仕事を頑張る人がうらやましい?――【連載】奈倉有里「猫が導く妖しい世界」#15
この連載では、スラヴの昔話からやって来た物知り猫“バユーン”が、ロシア文学研究者・奈倉有里さんとともに皆さんを民間伝承の世界へとご案内します。
今回はどんな不思議に出会えるでしょうか?
※2026年度『まいにちロシア語』テキスト6月号より抜粋
(スラヴ:ロシアやウクライナ、ポーランド、ブルガリアなど、ヨーロッパ東部から北アジアに広く分布する、スラヴ系諸語を話す人々の暮らす文化圏)
第十五回 窓から覗く背高のっぽ
夜の窓に白い影
瀬戸内海に面した、とある都市の夜。久しぶりに遠方での講演会に呼ばれた私は、前日の夕方に現地に入り、用意してもらった八階建てのホテルの六階にある一室に到着した。
部屋に着くなりバユーンは辺りを嗅ぎまわり、うろうろと落ち着かない様子でいたが、やがて窓際にあるテレビ棚の上が気に入ったらしく、そこに落ち着いた。こういうとき化け猫は便利だ。猫用のキャリーバッグなどなくても勝手についてきて、到着と同時に姿を現す。
いつになっても講演の前夜は緊張する。あらかじめ用意した原稿を読み直し、書き足したり余計な部分を削ったりしながら、会場にきてくれる人たちの様子を想像する。「ねえユリ、早くごはん食べにいこうよー。僕せっかくだから名物のタコ飯がいい」とせがむバユーンを横目に、「あとちょっと」とノートパソコンに向かっていると、ふいにバユーンが「ギャ」とも「ヒャ」とも「ニャ」ともつかないおかしな声を出した。
振り向くと、バユーンは耳をぴんとたてて窓のほうを見て「で、出た……」と震えている。窓の外は周囲のビルの明かりでぼんやりと明るいだけで、なにも変わったところはない。(これは本格的にかまってほしがってるな……)と思いつつ、パソコンに向き直りながら「なにが出たの」と訊くと、「い、いまその窓の外に、ひ、人の顔がー」と言う。
六階の窓の外に人なんているわけがない。私はとりあえず急いで作業を済ませ、ファイルを保存して振り向くと……テレビ棚の上からバユーンの姿が消えていた。先にタコ飯を食べにいっちゃったんだろうか。せっかく急いだのに。
閉め忘れていたカーテンを閉めようと席を立った瞬間、窓の外にひゅっと、ほんとうに白い影が覗いた気がした。背筋に寒気が走る。一瞬でよくわからなかったが、確かに人の顔のような、人にしては白すぎるような……。妖怪のたぐいだろうか。(……こんな都会のビルの上に、妖怪がなんの用かい?)と、苦し紛れの語呂合わせを考え、そんなことを考える自分は、そこそこ怖がっているのだと気づく。
急いで閉じたばかりのパソコンをひらき、Wi-Fi を繋ぎ直して、「ビルの窓の外」「人の顔」と検索する。すると高層ビルの窓ガラス清掃の作業写真がずらりと出てきてしまい、「怪物」「架空」「目の錯覚」など、思いつくままにキーワードを追加して、しばらくしてようやく、「スレンダーマン」という存在がヒットした。アメリカ発祥の都市伝説、と書いてある。と、そのときベッドの下から「あった!」という声が聞こえて、バユーンが出てきた。なんだ、そこにいたのか。
同時発生したネットの都市伝説
バユーンはベッドの上に飛び乗り、「べつに隠れてたわけじゃないんだよ。ちょっと落ち着いて調べものをしようと思ってね」と言いわけをしながら、ウラジーミル・ダーリ(1801-1872)の『ロシア民衆の信仰、伝承、迷信について』をひらく。民間伝承を採取した有名な本だ。「あいつはたぶん、ジェルヂャイだね」。ほう。スレンダーマンじゃないのか。
バユーンの話によると、ジェルヂャイ(жердяй)というのは、棒、竿(жердь)を語源としていて、その名の通りひょろりと細長いのっぽな人型の妖怪らしい。背の高さは少なくとも三メートルはあり、ふらりと現れては民家の煙突に手をかざしてあたためたり、窓から覗いて人を脅かしたりして、またふらりと消えていくという。
