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齋藤精一(プロデューサー)×指出一正(エリア横断キュレーター)〜『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』は地域の人と出会い、関わり合いをつくり、体験し、未来を創作する芸術祭

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齋藤精一(右)と指出一正

日本各地で行われている芸術祭の多くは、作品を鑑賞しながらその地を移動し、小さな旅をしていくことが基本フォーマットになっている場合が多い。その「移動」を、歩くことにこだわって、よりゆっくり、じっくり作品を鑑賞し、地域の人びとと触れ合い、風景を味わい、自分の内外を深く見つめてほしいと、2020年にスタートしたのが『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』。世界遺産をはじめ、日本の始まりを象徴する雄大な自然に恵まれた奈良県の吉野町、天川村、曽爾村のある奥大和地域を会場に、今年(2021年)も10月9日に幕を開けた。ユニークなのは、「エリア横断キュレーター」として雑誌『ソトコト』編集長の指出一正氏が今年度から起用されたこと。数々のアートプロジェクトやまちづくりなどを手がけてきたアーティスト兼プロデューサーの齋藤精一氏、そして指出氏にお話を伺った。

――2020年に初回が開催されたわけですが、齋藤さんは吉野、天川、曽爾という町村にどういう印象をお持ちになられたのでしょうか?

齋藤 それぞれ改めて圧倒されるような雄大な自然がふんだんに残っていて、歴史と、人の営みとの歯車がしっかり噛み合って、繁栄を続けてきた地域であるということが印象深かったですね。最初に抱いていた印象と、実際に歩いた後の印象がずいぶん違うんです。吉野町は日本随一の桜の名所ですが、実は古くから続く山岳信仰の地でもある。天川村は地元の方々が夏に避暑的に遊びにいく場所で、有名な温泉や旅館がありますが、ここには修験の山、大峯山があります。曽爾村はもともと観光を主軸にしていなかったこともあり、奈良県さんからコースに入れてほしいとオーダーがありました。調べてみると、鎧岳や屏風岩など大きな岩に囲われていて、縄文時代から繁栄し、奥大和の中でも早い段階から人が文明をつくってきた地でもあったんです。実はそうした背景までは地元の方でもあまりご存知ない。歩けば歩くほど、調べれば調べるほど奥大和、紀伊半島のあの地域にはSDGsで掲げられた持続可能な目標に関する解決方法が昔からあるのではないかと気づかされました。

――指出さん、キュレーターとしてお声がかかったときの印象と、ご自分でどういうことができるだろうと考えたのかを教えていただけますか。

指出 僕は昨年の『MIND TRAIL』の前日のシンポジウムにお声がけいただいて参加したんです。実際に吉野のトレイル(道)を歩いた感想とともに、関係人口とはどういうものか、奥大和に関係人口が増えることの大切さなどをお話させてもらいました。実は個人的にも奥大和には20代のころからよく遊びにきているんです。東北と対をなす、森と山の美しい場所で、かっこ良く、ゾクゾクする雰囲気があるので大好きです。『ソトコト』で仕事をする中で、5年前から、奥大和の天川村、下北山村、山添村などで若い方を対象に関係人口をつくる講座のお手伝いしています。その講座を通して、奥大和エリアには非常に魅力を感じているのと、そこに暮らす皆さんがこれからどうなっていきたいという思いに、そこはかとなく触れる機会がありました。齋藤さんからお声がけいただいたときは大変うれしかったですね。編集者としての僕を起用してくれたのであれば、編集的な視点をもって、地域に関わる人たち、アーティストの皆さん、ここを訪れる皆さんが『MIND TRAIL』をどう楽しんでくださるか、それを考えるのが横断型キュレーターとしての役目だと考えました。僕、今年から編集者以外にナレーターの仕事をやるようになったんです。「ター」のつく仕事に憧れているんですというお話をしたら、このキュレーターという仕事を依頼してくださったという顛末もあります。

吉野|西尾美也

吉野|力石 咲

吉野|三原総一郎

――編集者もエディターですから3つ目の「ター」ですね! 齋藤さんは指出さんにどういうことを期待されていらっしゃったんでしょうか?

