第13回【私を映画に連れてって!】 岩井俊二、行定勲、堤幸彦、篠原哲雄、北村龍平、望月六郎、飯田譲治の7人の監督の短編映画集『Jam Films』でショートフィルム革命!
1981年にフジテレビジョンに入社後、編成局映画部に配属され「ゴールデン洋画劇場」を担当することになった河井真也さん。そこから河井さんの映画人生が始まった。
『南極物語』での製作デスクを皮切りに、『私をスキーに連れてって』『Love Letter』『スワロウテイル』『リング』『らせん』『愛のむきだし』など多くの作品にプロデューサーとして携わり、劇場「シネスイッチ」を立ち上げ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という大ヒット作品も誕生させた。
テレビ局社員として映画と格闘し、数々の〝夢〟と〝奇跡〟の瞬間も体験した河井さん。
この、連載は映画と人生を共にしたテレビ局社員の汗と涙、愛と夢が詰まった感動の一大青春巨編である。
それまで僕が関わる映画=長編映画だった。
1999年に、友人でもあり、プロデューサーと俳優の関係で一緒に『波の数だけ抱きしめて』(1991)等の映画を一緒にやった別所哲也さんが発起人(現在は主宰)で「アメリカン・ショートショートフィルムフェスティバル」を原宿でスタートさせた。彼とは僕がフジテレビで担当していたアカデミー賞の放送などでも一緒に仕事をした。
そういう関係もあり、第3回の映画祭(2001)の審査員を依頼され、殆ど短編映画には造詣はなかったが、同じ審査員として小錦さん、天海祐希さん、村上龍さん……と聞いて一応僕は映画の人間だし、と受けてみた。1人だけプロと言えるアカデミー賞の短編部門受賞監督の伊比恵子さんがいた。計5人だ。
カンヌ国際映画祭短編部門のパルムドール受賞『おはぎ』(デービッド・グリーンスパン監督)も特別上映されたりして、審査員としても多くの短編映画を観ることが出来た。世界中の作品を観て、ドイツやオーストラリア、アラビア語の映画もあり、どれも面白かった。ただ、残念ながら、日本の作品は世界に比べると物足りなかった。当時は配信の時代でも無く、なかなか短編映画を作っても日本で観てもらえる機会は少なかったことも影響していたと思う。
原宿の会場で、別所哲也さんと、『らせん』(1998)、『アナザヘヴン』(2000)を一緒に創った飯田譲治監督と3人で話しながらそんな話になった時、別所さんから「何とか面白い短編映画を創って下さいよ……」的な会話になり、僕は適任では無いと言った記憶があるが、飯田監督は「短編は面白いよ!」となった。長編の話しかしたことが無かったので、ちょっと意外な気もしたが、そうなんだと他の監督にも聞いてみることにした。
岩井俊二監督に話をすると「良いですね」となり、行定勲監督は、会うといきなり「賞を取るならこんなストーリーはどうか、エンタテインメント作品なら、自分が高校時代に体験した体育の授業での【ブルマ】の話とか……」。【ブルマ】で行こう! となった。
『VERSUS―ヴァーサス―』(2000)という、ほぼ自主映画だが、とても面白く、過去に大阪から東京に僕を訪ねて来てくれた北村龍平監督も即決。コメディ映画を期待して堤幸彦監督、『月とキャベツ』(1996)が大好きだった篠原哲雄監督、エロティックな作品を期待して『皆月』(1999)の望月六郎監督。そして最初に話をした飯田譲治監督の7人にした。8人に声をかけてみて『きらきらひかる』(1992)で一緒だった松岡錠司監督以外は、とても前向きだった。むしろ松岡監督の「今は、短編映画は……」という答えが多いと考えていた。
そんな流れで、地味と思われていた短編映画だが、僕ではエンタテインメント作品を目指した。
▲2002年公開の『Jam Films』は、筆者企画・発案の日本初の本格的な短編映画企画で、7人の監督によるショートフィルムを集めた日本映画のオムニバス・シリーズ。『あずみ』『天間荘の三姉妹』の北村龍平、『木曜組曲』『ハピネス』の篠原哲雄、『らせん』『ドラゴンヘッド』の飯田譲治、『皆月』『新・悲しきヒットマン』の望月六郎、『天空の蜂』『真田十勇士』の堤幸彦、『GO』『リボルバー・リリー』の行定勲、『スワロウテイル』『キリエのうた』の岩井俊二と、映像の世界で注目されていた才能が集結した。また、7人の人気監督の映像テクニックを探るクリエイターズ・バイブルとも言える『ショートフィルム革命』も発行された。
