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突然「僕の物語を書いてくれないか」と電話してきた友人と、下北沢を歩いた日

さんたつ

下北沢には昔も今もよく行く。町田在住の私にとって「もっとも出やすい都会」であり、小ぢんまりとしていて歩きやすいのがいい。 専門学生時代は『マジックスパイス(通称マジスパ)』というスープカレー屋によく行った。もともとは札幌のお店で、当時は下北沢に東京店ができたばかり。私はマジスパのスープカレーが好きで、いろんな友人に布教しては、連れ立って食べに行った。 中でも、jとマジスパに行った日のことは忘れがたい。あの日のことを、私はこの先も忘れないと思う。

jは、私が2年生のときに1年生として入学してきた。学年は下だが、年齢は同じ。学科が違うので毎日顔を合わせるわけじゃないが、たまに中庭で会えば話をした。

彼は少し変わった男の子だった。コミュニケーション力が高くて賢そうなのに、二十歳とは思えないほど無垢で無邪気なところがある。たぶん、帰国子女であることも関係していただろう。彼は両親ともに日本人だが、幼いときから海外で生活していて、日本に来てまだ一年ほど。そのせいか言葉選びが独特で、英文和訳のような話し方をする。また、めずらしく携帯電話を持っていなかった。

ある日の深夜、枕元で携帯が震えた。03から始まる知らない番号。おそるおそる出ると、電話の相手はjだった。私の友人から番号を聞いたと言う。

「僕の物語を書いてくれないか」

jは、深夜にいきなり電話したことを悪びれるでもなく言った。なにがなんだかわからない。

要約するとjの話はこうだ。自分のとある体験を「物語」として残したいが、自分ではできない。そんなときにたまたま、君が書いた小説を読んだ(※生徒の作品を掲載した冊子が図書室に置いてある)。それを読んで、僕の物語を書けるのは君しかいないと思った……。

私は長編小説を執筆中で、それを書き終えるまではjの「物語」に取り掛かれない。そう伝えるとjは了承し、電話を切った。

翌日の放課後、jと北の丸公園に行った。すぐには取り掛かれないものの、とりあえず彼の「物語」を聞くことにしたのだ。jが話したがっていたし、そんな面白そうなこと、私も聞きたくてたまらない。

jは、ベンチがあるのに芝生に座って話しはじめた。それは彼が一年前、日本に来てから体験した出来事だった。

……いや、「体験した」と言っていいのだろうか。彼の物語は壮大なSFアクションラブストーリーで、つまりは、どう考えても現実に起きたことではなかった。

リアクションに困っていると、jは察したように、その体験が妄想であること、けれど自分にとってはほとんど現実と区別がつかないこと、この妄想や幻覚などの症状に病名がついていること、通院して服薬していることを話してくれた。

そのあと、どんな話をしたかは覚えていない。けっこう長いこと話し込んだ気がする。すっかり薄暗くなった公園で、どういう流れだったか、私は「今日、地元の花火大会なんだよね」と言った。私の地元は札幌だ。

するとjは目を細めて北の夜空を見つめ、「あ、花火見えた」と言った。それが冗談なのか、彼の言う「症状」なのかわからず戸惑っていると、jは笑った。

「嘘だよ。僕だって本当に見えてるわけじゃない」

私だって、もちろん花火は見えない。けれど、夜空をじっと見ていると、そこにありありと花火を思い描くことができた。

それ以来、jとはたまに遊ぶようになった。

仲良くなってわかったが、jは気分の浮き沈みが激しく、楽しそうにしていたかと思えば急に不機嫌になる。なかなか難しい人だ。何度か振り回されたし、友人には「なんで振り回されてまでjと友達やってんの?」と聞かれた。

なんでと言われたって、私にもわからない。友達でいることに、理由なんてないんじゃないだろうか。

下北沢へ行くことにしたのは、私がマジスパの話をしたらjが「食べたい」と言ったからだ。

よく晴れた日曜の午後だった。私たちは駅で待ち合わせ、汗をかきかき辛いスープカレーをたいらげ、下北沢の街を散歩した。

jは上機嫌でずんずん歩いていき、気づけば街並みがすっかり見慣れないものになっている。私の知っている下北沢(=駅周辺)じゃない。まだガラケーで、グーグルマップを見られない時代だ。方向音痴の私は不安になって「現在地わかってる?」と尋ねた。jは「ぜんぜん。でも大丈夫だよ」と、漫画のキャラクターのように頭の後ろで手を組んだ。

しばらく歩いていると、エキゾチックで美しい建物があった。帽子のような丸い屋根と、尖った塔が特徴的だ。

「これ、なんだろう?」

「モスクみたいだね」

jはドアを開け、「すみませーん!」と言いながらズカズカ入っていく。私はギョッとした。彼は無宗教のはずだ。信者でもないのに、そんな気軽に足を踏み入れていい場所なのか。

ドキドキしながら着いていくと、外国人のお兄さんが笑顔で迎えてくれた。イスラム教徒じゃなくても見学できるらしい。お兄さんに勧められるまま、ロビーのような部屋でイスラム教についての学習ビデオ(?)を見た。

そのあとは許可を得て礼拝堂に入った。なにもない部屋だ。しんと静かで薄暗く、おごそかな気配が漂う。窓から射し込む光が、緑色の絨毯に細長い陽だまりを作っていた。イスラム教徒らしい外国人の親子が2組いたが、熱心に祈る様子はなく、和やかな雰囲気でただ座っている。祈りが日常に溶け込んでいるのだろうか。

jは両足を投げ出して座り、後ろに手をついた。満ち足りたような、リラックスした表情。畏まってちんまり座る私とは正反対だ。どうして初めて入ったモスクでそんなに自由に振る舞えるのか。

そのうち、jはごろんと仰向けに寝転がった。私はイスラムの親子の目を気にしてビクビクしていたが、彼らはjを見ても、特に不快そうな表情は見せなかった。

私は膝を抱えて、埃が舞うのをただ見ていた。どのくらいそうしていただろう。時間が止まったような、たくさんのことを考えているのになにも考えていないような、不思議な感覚だった。

ふいに、涙が込み上げてきた。この時間があまりに静かで美しくて、感動したのだ。

学校とバイトと就活の日々に、突然現れたモスクでの時間。この時間のことを、私はきっと忘れないだろう。jがいなければ、この時間はなかった。

その後、jとは少しずつ疎遠になっていった。私の就活が忙しくなったこともあるし、彼があまり学校に来なくなったこともある。私はそのまま卒業し、翌年の秋、jはこの世を去った。結局、彼の「物語」は書かずじまいだ。

今、この文章を書いていて気づいたことがある。私がjと友達でいた理由は、「彼のようになりたかったから」じゃないだろうか。深夜の電話で突飛な頼みごとをしたり、モスクに堂々と入って礼拝堂で寝転んだり。そんな自由奔放さが、小心者の私は羨ましかった……気がする。

例のモスクは、今調べたら最寄りが代々木上原駅だった。下北沢の思い出を書いたつもりが、代々木上原の思い出だったとは。

下北沢にせよ代々木上原にせよ、町田からは小田急線ですぐだ。グーグルマップを見れば場所もわかる。

けれど、私は一生あのモスクには行かないだろう。なんとなく、jがいないと行く気になれない。

文=吉玉サキ(

@saki_yoshidama

吉玉サキ
ライター・エッセイスト
札幌市出身。北アルプスの山小屋で10年間働いた後、2018年からライターに。著書に『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)、『方向音痴って、なおるんですか?』(交通新聞社)がある。山では迷ったことがないが、下界では方向音痴。

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