齋藤 僕は『MIND TRAIL』の立ち上げのときから関係人口をつくっていくことを大きなコンセプトの一つに掲げていたので、指出さんには前回の前日イベントで「どうやって関係人口をつくっていくのか」「芸術祭って何なんだろう」みたいなことを話してほしいとお願いしました。僕自身、最近の芸術祭は何か失ってしまったものもある気がしていて。もちろんアートを楽しみに訪れる方々がターゲットではありますが、経済効果も含め、地元にどれだけのことを残せているのか……。奈良県さんからお話をいただいたとき、流行りの芸術祭の考え方を変えてみる、あるべき本来の姿を追求していくということを前提に、地元に何かしらを残していくために、作品をスタンプラリー的に鑑賞するのではなく、その間にある余白も含めてデザイン化しようと考えました。そのためによく芸術祭に参画されている方だけではなく、まったく違う考え方をもつ方々にお声がけしようと、指出さんにもダメもとでお願いしたんです。

――吉野エリアには西尾美也さん、天川エリアには菊池宏子さん、曽爾エリアには西岡潔さんというアーティストがキュレーターになっています。「エリア横断キュレーター」はどんな役割ですか。

齋藤 おっしゃるようにそれぞれのエリアはアート文脈の方にキュレーターをお願いしています。でも指出さんには3拠点、それ以外の奥大和19市町村に染み出すようなキュレーションをとお願いしました。そのためならアーティストを選んでいただいても、文章を書いていただいても、イベントを起こしていただいても、何でもいいと思っていました。指出さんのアイデアによって、関係人口には何が必要なのか、実相を見たかったんです。それを伝えたら「ター」の話が出てきたので、「キュレーターはターですよ」って(笑)。

――指出さんは実際に、どんなことに挑戦されたんですか?

指出 アートや地域を楽しみにやってくる皆さん、長期滞在をしているアーティストの皆さん、そして何よりもこの地域のことが好きで暮らしている地元の皆さんがしっかり出会える仕組みづくりですね。3つの村それぞれで3者が出会い、それをさらに撚り糸のようにクロスさせていく。天川の人たちと曽爾の人たち、曽爾の人たちと吉野の人たち、吉野の人たちと天川の人たちが、『MIND TRAIL』の中で一緒に何かをやっているという認識をもっていただけるといいなと。一言で言えばスナック、コミュニティースナックをつくりました。誰もが来やすい場所として、アイコンとして、人を拒まない、スナック的なものをそれぞれのエリアにつくりました。

――それは、またユニークなアイデアですね。

指出 ありがとうございます。スナックには道標、とまり木が必要ですから、まずはやはり雰囲気のいい、誰もが来たくなるような看板が欲しかった。これは前回も吉野町に出展されていたアーティストの中﨑透さんにお願いしました。吉野は「よしの」、天川は「ミルキー」、曽爾は「ソニー」と名づけました。スナックなら気軽に行けそうだ、アートっぽいスナックだなとか、なんか楽しそうだななどなど、それぞれのレイヤーを跨げるような時間・空間を共有できるものになればと思っています。エリアを横断するための拠点ですね。『MIND TRAIL』がきっかけで関係人口となる人たちが地元の人に出会い、その結果、自分で見つけた町や村だ、仲間だと思ってもらえるとうれしいです。そういう偶発的な出会いを必然的につくれる仕組みがコミュニティスナックであり、同時に関係人口のトークセッションを「CONNECTED MIND」という名前で実施する会場にもなります。町や村の皆さんとアーティスト皆さん、場合によっては僕がハブになってくれるだろうという方々をお呼びして、奥大和はどういう場所だろう、地域に関わる人が増えたらどうなっていくんだろう、それからSDGsの先にあるみんながよく生きられる土地、ウェルビーイングできる土地はどのようにつくられていくのだろう、みたいなことを会期の前期・中期・後期というタームで取り上げていきます。

photo : Mao Yamamoto special thanks : SAAI

――スナックっていうことは本当にお酒を飲めたりもするんですか?