ただ、ルールを決めなくてはいけなかった。僕のメインの役割はそれだ。
幸い、縁のあったセガ(SEGA)が製作費を出してくれることになった。短編映画の製作経験は無かったが、何となく1本1000万程度で7本で7000万円。良い時代だったのか、セガはOKしてくれた。ちょうどポニーキャニオンからアミューズに行くことになり、アミューズは配給部門もありアミューズ・ピクチャーズが宣伝もやってくれ、シネ・アミューズをメイン館で上映してくれることにもなった。一抹の不安としては短編映画に長編と同じ映画料金を払って観てくれるかだ。過去にもほぼ例が無い。
各監督には「ジャンルは自由でいい」と伝えた。望月監督からは「僕はエロっぽい感じですかね?」「エロティシズムでお願いします」。賞狙いよりは娯楽作品。1つだけ条件のようなリクエストとしては、「主演には有名(名前を知っている)俳優が望ましい」、と。プラス、長さは15分程度の作品で。7本で110分以内を目指した。
劇場公開するならヒットさせたい。これはそれまでの僕の志向でもある。製作費も全員同額とした。
面白いなと感じたのは、撮影のスタイルが皆、違っていたことだ。アイデアや作品自体のテイストはバラバラになることは予想していた。それが望ましい。ただ、行定監督は35ミリフィルム撮影に拘った。北村監督は最新のHDカメラだ。岩井監督は秋葉原で? 買ってきたというホームビデオだった。スタッフも監督1人だけだ。この独自性こそ「映画監督」だと思った。この7人で連続ドラマは出来ないだろうとも。
岩井俊二=広末涼子、行定勲=妻夫木聡、飯田譲治=大沢たかお、堤幸彦=佐々木蔵之介、篠原哲雄=山崎まさよし、望月六郎=吉本多香美、北村龍平=北村一輝……とルールを考慮したキャスティングになり、行定監督の『JUSTICE』には当時17歳で映画初出演の綾瀬はるか等、その後、大活躍する俳優も加わった。
▲『JUSTICE』という、高校の体育の授業でのブルマをテーマにした作品を撮った行定勲監督とは台北映画祭に出かけ、『非情城市』などで知られるホウ・シャオシェン監督とも食卓を囲んだ。『JUSTICE』は、〝これが男の子〟という世界を、監督自身の青春時代の体験を通して面白おかしく見せる、監督曰く『GO』の兄弟版とも言える青春ドラマで、主演は妻夫木聡。綾瀬はるかのブルマ姿がまぶしい。
撮影現場にも行きながら、長編より短編の方が、よりその監督の個性のようなものが色濃く現れることに気付いた。自由に表現している。此方は、中味には口を挟まない。
認知度を上げる為に、色んな手も打った。公開を2002年12月28日に決め、7人の監督による短編映画を集めたオムニバス『Jam Films』は、お正月映画になった。10月の東京国際映画祭の特別上映作品にもなり、7本の映画の監督、キャストが壇上を賑わした。短編の集合体ではあるが、長さとしては1時間49分の長編映画でもある。海外の映画祭にも果敢に出て行った。アメリカ、フランス、オーストラリア、釜山、台北など、短編でもこんなに海外の映画祭で上映出来たことは新鮮だった。
釜山映画祭は短編映画部門が充実していた。ソウルからも多くの長編の映画プロデューサーが釜山で短編を観て、将来の長編映画の有望な監督としてピックアップしていた。行定監督と一緒に行った台北映画祭などで場内が爆笑になった時は、海外でも観てもらえると感じた。この時、一緒に食事したホウ・シャオシェン監督と行定監督は今でも交流し合っている。
一方で、日本のYahooが伸びて来て、ようやく映画を観てもらえるくらいの画像(画質)が伴って来ていた。本来はタブーなのだが、Yahooを見る人に映画の存在を知ってほしいと考え、公開目前に人数は限定したが、7作品全部配信した。無料なので、今ならオンライン試写会のようなものだろうか。ここで知りたかったのは観た人が、どの作品が好みなのかだ。短編を映画館まで観に来てくれる事は可能なのか……。リアクションがとても良く、もしかしたら……の期待は持てた。ワイドショー等にも取り上げられ、長編のような受け取られ方もしながら公開日を迎えた。
