「怪作映画の音楽」手がけた日本の作曲家が映画祭受賞の快挙!『エストニアの聖なるカンフーマスター』日野浩志郎インタビュー
IT先進国にして“サウナの本場”としても注目を高めている国、エストニアから誰も観たことのないカンフーでメタルな奇想天外ムービーが登場! その名も『エストニアの聖なるカンフーマスター』が、10月4日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国公開となる。
このたび本作の音楽を手がけ、エストニアの権威ある映画祭で最優秀音楽賞を受賞した日野浩志郎のインタビューが到着した。
エストニアから前代未聞の怪作が上陸!
ポップカルチャーが禁じられたソ連占領下のエストニアで、カンフーと伝説的ロックバンド”ブラック・サバス”の音楽に熱狂する主人公が、周囲を巻き込みながらもカンフー修行の道を突き進む。
「自分らしく生きる」とは――? 悩みを抱え日々を生きる現代人を揺さぶる普遍的テーマを描き、世界の映画祭で絶賛と笑い&ショックを巻き起こした本作。エストニアのアカデミー賞といわれる<Estonian Film and Television Awards 2024>では11部門にノミネートされ、作品賞をはじめとする最多9部門を受賞。さらに多くの映画祭で上映され様々な賞を獲得している。
監督を務めたのは“エストニアのギレルモ・デル・トロ”ともいうべき奇才、若くして「映画の神童」と呼ばれたライナル・サルネット。2017年監督作ダークファンタジー『ノベンバー』の日本でのスマッシュヒットも記憶に新しいが、モノクロの映像美が印象的だった前作とは打って変わって、本作はメタルとカンフーに魅入られた青年の成長をカラフルかつレトロでキュートな映像で描いた青春コメディとなっている。
主人公ラファエルを演じるのはエストニアの若き個性派俳優、ウルセル・ティルク。本作の熱演が評価され、<EFTA2024>で最優秀男優賞を受賞した。主人公が恋に落ちる女性リタを演じるのは、『Firebird ファイアバード』など数々の映画やTVドラマにも出演する人気俳優であり、サルネット監督とは『ノベンバー』以来のコラボレーションとなるエステル・クントゥだ。
そんな本作の音楽を手掛けたのは、国内外で活躍する音楽家・日野浩志郎。本作にて<EFTA2024>最優秀音楽賞を受賞している。サルネット監督から「聖なる物とブラック・メタルが融合したような楽曲」を求められたという日野が今回、制作エピソードを語ってくれた。
気鋭ミュージシャンが語る「映画音楽ならではの苦労」とは
エストニアとカンフーとブラック・サバスというあり得ない組みあわせで映画好きから熱い注目を集めている本作。カンフーとメタルの出会いによって未知なるパワーを手に入れ、己の道を突き進む主人公ラファエルの熱き魂にワクワクが止まらない怪作だ。
そんな本作を盛り上げるのに一役買っているのが、主人公の魂に火を付ける劇中音楽の数々。その音楽を手掛けたのは世界中で活躍する音楽家、日野浩志郎だ。本作に関わることになった最初のきっかけについて、日野はこう振り返る。
エストニアに住んでるジャクソン・ベイリー(Tapes名義やRezzett等で活動)というイギリスの友人から、日本人でリズムの楽曲を得意とする作曲家をサルネット監督が探してるという話があり、興味あるか? と聞かれたんです。そこから製作陣に繋げてもらいました。監督や制作スタッフとのやり取りは主にメールで、映画チームから本編の一部、3分くらいのトレーラーのようなものが送られてきて、「こういう映画なんですけど、音楽お願いできますか?」と提案がありました。
今回はプロダクションマネージャーの人とのやり取りが中心で、サルネット監督からの具体的な指示はほとんどなかったです。イメージが既にあるシーンにはリファレンスとなる音楽がついていて、それを参考にしながら作業をしていきました。そのリファレンスの中には、ブラック・サバスの楽曲だったり、太鼓系の楽曲だったりが入っていましたね。
そう語るとおりサルネット監督とのやりとりは最小限だったそうだが、日野が通常行っている作曲活動と映画音楽の作曲では、その手法の違いや“ならでは”の苦労もあったという。
もう編集済みの映像に音楽をつけるというかたちではあったので、シーンごとにすでに分数が決まっていて、そういう意味ではいつものやり方とは全然違いました。中には遊べるシーンもありましたが、大半は映像尺に合わせることが優先だったので、そこに関しては非常に大変な作業でした。