指出 そうなんですよ。奈良県さんとどういう建て付けならばお酒や飲み物を提供できるか、丁寧に仕組みをつくりました。『MIND TRAIL』はとにかく歩くんです。歩きながらアートを見ていくうちに、アートと自然と人との垣根がなくなって、「これもアートなんじゃないか」と思ったり、自分を見つめ直す時間になると思うんです。そして歩き終えると必ず身体が乾いてるはずなので『MIND DRINK』という名前の飲み物を味わっていただき、歩いた時間を振り返ったり、自分を取り戻したり、自分をさらに豊かにする何かひらめきが生まれるような時間にしていただければと思います。Tabelの新田理恵さん、Verseauの村田美沙さんにレシピをつくっていただき、吉野、天川、曽爾それぞれの文脈に合ったブレンドによるアルコール、ノンアルコールをご提供します。

――関係人口ができたその先の『MIND TRAIL』だったり、地域に残せるものが目標になると思いますが、指出さんはどうお考えになっていらっしゃるんですか?

指出 僕は下北山村などで講座を行わせてもらっています。それは東京を中心に首都圏から毎年10数人の若い皆さんが訪れては、村長をはじめ地域のいろいろな方とお会いして、話をするという取り組みです。これを継続してきた結果、地域との関わりは誰かが押し付けるものではなく、自発的になされていくものだとわかったんです。そのきっかけをいかにつくるかが重要で、『MIND TRAIL』の後に、地域の人たちが何を感じているか、どう暮らしているのかなど日常の中から窺い知れるような時間軸、コミュニティー軸みたいなものを齋藤さん、キュレーター、アーティストやクリエイターの皆さんとでつくって、一緒に歩むみたいなことを始めていかれればいいですね。

――たとえばそれはどんなことですか?

指出 下北山村では、講座を卒業した方が空き家に住んだり、起業したり、地域側も若者たちが現れたことを意識してゲストハウスを何棟も建ててくれたり、双方の関係性が強くなったんです。それは下北山村の人たちと関係人口として下北山村を知った人たちがお互いの程よい関わりを積み重ねたことによる自然な作用であり、そのことに気がついていることが僕は強みだと思っています。ですから『MIND TRAIL』を介してアートが好きな人が林業に興味を持つとか、水運や船運、あるいは街づくりや地域づくりに興味を持つ人たちが現れていくことは当然起こりうる、それはかなり確信に近いところで感じています。地域に関わりたい人たちが非常に大勢いるのに、地域と出会えていないことが実は日本の課題なんです。

齋藤 まさに指出さんが言語化してくださった通りです。冒頭にも申し上げたように吉野は桜だ、葛だと一面しか知らない傾向があるんですけど、林業や修験道などまったく違う文脈がある。その場所を知れば知るほど自分がのめり込んでいきたいもの、自分というパズルにハマる何かがたくさんあるのに、そこが紡がれていないだけだと思うんです。パズルを探して旅をしている人たちが比較的多くて、移住したり、生活の一部に地域を取り入れていくみたいなことも多くなっています。『MIND TRAIL』という一つの祭りを通して、地元の人たちにも、興味を持って訪れてくれる人たちにも、お互い少しずつ手を伸ばしてもらって、会話を始めるきっかけとしていただければと思っています。それが芸術祭という形になったということです。そして同時に考えているのは、ずっとこのままプロデューサーとして僕が芸術祭をつくり続けるというよりは、少しずつフェードアウトしたいと思っていて、できるだけ地元の人たちに引き継いでいきたいんです。その理由は自発的につくられたものとやらされているものではクオリティも文脈の含み方も全然違うので。僕も『MIND TRAIL』がある限り、もしくは奥大和がある限り、もちろんずっと関係を続けていきます。

