「タイムマシンに乗って今日へ」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの【卒業式、走って帰った】
動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。今回は「あの日に戻れるなら、いくら払えるか」本気で考えさせられるお話です。
※NHK出版公式note「本がひらく」の連載「卒業式、走って帰った」より
タイムマシンに乗って今日へ
家族が3人になってから、500日以上の時が過ぎ、3人暮らしもすっかりなじんできた。
2+1の生活から3の生活になったように感じる。子がご飯をしっかり食べるようになったことも関係しているだろうが、レストランで「何名ですか?」と聞かれるたびに、2人と答えるのが正解か、3人と答えるのが正解か分からず、戸惑っていたのだが、最近は自信を持って3人と答えられるようになった。
「他人の子の成長は早い」というが、自分の子の成長も十分に早い。
というか、時間の流れ自体があり得ないくらいに速くなった気がする。
あまりにあっという間すぎて、時間の感覚がおかしくなったようだ。
先日、前に会ったときは海外駐在に行く直前であった友人に久しぶりに再会した。「あれ、今日はアメリカから?」と聞くと「もう帰ってきた」というので、一瞬、「赴任は半年くらいだったのかな?」と思ったが、よく考えると、前に会ったのは、私が妊娠8か月のときだった。すなわち、1年半は前のことだったのである。
「ジャネーの法則」で説明されるように、一般に、年を重ねるごとに一年の長さが短く感じると言われているが、私が体験した時間の流れの速さは、年を重ねたことのみでは説明できないように思う。
この1年半ほど、私は、とにかく楽しかったのだ。だから、あっという間に時間が過ぎていったのだと思う。つまらない時間はとにかく長く感じるし、楽しい時間はその逆だ。
例えば、宝塚のショーの時間は大抵1時間程度なのだが、幕が下りた後、大抵ファンは口をそろえて「一瞬だった!」と言っている。誇張ではなく、本当に「一瞬」に感じるのだ。
ちなみにつわりの期間は、時間の流れが遅いなんてものではなく、体感1週間たったくらいの感覚で、時計を見ると、まだ2時間しか経過していないなんてことがザラだった。
文字も映像も見られない吐き気の中、大切な娯楽が、夫の話だったので、ただひたすら夫が仕事から帰ってくるのを待ち、「面白い話して!」という、自分がされたら一番嫌な無茶振りをして、トークをカツアゲして過ごした。
子どもの頃から、結婚相手に求めるたった一つの条件として、「とにかく面白い人」を挙げていたのだが、このときのためだったのかと思った。
私が肉体的な負荷を全て担っているという負い目のせいで、無茶振りを拒否することができない夫は、『千夜一夜物語』のシェヘラザードのように面白い話をし続け、私をなんとか生き延びさせた。
そうして、産まれた子は、最初、私の身長の1/3もなかったのに、今は1/2を優に超えるほどまでに成長した。
子育ての加わった生活は、目まぐるしくも楽しい。思いついたまま気軽に遊びにいくことはできなくなったし、毎日12kgを抱えるうちに、肩が岩のように屈強に成長したし、面倒臭いという理由で一食スキップする自由などは失ったけれど、今のところ、産前に覚悟していたよりも、ずっと自分の人生が残っている。だからこの楽しさをそのまま受け取れているのだと思う。
そして、本当にかわいい。私は、注射をされるとき、子の笑顔を思い浮かべている。針が皮膚を貫くときの鋭い痛みすら和らぐ。
子は、私にも夫にもあまり似ていない。見た目はまあまあ似ているけれど、どちらにもちょうど同じだけ似ているために、結果として、どちらかにそっくり! と言われるタイプの子ではない。目と輪郭が夫似、鼻と口が私似、どちらにも似ていないまん丸のおでこと(1歳そこそこにしては)大きな体を持ち、家の中をドシドシドンと闊歩している。
パーソナリティが明らかになるにつれて、本人のイメージに合った良い呼び名を付けられたと思っている。今、イメージに合うことのみを重視して命名するならば、「パワフルマウンテン」とかになると思う。