なんだか思ったより怖くない。私が「それだけなら無害なんじゃないの?」と訊くと、バユーンは「いや、ジェルヂャイが怖いのは、目的もなにをしているのかもよくわかっていないところなんだよ。つかみどころのない妖怪だから対処法もわからない。ほうっておくといつまでも、出てきては消えてを繰り返す。なにをやっても暖簾に腕押し、糠に釘」と答える。まあ、薄気味が悪いのは確かだ。私は「こんなのもいるよ」と、さっきひらいたパソコンのページを見せた。バユーンはふむふむ、とスレンダーマンの記事に見入り、「これはむしろ、ロシア語でいうならパーロチニク=ブラチーノ(палочник-буратино)だね。日本にもいるよ、八尺様っていうのが」と結論づける。また新しいのが出てきたな。
バユーンの説明を整理すると、英語圏のスレンダーマン、ロシア語圏のパーロチニク=ブラチーノ、日本の八尺様は、すべて2000年代後半にインターネット上で流行した都市伝説で、それぞれ異なる点はあるものの、いずれも細くてひょろりと背が高いだけでなく、匿名掲示板などを中心に猛烈な勢いで広まり、出所や虚実の不明な体験談や写真が次々に共有されていった経緯も似ているのだとか。2000年代後半はインターネットが世界各地の田舎も含めた一般層にまで広まった時期でもあるから、そういう怪談話も複数あったのだろう。
仕事をうらやむ
でもさ、と私は口をとがらせて、「そんなにいろいろいるなら、どうしてさっきいたのはスレンダーマンでも八尺様でもなく、ジェルヂャイだって思ったの? ここが六階だってことを考えると、パーロチニク=ブラチーノかもしれないでしょ?」と訊く。ほかの妖怪たちの背は三メートルからせいぜい五メートルらしいので、こんなに高い窓は覗けなさそうだ。それに対して、ロシア語でパーロチニク=ブラチーノを検索すると、九階建てくらいの集合住宅の外壁に、上階まで届く大きさのアメンボのような人影が張りついている写真が何件かヒットする。
バユーンは頭をひょこっとあげて、「ジェルヂャイの背の高さはあくまでも19世紀当時の家の高さに合わせていただけだからね、住宅が高層になるとともに背くらい伸びてもおかしくない」と答え、「なにより、さっきはよくわからない妖怪って言ったけど、あるんだよひとつ、ジェルヂャイが執着するものが」と得意げな顔をする。そして私のパソコンのキーボードの上にひょいと乗り、「それは、ずばり仕事なのだ」と胸を張った。
どうやらジェルヂャイは、ひたすら「よくわからない」を極めた妖怪で、自分でも自分の正体がわからずにふらふらしているらしい。仕事もやりたいことも目的もなく、何世紀にもわたって世界を彷徨っている。だからこそ一所懸命に仕事をしている人がいると、うらやましくなって取り憑いてしまう……。そう話したのち、「ユリが仕事ばっかりしてるから、引き寄せたのかもしれないぞぉー」と唸ったバユーンの、おなかがキュルル……と鳴った。さてはバユーンめ、仕事をやめさせたくてそんな話をしてるな、と気づいた私は、「そんなに脅さなくても仕事は片づけたから、いま食べに行こうと思ってたとこだよ」と立ちあがり、ジャケットを羽織る。バユーンは「あっ、ユリ信じてないな!」と不満そうについてくる。
ドア裏に差していたカードキーを抜くと、部屋の電気が消える。私たちは廊下に出た。高密度の絨毯が足音を飲み込んで、館内はとても静かだ。けれどもドアを閉めた瞬間、部屋のなかから「フォーン」と、閉じたはずのパソコンの起動音が聞こえてきた気がして、私とバユーンは顔を見合わせた。「ほんとにうらやましくなって、仕事しにきちゃったのかも……」と首をすくめるバユーンに、「じゃあ、ジェルヂャイのぶんもタコ飯のお土産買ってくる?」と返すと、バユーンは一瞬考えてから、「そうしよう、そうしよう」と答えてうきうきとエレベーターに向かった。
帰ってきたらきっと誰もいなくて、タコ飯はバユーンの夜食になるのだ。(さっき私も白い影を見たことは、黙っておこう)と決めて、私はバユーンのあとを追った。
奈倉 有里
1982年生。ロシア文学研究者。著書に『夕暮れに夜明けの歌を』『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』『ことばの白地図を歩く』『ロシア文学の教室』『文化の脱走兵』『背表紙の学校』、訳書にミハイル・シーシキン『手紙』、サーシャ・フィリペンコ『赤い十字』など。
イラスト 山田 緑
公式HP:http://midoriyamada.net/