「監督から“聖なる物とブラック・メタルが融合したような楽曲を”と言われました」
普段とは異なる映画音楽制作。そんな中でも“こだわり”を込めることはできたのだろうか? 知られざる映画音楽の裏側についても教えてくれた。
こだわったものとは少し違うんですが、ローランドの「TAIKO-1」という楽器を多用したことで、劇中音楽のカラーを作っているのかなと思います。名前の通り太鼓の音源が入った電子パーカッションで、太鼓芸能集団「鼓童」が関わった楽器だったので、音質は信頼できるなと思い。僕も鼓童との繋がりがあるので数台貸してもらい、それを使わせてもらいました。サンプルは主に太鼓ですが、金物などの小物類もあって、それらもけっこう頻繁に使いましたね。
今回、楽曲制作に参加していただいた前田剛史くんは元々鼓童に所属していた素晴らしい演奏家で、スタジオに招いて映像を見ながら演奏をしてもらいました。あと今思い出したんですけど、楽曲制作をするスタート時にサルネット監督から、大きなテーマとして「聖なる物とブラック・メタルが融合したような楽曲」を今回作っていきたいと言われました。正直、このテーマは僕の得意とするものではなかったので困るなとは思いましたが、サルネット監督を紹介してくれたジャクソンが事前に僕のやっているバンド「goat」のYouTubeを見せてくれていて、それを気に入ってオファーしてくれたということもあって、一回チャレンジしてみることにしました。
本編内でのオススメの楽曲について聞くと、国内外の音楽ファンならば反応するであろう大物ミュージシャンの名前が。監督の云う「聖なる物とブラック・メタル」というキーワードが、ここで繋がってくる。
僕が作ってはいないのですが、増子真二さん(DMBQ等で活動)という共同制作者の方が作ったメインテーマ的な楽曲で、映画の予告編でも使われている結構ハードロックな曲ですかね。少しだけディレクションして作ってもらった楽曲なんですけど、監督が最初に言ってきた音楽のイメージに近づいたというか、ブラック・サバスに近いものが作れたので、とても僕も気に入っています。やっぱり自分で作った楽曲だと主観的に聴いてしまうので、誰かにお願いして作ったものの方が楽しく聞けますね。
「制作スタッフからメールで“受賞おめでとう”みたいな連絡が来て……」
本作はエストニアのアカデミー賞<EFTA>を席巻し、ここで日野は最優秀音楽賞を受賞している。日本の音楽家として相当な快挙となるが、場所を問わずひたむきに音楽活動を続けてきた日野はマイペースぶりを崩さない。
メールで制作スタッフから「受賞おめでとう」みたいな連絡が来て、最初は小規模の映画祭なのかなと思ってインスタを見たら、なんかすごいことになってて、そもそも当初は賞なんて全く想像してなかったので、本当に驚きでした。映画祭のタイミングがちょうどヨーロッパツアー中だったんですけど、制作スタッフには日本にいると思われていたようで、授賞式に来るかは聞かれませんでした。ただ実はスケジュール的には授賞式に参加できそうだったんですけど、かしこまった雰囲気は苦手ですし、特にこちらからは何も言わずに行きませんでした。
関西をベースに世界中で音楽活動を行い、着実にその名を浸透させてきたgoat。YPYという個人名義での活動も行う日野は今回、映画音楽という新たな領域でも非常に大きな結果を残した。そんな日野に、「今後も映画音楽にチャレンジしたいか?」と聞いてみた。
やってみたいですね。舞台作品だったりなどは基本、全部自分で企画して主導することが多いので、今回のように他の人によるプロジェクトは新鮮です。そのプロジェクトに合わせてリサーチすることで新しくインプットもできるし、自分の持ち味と組み合わせてアウトプットしていくという作業は自分の成長にも繋がるしやりがいもありますね。なので今後も機会があれば、ぜひやっていきたいです。
今後の活躍も楽しみな日野浩志郎、およびgoat。主人公を鼓舞するような魂に響く日野の音楽は、間違いなく本作の大きな魅力の一つである。世界に名を轟かせた日本人ミュージシャンの<音楽>に耳を傾けつつ本作を鑑賞すれば、より深い没入感を味わえるはずだ。
『エストニアの聖なるカンフーマスター』は2024年10月4日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開