言葉を覚え始めて盛んに他者と関わろうとしている。そして、なぜか、私のこともパパと呼んでいる。
夫は「マ」の音が苦手で「パ」の音が楽しいのではと推測しているが、私は、絵本などに見る「ママ」表象が大抵髪の長い姿で描かれるからではないかと考えている。
以前、同じ保育園の上の学年の子が街で私とすれ違ったときに「あ! ◯◯のママだ!」と言っていた。一緒にいたお父さんに「すごいね、なんで分かったの?」と問われて、「だって、髪の毛が……」と言っていた。
私くらいのショートカットの人は決して珍しくはないのだが、子どもの中では、意外な衝撃を持って受容されているのかもしれないと思った。
私のことをパパと呼んではいるが、夫と私の区別がつかずに、一つのものとしてみなしているわけではなく、それぞれに別のことを求めている。例えば、抱っこはどちらかというと私の方が望ましいが、お風呂には夫と入りたいなどである。右パパ、左パパのようにそれぞれ別のパパとして子の中に存在しているのだろう。
食事中に、自分のご飯や飲み物を分けてくれようとしたり、ぬいぐるみを抱きしめながら、トントンとお尻をたたいたりするようになった。まだ産まれてから2年もたっていないのに、自分が受けた優しさを他者に返している姿を見ると涙があふれる。
成長するということは、以前の姿が過去のものになっていくということでもある。
もう、ミルクを飲んだ後の「ほー」という顔をすることはないし、正座をするとバルーンアートのようになっていた脚もスッと伸びてきた。毎回のようにやっていた、おいしいものを食べてニコニコと笑いながら首をかしげるしぐさもいつの間にか、やらなくなった。
そんなに長い時間がたっているわけではないけれど、もう既に、戻りたいと思う瞬間がたくさんある。あの小さな丸い背中をもう一度抱きしめられるならば、いくら出せるだろうと考える。現実的には、今目の前にいる子にこれからどんどんお金がかかるので、出すことはないのだろうが、育ち上がった後なら、いくら出しても惜しくないと思う。
走ってきてぎゅっとしがみついてくるとき、美味しいものを分け与えてくれようとするとき、手をつないで歩くとき、私のおなかの上で安心した顔で眠るとき、面白いものを見た時に振り返って感動を分かち合ってくれるとき。私は今、数年後、数十年後に、いくら払ってもいいから戻りたいと願う毎日の中を生きていると感じる。
「もし、戻れるならいつに戻りたい?」という定番の質問があるけれど、以前はどこにも戻りたくないと思っていた。
10代以前は、私だけいろんなことができない上に、学校とソリが合わなくて、ずっとつらかったし、20代前半の頃は、容姿に対して嫌なことを言ってくるやつの人生に必ず勝ってやると息巻いて、何かを手に入れようともがいていつも疲れていた。
20代後半に差し掛かるとようやく自分自身を乗りこなせるようになってきて、人生が上向いてきたので、戻ってもいいと思える日はあるけれど、それでも、もう一度うまくやれる気はしないので、戻りたくはない。
私の過去はおおよそ大体最悪で、過去の私も愚か者で、思い出すのすらしんどいというのに、もう一度なんてまっぴらだと思っていた。
けれど、今は、日々が愛おしすぎて、全てのページに栞しおりを挟みたいと思う。
いつか、この日に戻りたいと心から願うだろうと確信できるような日を、1日また1日と重ねていることを思うと不思議な気持ちになる。
だから、時々、20年後の自分の気持ちになって、子のふっくらとした手を眺める。それは小さな星のように輝いて見える。
プロフィール
篠原かをり(しのはら・かをり)
1995年2月生まれ。動物作家・昆虫研究家/慶應 義塾大学 SFC 研究所上席所員。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)、『歩くサナギ、うんちの繭』 (大和書房) 、『かわいいが見つかる! 推しいきもの図鑑』(永岡書店)、『見つけたら神! すごレア虫図鑑』(日本文芸社)などを出版。
バナーイラスト 平泉春奈