思わぬヒットになった。黒字にもなり、短編もビジネスになるのかと一瞬は考えた。ただ、世界で短編映画の大きな役割は、長編映画を目指す人たちのステップであることだった。短編を創っている監督たちの殆どは長編を撮りたい人々だ。元々、僕も長編映画のプロデューサーである。「短くてもイケる。」というコピーも考え、短編でも映画館で観てもらえることは実感できたが、これをそのまま続ける気にはなれなかった。でも、長編であれ、短編であれ、面白い作品は楽しめることは間違いなかった。
▲『Jam Films』では潤沢な宣伝費もなかったためか、筆者も相当数のメディアでの取材を受けることになった。日本では初となる短編映画企画の劇場公開に、多くのマスコミが期待を寄せ、注目していたことがわかる。その企画・発案者であるプロデューサーとしての筆者に取材が殺到したのも、当然の成り行きだろう。
▲『Jam Films』の上映で、アメリカ、フランス、オーストラリア、韓国、台湾の5カ国の映画祭に出かけた筆者。オーストラリアには、『コールドスリープ』の飯田譲治監督と一緒だった。『コールドスリープ』は、毒のあるショートショートといった趣のコメディタッチのSF作品で、主演を務めたのは大沢たかお。作家の筒井康隆も出演している。
セガもアミューズもヒットしたことによって、パート2を! という気運もあり考えた。
元々、短編への造詣も乏しく、同じこともやりたくない。短編の原点とも言うべき、将来の長編監督を目指す、例えば助監督でも良いかもしれないし、業界外でも良いかもしれない、そういう人にチャンスを……。
しかし、なかなか意見が纏まらず『Jam Films 2』と『Jam Films S』が同時並行で進む形になってしまう。
『Jam Films 2』(2004)のコンセプトは、映画業界外のPVの旗手などから監督を選んだ。小島淳二監督は<L’Arc~en~Ciel(ラルク アン シェル)>や<KIRINJI(キリンジ)>のPVや「ニュースステーション」のオープニングなどを手掛けていた。主演はラーメンズ。高橋栄樹監督は久保田利伸、GLAYなどのPVの旗手。韓英恵や麻生久美子さんに出演してもらった。丹下紘希監督は<Mr.Children(ミスター・チルドレン)>の多くのPVを手掛けていてトップランナーだった。井上秀憲監督は異色だったが、4人に新進の映画監督として音楽に拘った短編映画を創ってもらった。
一方『Jam Films S』(2005)は『Jam Films』の7人の監督たちが推薦する「これから期待する人」を選んでもらった。助監督や、異業種からも。行定監督は手島領監督、岩井監督は原田大三郎監督、篠原監督は阿部雄一監督、北村監督は高津隆一監督、望月監督は石川均監督、堤監督は薗田賢次監督、飯田監督は浜本正機監督になった。藤木直人さんや内山理名さん、石原さとみさん、再び綾瀬はるかさんにも出演してもらった。
『Jam Films 2』『Jam Films S』で監督をしてもらった人は、その後各分野で活躍中である。
しかし、やや実験的な要素が大きく、元々、エンタテインメント作品を目指していたパート1と比較すると、観客も戸惑ったのではないか。実際に、興行も芳しく無かった。やはり、実験的な短編に、長編と同じ料金で観に来てもらうのはとてもハードルが高いことは学習できたと思う。
3回やってみて、このコンセプトでの継続は難しくなった。ただ、何か短編で、ある程度の商業性を持つ映画製作は無いかと色々考えてみた。
▲出演者はナレーションも兼ねる広末涼子1人で、撮影、照明などスタッフも岩井俊二監督ほぼ1人という、マン・ツー・マンで撮られた『ARITA』。少女漫画チックな物語を、CG駆使の技で見せる〝リリカル・ホラー〟といった作品。他の監督の作品も紹介しておくと、北村龍平監督『the messenger-弔いは夜の果てで-』は北村一輝らの出演による、アクションホラー作品。篠原哲雄監督『けん玉』は、『月とキャベツ』以来6年ぶりの山崎まさよしとのタッグで、倦怠期のカップルをめぐるラブロマンス。篠原涼子も出演。望月六郎監督『Pandora-Hong Kong Leg-』は、『皆月』で組んだ吉本多香美を再び主演に迎え、〝水虫〟をテーマにしながらも、エロティックなファンタジーの仕上がり。堤幸彦監督『HIJIKI』は、悲劇と喜劇が何度も入れ替わる佐々木蔵之介、秋山菜津子出演のブラックコメディ。