どもの恋愛事情を把握している?」〈アンケート結果〉「かわいい」「かっこいい」って褒めてもいい?
子どもを褒めるときについつい、「かわいいね!」「かっこいい!」と言ってしまいますよね。他の子と比べているつもりはないけど、つい「一番かっこよかったよ!」と声をかけてしまうことも。
「かわいい」「かっこいい」をどこまで使っていいのか、褒めたいときはどう伝えるべきなのでしょうか。
Episode1:子どもに自己肯定感を高めてほしくて、お出かけ前にヘアセットをして「かわいいね!」、お気に入りの洋服を着て「かわいい!」と、朝から晩まで「かわいい」と褒めてしまう。
Episode2:娘はプリンセスが大好き。ドレスを着て、「かわいい?」と何度も聞いてきます。私もつい、「世界一かわいいよ」と答えています。
Answer「せめて親だけは別の褒め方をしよう!」
南谷則子先生(以下、南谷先生):褒め言葉として、「かわいい」や「かっこいい」を連発するのは、実は好ましくありません。子どもからすると「かわいくない自分」「かっこよくない自分」は、たとえ「親であっても受け入れてもらえない」という誤った考え方を強めることになりかねないからです。
子どものテンションを上げるために「今日もかわいいね!」などの褒め言葉を濫用するのでは、自己肯定感を育むといった側面においても逆効果。
ファッションに関しても「かわいい」という単一的な表現ではなく「似合っているよ」や「色合わせがいいね」「着心地がよさそうだね」など、さまざまな視点から言葉を使って子どもを褒めてあげるように心がけましょう。
一方で、子ども、特に女の子が「かわいい」と言ってほしい気持ちはよく分かります。アイドルやプリンセスに憧れる気持ちも、心の発達段階ではおかしなことではありません。「かわいい?」と聞かれて、「かわいいよ」と答えるのは、親子の会話の自然な流れでもあります。
「かわいい」だけに留まらず、「世界一大事に思っているよ」「誰よりも好きだよ」という言葉で、世界で唯一無為のありのままのあなたこそが大事、かけがえのない存在であることを伝えていけるといいですね。
「背の高い人」「太めの人」他人の外見的特徴を話すのはダメ?
他人について話すとき、つい外見に絡めて説明してしまうことも。身体的特徴を絡めた説明は、どこまで許容範囲なのでしょうか。
子どもが悪意なく「太ったおばさん」などと他の人の外見を話したときの親の対応の仕方は?
Episode1:「あの背の高いお兄ちゃんの後ろに並ぼう」「メガネをかけたおばさんに聞いてみよう」など、子どもに人を説明するとき、外見的特徴を手がかりにすることは問題ないのでしょうか? それとも、評価につながる表現との間には線引きがあるのでしょうか?
Answer「親子で言語表現を推し拡げるチャンス!」
南谷先生:「あらゆる差別的な考えをなくしていこう」という概念の「ポリティカルコレクトネス」という言葉があります。差別の是正や多様性の尊重を強力に推し進めた一方で、「普通に話しているのに差別主義者と捉えられる」「建て前ばかりが強調される」とされ、アメリカなどでは社会の対立や反発を招き、問題になっています。
子どもとの会話の中で、他人の身体的特徴や外見について話題になることはあるでしょう。しかし、大人の考える判断基準において即座に「正しさ」だけを押し付けられるのは、息苦しいもの。
子どもの言い方が、外見的な「評価」につながる表現かどうかについては、子どもが口にしたときのニュアンスが気になったときに、「その言い方はどう?」と考えを聞くのはどうでしょうか。
その場合でも、親として教え諭すのではなく、個人としての子どもの考えや意見を聞く機会とするほうがよいと思われます。悪意のない言語表現を、事細かに指摘することは止めましょう。
ただ、気になる表現が出てくるときは、親子の間でも「どこまでが許容範囲で、どこからが許されないのか」というコミュニケーションを取る良い機会。伝え方の言語表現を広げていくチャンスでもありますよ。
『つまり、それがルッキズム』より一部抜粋。
『つまり、それがルッキズム』より一部抜粋。
『つまり、それがルッキズム』より一部抜粋。
SNS時代「子どもが自分の写真の加工」をしてもいい?
Episode1:写真写りを気にする子ども。スマホのアプリを駆使して撮った顔は、子どもの本来の良さが消えてしまっているように思います。ついつい「そのままがかわいいのに」「加工なんてしちゃダメよ」と言ってしまいますが、古い考えなのでしょうか?