天川|上野千蔵

天川|山田 悠

天川|菅野麻依子

――お医者さんの稲葉俊郎さんやジャーナリストの津田大介さんが芸術祭のディレクター的な役割を務めるなど、芸術祭のありようも変わってきていますよね。

齋藤 そうですね。芸術とはいわゆるアートだけではないですし、芸術祭のスタート地点というのがいろいろ見えてきたんじゃないでしょうか。指出さんがおっしゃったウェルビーイングをテーマにするだけでも芸術祭ができると思うんです。いろんな方々が違う価値を、土地や表現に求めていくのは、あるべき姿だと思いますし、逆に言うとアートの文脈はだいたいわかってきたということもあるのかもしれませんね。素晴らしい芸術祭はたくさんありますが、良くも悪くも地元の方とミクロなつながりができるプログラムは多分できてはいないと思うんです。その部分をつくろうとしているのが『MIND TRAIL』かもしれませんね。

指出 僕は地域づくりの観点からお話をすると、イベントをやるのはいいんですけど、迎え入れる側が疲弊して終わることも少なくないんです。受け入れる側が疲れることのない良い仕組みの例として、佐賀市富士町苣木(ちやのき)地区で行われているマウンテンバイクの競技大会「ちやのきエンデューロ」があります。地区の先輩世代とマウンテンバイカーが一緒に実行委員会を立ち上げて、山間部にマウンテンバイクコースづくりを行い、大会を開催しているんです。僕はこれを「関わり代」と呼んでいるんですけど、芸術祭にも関わり代がもっとあっていいと思っています。齋藤さんが『MIND TRAIL』の仕組みをつくってくださったので、クリエイターやアーティスト、町村の人たちだけではなく、訪れてくださる方々も何かつくれるよう仕組みになっていくといいなと。スナックのマスターやママも任せられるような人が現れたらぜひお願いしたいです。『MIND TRAIL』は昨年の経験値もあり、訪れた人がただ歩いて終わりではなくて、歩きながらどこかに関わっていくきっかけをつくりやすい状態だと思います。アーティストと一緒に作品をつくる、地元のお母さんと一緒に裁縫する、みんなで食べるご飯を手伝ってつくる、そんなところからいい関係性が生まれるかもしれないと思っています。

曽爾|長岡綾子

齋藤 この芸術祭は観光を元気にするという入り口から始まりましたが、奥大和と一過性ではなく、できるだけ長いことちょうど良い関係をもってほしいという発想から来ているんです。『MIND TRAIL』はいろんな楽しみ方があって、もちろん作品を見に来るという入り口から、おいしいものを見つけるなり、その周辺で何か見てみたいものを探すなり、山岳信仰って何だろうと調べてみることも、林業などの体験をすることもできます。いろんなところに意識を集中していただくと『MIND TRAIL』をやった価値があるのかな、そういう関わり方をしにお越しいただけたらと思います。アーティストさんにもブリーフィングのときに、作品を見せるというよりも作品をレンズにしてくださいと伝えているんです。作品を通して何を伝えたいのか、自然の儚さなのか怖さなのかを見ていただくきっかけとして作品をつくってほしいと。そして最終的に指出さんがおっしゃったように、そこに生えているキノコやコケも実は作品に見えてくるというマジックがありますけど、ぜひその体験を皆さんに楽しんでいただきたいです。これだけ雄大な自然が広がっているので、その中を歩きながら作品を見てもらう。5時間、人によっては8時間かかるかもしれないけど、やっぱり身体体験をしないと、なかなか中に意識が向かっていかない。少しずつ身体に刺激を与えながら歩くことを通して、その上で自然なり作品なり文脈なり営みなりを見てもらえればと思います。そこが『MIND TRAIL』の特徴です。足が弱いという方は1時間だけ歩いてみる、ゆっくり歩いてみる、自分で調べながら、これだけは見に行こうと、皆さん自身でプランを練っていただけたらうれしいです。

取材・文:いまいこういち

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