7人7様のテイストがぎっしりと凝縮されているところが、短編映画の醍醐味であろう。『Jam Films 2』は2004年の公開で、小島淳二監督『Japan culture lab./机上の空論』(ラーメンズ、市川実日子、斉木しげる出演)、高橋栄樹監督『CLEAN ROOM』(韓英恵、麻生久美子、手塚眞出演)、井上秀憲監督『HOOPS MEN SOUL』(須賀貴匡、大森南朋、杉本彩出演)、丹下紘希監督『FASTENER』(有岡大貴、嶋田久作出演)の4作のオムニバス。2005年公開『Jam Films S』は、薗田賢次監督『Tuesday』(ZEEBRA、岩堀せり出演)、高津隆一監督『HEAVEN SENT』(遠藤憲一、乙葉出演)、石川均監督『ブラウス』(小雪、大杉漣出演)、手島領監督『NEW HORIZON』(綾瀬はるか出演)、阿部雄一監督『すべり台』(石原さとみ、柄本時生、山崎まさよし出演)、原田大三郎監督『a』(内山理名、スネオヘアー出演)、浜本正機監督『スーツ-suit-』(藤木直人、小西真奈美、濱田マリ出演)と、7種類の豪華な料理が1枚の皿に盛られたワンプレート・ディッシュをいただいているような感覚だ。
最後は全く違ったコンセプトで。元々、そんなに小説は読まない方だが、原作のある映画化は10数本やってきた。映画製作を前提に作家にストーリーを書いてもらうのはどうだろうか。
5本で2時間以内の映画。作家はショートをたくさん書いている人が多い。小説新潮などでも短編のエロティック特集がある。ショートのプロフェッショナルだ。ある人から小池真理子さんを紹介してもらえることになった。昔、小池さんの『恋』を映画化したいと思ったことがあった。初対面だが、コンセプトを言う立場なので「5本のエロティック映画」の1本のストーリーをお願いします、と。
「いいわよ」とあっさりOKしてもらい「他の4本の作家は?」と聞かれてもまだ決まっていない。小池さんが最初で、彼女のリアクションがとてもよく、心強くなって、作家に関しての相談にも乗っていただいた。乃南アサさん、唯川恵さんはあっさり決まった。たまたまかもしれないが、皆さん、直木賞作家だった。あまりに重鎮が並んだので、4人目は若く知名度の高い室井佑月さんにお願いした。5人目を本屋で考えているとき、目の前に『ツ、イ、ラ、ク』が現れ、これだ! と姫野カオルコさんにお願いした。彼女もその後『昭和の犬』で直木賞を受賞する。
新潮社がいろいろ段取りなどもしてくれ、公開時に合わせて5作品が小説新潮に掲載され、半年後には文庫本化になり、好調なセールスになったと聞いた。新潮社の担当編集者には感謝だ。
小池真理子さんと唯川恵さんは軽井沢在住で、僕も軽井沢で打ち合わせをやったりした。無事に5本のショートストーリーが誕生し、監督の人選となった。
タイトルはこれまでのコンセプトと大きく違うので『female』と名付けた。女性作家5人に書いてもらったことの要因が大きい。
これがラストの『Jam Films』になることを考え、自分が仕事をしてみたい監督を中心に考えてみた。
一人は『蛇イチゴ』(2002)でデビューした西川美和監督。本当は長編で、と思いながら、次回作の『ゆれる』(2006)の撮影までの時間でやってみる! と言ってくれた。5作品のストーリーを持ち歩きながら、西川監督にどれが良い? というような聞き方で、彼女は乃南アサさんの『女神のかかと』を選んだ。
その頃、何故か毎週のように演劇を観ていて、大人計画の社長と顔見知りにもなり、何度か会っていた松尾スズキさんにどれが良いですか? と尋ねた。「思いっきりエロでいいですよ!」と言って、かれは唯川恵さんの『夜の舌先』をチョイスした。高岡早紀さん主演の思いっきりエロ作品になった。
なかなか映画の縁がなかった塚本晋也監督には小池真理子さんの『玉虫』を。石田えりさんのエロティシズムが爆発した。
エロのプロフェッショナルでもある廣木隆一監督は室井佑月さんの『太陽のみえる場所まで』。篠原哲雄監督には、姫野カオルコさんの『桃』を長谷川京子さん主演で。
全体の音楽プロデューサーに今井了介さん(「HERO」等ヒット作多数)、全体のオープニング・エンディングの映像はコリオグラファーの夏まゆみさんが演出もしてくれた。
創ることは楽しかったが、R18指定なので、大きなヒットにはならなかったものの、話題にはなり、ラストの作品としてはこれで良かったのではないかと思った。