Answer:「視覚情報への依存度が高まっている現代っ子には仕方なし!」
南谷先生:私がスクールカウンセラーとして勤務を始めてから20年以上経ちますが、最近の子どもたちについて感じることがあります。小学校1年生が描いた消防車のスケッチが、細かいところまで目配りされ、正確な奥行き感があり、単一のいわゆる真っ赤ではない複雑な色遣いで表されていて、とても完成度が高いのです。
実証研究としてはまだ十分ではないのですが、これは、現代の子どもたちが視覚情報を取り入れて脳にインプットし、記憶として保持・再現する認知特性としての「視覚優位性」が高まってきている可能性が指摘されています。
その背景には、現代のSNS時代、目から入る情報が理解しやすい特性に依ってきているという事実があるでしょう。デジタルメディアの普及によって、過剰に視覚情報が刺激されているのです。
では、子どもたちが「パッと目で見てかわいい(と思う)顔に近づきたい」という思いや、その時代の感性・流行に大人としてどこまで口を出してよいのか。親への相談なしに美容整形をしてきたわけではないのですから、咎める必要はないと思っています。
「写真の加工なんてしちゃだめよ」と否定して、感受性の強い思春期や前思春期の子どもの不安や楽しみを頭ごなしに打ち消すのではなく、「私はそのままでもいいと思うけど」「そっちのほうが好きかもしれない」と、親の思いや正直な感想を静かに伝えてみてはいかがでしょう。そのほうが、子どもの心に響くかもしれません。
『つまり、それがルッキズム』より。一部抜粋。
『つまり、それがルッキズム』より。一部抜粋。
「また太っちゃった」って、親が子どもの前で言うのはダメ?
「外見なんか関係ない、大事なのは中身よ」なんて綺麗事を言いながら、自分自身がダイエットをしたり、化粧をしたり。「ママだって化粧するじゃない!」なんて言い返されたらどう返したらいいのでしょう。
そもそも、自分自身も自分の外見を気にしてしまいます。
Episode1:「最悪、また太っちゃった」「シミが増えたな」「もう写真に写りたくない」そんな独り言を子どもの前でつい口にしてしまいます。子どもは親のこうした何気ない外見を気にする発言を、どう受け取っているのでしょうか?
Answer:「家庭ではありのままの自分でいられる」
南谷先生:世界の中での子どもの幸福度が高いことで有名なデンマークでは、母親が自分の子どもの前で気にせずに着替えますし、公園や海岸で年齢に関係なく水着を着て過ごす人が多いとされます。見た目の細さを競う意識は弱く、「他人からどう見られるかより、自分が健康で快適に日々を過ごすことが出来ているか」のほうが、大切にされていると言えます。
親が周囲からどう見られるかを過度に気にすることによって、子どもにも常に人から見られる自分、人から外見で評価判断されてしまう自分を意識づけてしまうような結果につながる可能性があります。
しかし、これは子どもとの日常的な関係性と言い方次第で、良い方向にも向かいます。子どもがありのままの自分でいいと受け入れられるようになるために、先ずは親が今の自分の姿を受け入れることが大切。「また太っちゃったけど、美味しいものが多いから仕方ない」「シミが増えちゃったけど、毎日楽しく歳を取れているから幸せだわ」など、ユーモアな表現をしてみては。
私が教壇に立つ大学で、学生に自分なりの「家族の定義」を尋ねたときに、「ありのままの自分を一番多く出せる場所」「自分を飾らなくてもよいと感じる安全なところ」「本音が言い合える関係」というような表現が見られました。
家族として、親として、構えず飾らずに、正直に本音や考えていることを言ってもいい。自分自身の外見を知っていく過程で、コンプレックスを感じるのも成長ですし、人間ですから当たり前の感情です。大切なのは、「その自分らしさをどう受け止めていくのか」。さらには、「完璧でない自分とどう折り合いをつけていくのか」というところにあると思います。
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ネット広告が氾濫し、SNS全盛の時代、子どもたちのみならず、すべての人がルッキズムの影響から免れることは難しいものです。
親としてできることは、「幼いころよりずっと『今のあなたが好きだよ』『ありのままのあなたでいいんだよ』と伝え続けること」と、南谷先生は言います。
家庭は、子どもが負の感情を安心して吐露できる場であることが大切。私たち保護者自身が、毎日子育てに家事に仕事に頑張っている自分を認めてあげること、ありのままの自分を受け入れること。それが、日常にあるルッキズムについて考える第一歩なのかもしれません。
取材・文/遠藤るりこ
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取材協力:南谷則子先生
臨床心理士・公認心理師・小児発達学博士。
一般社団法人「親と子供の心理支援ラボ」代表理事。複数の大学で授業も担当する。公立小中高等学校でスクールカウンセラーを務め、長年保護者の相談もあたってきた。また、大学病院の認知行動療法室でセラピストとしてメンタルヘルスの問題を抱えた個人に対する心理療法を実践。認知行動療法のスキルと学校臨床の経験を活かし、不登校の子どもを抱える保護者に対するストレス低減グループプログラムや思春期の「良質な親子関係構築のためのマインドフルネス子育て講座」を考案している。
「ルッキズム」が気になったら↓↓↓
『つまり、それがルッキズム ~23の事例と解説~』
著:前川 裕奈、ウィルソン 麻菜/講談社刊