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料理人として生き抜くために身に付けたい「体幹」のある料理とは?

料理王国

料理人として生き抜くために身に付けたい「体幹」のある料理とは?

「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さんを囲む特別版 【後編】

「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さんを迎えて、深夜0時に始まり、朝5時半過ぎまで白熱した座談会となった前回。今回は、谷さんを囲む特別版の後編として、いよいよ実践へ突入した。集まったのは、前回のメンバーの中から「北島亭」大石義一さん、「クラフタル」大土橋真也さん、「アングラン」昆布智成さん、「ドゥエ リーニュ」瀬野景介さん、「麻布長江 香福筵」田村亮介さん、「てのしま」林亮平さん、「SUGALABO 」薬師神陸さんの7人。谷さんが勉強会のテーマに選んだ料理は、「ピジョン・ロティ・オ・サン・レジェ」。谷さんが料理する様子をただ見学するのではなく、このお題の下に、谷さんの傍らで実際に鳩をさばくところから仕上げまで取り組むという趣向だ。一同を代表して、腕前を披露するのは、谷さんから指名された大石さん。二人の競演が始まる前に、そもそもなぜ、この一皿を題材としたのか? という素朴な疑問が参加者の脳裏をよぎる。

料理人歴30年の経験もさることながら、読書家で知られる谷さんから縦横無尽に繰り出される言葉をひと言も漏らすまいと、参加シェフたちも熱心に耳を傾ける。

その答えのヒントは、どうやら、クラシックで濃厚な「ソース・オ・サン(血のソース)」を、その名の通り「レジェ(軽く)」したことにありそうで──。以下、「ルセットではなく、メソッド」を地で行く、谷さんの至言をお届けする。

前回、歴史の動きとフランス料理の発展の関係性について触れましたが、そこからもわかるように、社会の動向と料理は常に連動しています。例えば、ヌーベル・キュイジーヌが興った60年代後半以降は、フランスでも日本でも、学生たちが社会を変えようと学生運動が盛んだった時期。フランス料理界でもそんな状況に呼応するかのように、従来のグランド・キュイジーヌには飽き足らない若手料理人たちが素材を活かし、小麦粉を使わない軽やかなソースを提案した。では、現在のこの状況はどうですか?

人々はスマートフォンを手にし、食べた物を評価しSNSに投稿する。それを見た人たちがシェアする。良くも悪くも評判が広がる。世界中でそんなケータイ文化が浸透する状況下では、料理もポピュリズムの洗礼の波を避けることはできません。

まさにそういう時こそ、料理人は自分の料理の「体幹」を鍛えるべきではないでしょうか。ぶれない軸を持ちながらも、時代と共にしなやかに生きる。それができない料理人は、これからの時代、どこかでポキッと折れてしまうと思います。ヌーベル・キュイジーヌと違って、このポピュリズムの流れはSNSがある限り止められないでしょうから。僕は料理人として生きた証は、店をつぶさないことだ
と思っていますが、体幹がぶれた人は道半ばで消えていきます。自分が来た道だからわかるんです。次世代を担うあなたたちは、これから行く道。今回は、僕の「体幹」を象徴する料理をテーマにしました。同じゴールを設定しても、僕と大石さんではアプローチが異なるはず。そこも注目してください。


この日、大石さんと並んで厨房に立った谷さんは、鳩のさばき方から火入れ、ソースまで、疑問があると率直に大石さんに質問し、その場にいる誰よりも学ぶことを楽しんでいた。いくつになっても変わらない謙虚さとアップデートに貪欲な姿勢は、参加したシェフたちにとって大いに刺激になったに違いない。アイデンティティや自分の店という土壌にしっかり根を張り、技術と理論に裏打ちされた太い幹に、時代の潮流をしなやかにキャッチする枝葉。谷さんという料理界の巨木と過ごした一夜は、次世代の行く道を明るく照らすことだろう

クラフタル
大土 橋真也さん

谷さんは余分なものを取り除いてピュアな鳩の味わいを引き出し、大石さんは凝縮していくという逆のアプローチですが、それぞれに一貫性と独自の鳩の表現がありました。

アングラン
昆布 智成さん

谷さんはしっかりと理論的に説明ができる方。また、今回のソースは古典がベースになっていると伺い、まだまだ古典はヒントの宝庫だと思いました。対する大石さんにも理論があり、フライパンの大きさ、高さなどちゃんと計算されている。お二人に共通するのは、自分の理論があってその考えに沿ってどうおいしくするかでした。