あれからアメリカン・ショートショートフィルムフェスティバルは、ショートショートフィルムフェスティバル&アジアと名称を変え、大きな規模になって今も開催されている。今年で26回目である。これだけ続けているのは凄いことで、『Jam Films』は4作で一旦終わってしまった。
時代の流れで行けば、これからますます短編や中編は重要な存在になって行くのではないか。もちろん、長編を目指す人のステップアップの場としての存在意義もあるが、小説の世界と同様に「ショート」そのものの傑作がこれからたくさん登場してくるのではないだろうか。
2022年に第17回札幌国際短編映画祭の審査員を、石川慶監督(日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞『ある男』等)とアメリカのILMの女性プロデューサーと行った。50本以上の作品を観て、3人で話し合いながら賞を決めた。石川慶監督はポーランドの大学の学生だった頃にこの映画祭に応募経験がある。残念ながら賞は獲れなかったそうだが。驚くほど面白い作品が多くあり、実写、アニメ含めて2000本以上の世界のエントリー作品から選ばれただけの事はあると思った。
短編も長編も、面白い作品は、万国共通で楽しめることを改めて感じることができた。
▲〝女性とエロティシズム〟をテーマにした2005年のオムニバス映画『female』。映画の企画をもとに、小池真理子、唯川恵、乃南アサ、姫野カオルコ、室井佑月の5人の女性作家が原作を書き下ろした。それぞれの作家と監督との組み合わせも見もので、高岡早紀、石田えり、長谷川京子ら、体を張った女優たちの演技も大きな話題となった。姫野原作『桃』は篠原哲雄監督、長谷川京子、池内博之の出演。室井原作『太陽の見える場所まで』は、廣木隆一監督、大塚ちひろ、石井苗子、片桐はいりの出演。唯川原作『夜の舌先』は松尾スズキ監督、高岡早紀、近藤公園、ルビー・モレノの出演。乃南原作『女神のかかと』は、西川美和監督、大塚寧々、森田直幸の出演。小池原作『玉虫』は、塚本晋也監督、石田えり、加瀬亮、小林薫の出演。新たなる作家と、気鋭の映画人とのタッグによる令和版短編映画集を観てみたくなった。
かわい しんや
1981年慶應義塾大学法学部卒業後、フジテレビジョンに入社。『南極物語』で製作デスク。『チ・ン・ピ・ラ』などで製作補。1987年、『私をスキーに連れてって』でプロデューサーデビューし、ホイチョイムービー3部作をプロデュースする。1987年12月に邦画と洋画を交互に公開する劇場「シネスイッチ銀座」を設立する。『木村家の人びと』(1988)をスタートに7本の邦画の製作と『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)などの単館ヒット作を送り出す。また、自らの入院体験談を映画化した『病院へ行こう』(1990)『病は気から〜病院へ行こう2』(1992)を製作。岩井俊二監督の長編デビュー映画『Love Letter』(1995)から『スワロウテイル』(1996)などをプロデュースする。『リング』『らせん』(1998)などのメジャー作品から、カンヌ国際映画祭コンペティション監督賞を受賞したエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)、短編プロジェクトの『Jam Films』(2002)シリーズをはじめ、数多くの映画を手がける。他に、ベルリン映画祭カリガリ賞・国際批評家連盟賞を受賞した『愛のむきだし』(2009)、ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』(2009)、などがある。2002年より「函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞」の審査員。2012年「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」長編部門審査委員長、2018年より「AIYFF アジア国際青少年映画祭」(韓国・中国・日本)の審査員、芸術監督などを務めている。また、武蔵野美術大学造形構想学部映像学科で客員教授を務めている。