ドゥエ リーニュ
瀬野 景介さん

谷さんは積み重ねた仕込みによって、雑味、食感、待ち時間など、徹底的にゲストのストレスを除去することを考えた、磨き込まれた宝石のような料理。大石さんの方はアラミニッツで焼き上げることによる勢い、香りを重視。鳩を丸ごと食べる喜び、リアルを感じました。拝見していて、料理は楽しいと、シンプルに思えた時間でした。

麻布長江 香福筵
田村 亮介さん

今回の鳩の下処理の方法や、古典をひも解いてそこからヒントを得るなど、フランス料理と中国料理というジャンルは異なれど、共通する部分があり興味深かったです。また、料理を作ることに対して、谷さんがとても謙虚に取り組んでいらっしゃる姿勢が印象に残りました。

てのしま
林 亮平さん

最も印象的だったのは「僕たちは来た道、君たちは行く道だ」という言葉。「だから僕にも君たちに伝えることができるのでは」と。なんて謙虚で誠実なのかと、何度も背筋が伸びる思いがしました。今まで築かれた時代のバトンを引き継いでどのように僕たちがこれからの料理業界に寄与できるのか、それを問われているとも感じました。

SUGALABO
薬師神 陸さん

谷さんの火入れはオペレーションを考慮した上で下準備し、鳩のクリアでエッセンシャルな部分を抽出し「コンソメ」として表現。対して、大石さんは塊のままジュストな状態まで火入れしアラミニッツで仕上げた煮出し過ぎない「ジュ」を表現。どちらもフランス料理の歴史の上で、時代が生み出した「軽さ」を表現した取り方だと再確認しました。

Point1 鳩をさばく
キュイス(モモ肉)を胴体から外し、ソリレス(モモの付け根付近にある希少部位)を取る谷さんに対して、部位はそのままにし、糸で縛る大石さん。同じ着地点を目指しつつも、スタートからしてこの違い。

写真奥が、谷さんがさばいた鳩。手前は大石さん。さばきながら、谷さんから質問が飛ぶ。

肉の内側にも塩を振った後、形を整え、両脚の部分に糸をクロスさせて縛る大石さん。

Point2 火入れ
さばき方が異なれば、火入れのアプローチも違って当然だが、モモと胸に同じように火を入れたいという狙いは両者共通。ここでは、谷流メソッド「バターで肉を洗う」を披露。肉にバターの香りをまとわせるのが狙い。

谷さんは、焼き色をつけた時につく油くささを、バターで「洗う」感覚で取り除く。

対する大石さんは、フライパンの縁に鳩の足をひっかけ、火入れを均一にする。

Point3 ソースを作る
内臓、鴨の血、フォン・ド・ジビエをミキサーにかけて、シノワで濾し、凝縮された旨味を残しつつも、クリアな味わいのソースに仕立てた谷さん。大石さんはそこからさらに煮詰めて濃厚な味わいに。

ミキサーをしっかり回してなめらかにし、シノワで濾した、谷さんのソース。

大石さん作(写真上)と谷さん作(写真下)。ソースの味わいは、はっきり分かれた。

大石 義一さん

技術以上の哲学を学ぶ
仔鳩を目の前に用意されただけで、こんなにも緊張し刺激を受けたことはありません。今回、間近で谷さんと料理をしたことで、シェフの技術を超えた哲学、思い、メソッドがひしひしと伝わってきました。今日までの自分を、さらにステップアップさせていただく貴重な経験となりました

谷 昇さん

30年続けるための方法論を
今回、僕が伝えたかったことのひとつは、環境が変わっても臨機応変に対応できる力をつけて欲しいということ。アプローチは各自違っていいんです。そこからいかに自分の方法論を確立するか模索しないと、30年もつシェフにはなれない。そのためにも体幹をしっかり身に付けて次世代に繋いで欲しいですね。

今回の会場は
ル・マンジュ・トゥー」
Le Mange-Tout
東京都新宿区納戸町22
☎03-3268-5911
●18:30 ~ 21:00LO
●日休

浅井直子=取材、文 よねくらりょう=撮影

本記事は雑誌料理王国295号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は295号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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