介護施設での非常災害時の対応 避難訓練の実施からBCP策定まで
近年、日本各地で発生している地震や豪雨、それに伴う土砂災害などが定期的にニュースで取り上げられる中、非常災害への備えは極めて重要となっています。特に自力での避難が困難な利用者が多い介護施設では、非常災害時には迅速かつ適切な対応が求められます。
また、介護施設は地域の重要なインフラであり、災害時には地域住民の避難所としての役割も果たすことが期待されます。したがって、介護施設における非常災害対策は、単なる施設内の問題にとどまらず、地域全体の安全にも寄与する重要な課題となっています。
そこで、本記事では、介護施設における非常災害時の具体的な対応策から、避難訓練の実施方法、BCP(事業継続計画)の策定ポイントまでを詳しく解説していきます。
介護施設に求められる非常災害時の対応
最優先は利用者の安全確保
日本総合研究所の調査によると、「利用者の7割以上が自力での避難が困難である」と回答した施設・事業所の割合は、定員30人以上の介護保険施設・事業所で最も高く、63.0%にのぼっています。
介護度の高い高齢者を多く受け入れている施設では、災害発生時に重大な人的被害が起こる可能性が特に高くなります。利用者の安全確保は、介護施設での非常災害時の対応において最も重要であり、大きな課題とも言えます。
安全確保のための具体的な対策として、まず事前の避難計画策定が重要となります。利用者一人ひとりの身体状況に応じた避難方法を検討し、避難経路を定期的に確認・整備することが必要でしょう。また、必要な医療機器や備品についても、リスト化して管理することが求められます。
次に、職員への教育と訓練も欠かせません。避難計画を全職員に周知徹底し、定期的な避難訓練を実施することで、実践的な対応力を養うことができるはずです。災害時の役割分担も明確にしておく必要があるでしょう。
さらに、設備・備品の整備も重要な対策の一つです。非常用電源を確保し、医療機器のバックアップ電源を準備することが望ましいでしょう。加えて、避難用具として担架や車椅子なども定期的に点検し、いつでも使用できる状態に保っておくことが大切です。
初動対応の重要性
災害発生直後の初動対応は、その後の状況を大きく左右します。迅速かつ適切な対応を行うことで、被害の拡大を防ぎ、復旧活動を円滑に進めることができます。
初動対応における主なポイントは以下の通りです。
1.情報収集と判断
避難の要否判断 被害状況の迅速な把握 関係機関との連絡体制確立
2.利用者の安否確認
各フロアの担当者による点呼 負傷者の確認と応急処置 利用者家族への連絡
3.施設・設備の確認
避難経路の安全確認 ライフラインの状況確認 建物の損壊状況確認
これらの初動対応を的確に進めるためには、事前の体制整備が不可欠です。特に夜間や休日など、職員の配置が限られる時間帯での対応手順を明確にしておく必要があるでしょう。また、地域の消防署や医療機関との連携体制を構築し、緊急時の支援体制を整えておくことも重要です。
さらに、定期的な訓練を通じて、職員一人ひとりが自身の役割を理解し、迅速な対応ができるよう備えることが求められます。日頃からの備えと訓練の積み重ねが、災害時の確実な対応につながるのです。
事業継続のための準備
災害発生後も介護サービスを継続して提供するためには、事前の準備が不可欠です。特に重要なのは、限られた資源でどのようにサービスを継続するかという視点での計画策定です。
事業継続に向けた準備として、まず人員体制の整備が重要となります。災害時の職員の参集基準を明確にし、シフト体制を検討しておくことが必要でしょう。また、被災により職員が出勤できない場合に備え、応援職員の受け入れ体制も構築しておくことが求められます。
次に必要なのが物資の確保です。食料や飲料水は最低3日分を備蓄しておき、医療品や衛生用品も十分な量を準備することが大切です。加えて、非常用電源の燃料も確保しておく必要があるでしょう。これらの物資は定期的に在庫確認と更新を行い、いつでも使用できる状態を保つことが重要です。
さらに、代替手段の検討も欠かせません。被災により施設の機能が低下した場合でも、できる限りサービスを継続できるよう、近隣施設との協力体制を築いておくことが望ましいでしょう。また、施設が使用できなくなる事態に備え、一時避難先の確保や代替的なサービス提供方法についても、あらかじめ検討しておく必要があります。
こうした準備を行うことで、災害時においても介護サービスの質を維持し、利用者の生活を支え続けることが可能となるのです。
介護施設での効果的な避難訓練の実施方法
避難訓練の計画立案
避難訓練は、非常災害時の初動対応を円滑に進めるための重要な手段です。介護施設では、定期的に避難訓練を実施し、その計画を立案することが求められます。
訓練の計画立案における主なポイントは以下の通りです。
1.訓練目的の設定
基本的な避難経路の確認 夜間想定の避難手順確認 各職員の役割分担の確認
2.訓練内容の具体化
避難誘導の方法 利用者の状態に応じた介助方法 避難場所での対応手順
3.実施体制の整備
訓練実施日時の設定 参加者の範囲決定 必要な機材の準備
訓練の計画にあたっては、利用者の状況を十分に考慮することが重要です。特に要介護度の高い方や認知症の方が多く利用する施設では、それぞれの身体状況や理解力に合わせた避難方法を検討する必要があるでしょう。
また、夜間や休日など、職員体制が手薄になる時間帯を想定した訓練も欠かせません。さらに、地域の消防署や近隣施設と連携した訓練を実施することで、より実践的な対応力を養うことができます。計画段階から、これらの要素を組み込んでいくことが望ましいと考えられます。
利用者の状態に応じた避難訓練
介護施設での避難訓練において特に重要なのは、要介護度や認知症の状態など、利用者一人ひとりの心身状況に配慮した避難計画の策定です。寝たきりの方、車椅子を使用される方、医療的ケアが必要な方など、利用者の状態は多岐にわたるため、それぞれの状況に応じた避難方法を具体的に定めておく必要があります。また、夜間や休日など職員体制が手薄な時間帯での災害発生も考慮に入れ、限られた人員での対応手順も確立しておくことが求められます。
認知症の利用者が多い施設では、災害時のパニックを想定した訓練が必要となります。突然の災害発生に不安を感じる利用者への声かけや誘導方法、さらには避難を拒否される場合の対応まで、実践的な訓練を重ねることが大切です。また、訓練時から日頃使用している車椅子やストレッチャーを活用することで、より現実的な避難時間の把握が可能となります。
寝たきりの方が多い施設では、複数の職員による避難介助の連携訓練が重要です。例えば、シーツを使った搬送方法や、担架の使用方法など、さまざまな避難方法を職員全員が習得しておく必要があるでしょう。特に夜間は少人数での対応を迫られることも想定し、二人で行う搬送訓練なども計画に組み込むことが望ましいと考えられます。
医療的ケアが必要な利用者がいる場合は、医療機器の移動手順も訓練に含める必要があります。酸素ボンベや吸引器などの携行方法、バッテリー切れへの対応、避難先での電源確保まで、細かな手順を確認しておくことが重要です。さらに、服薬管理が必要な利用者の投薬情報や、緊急連絡先リストなど、避難時に持ち出すべき情報の確認も欠かせません。
各訓練では、できるだけ実際の災害に近い状況を再現することが効果的です。例えば、停電を想定して照明を落とした状態での避難訓練や、エレベーターが使用できない想定での階段避難訓練なども実施します。予告なしで訓練を実施することも、より実践的な対応力を養うことができるでしょう。
また、さまざまな災害を想定したシナリオを設定することも大切です。 日本総合研究所が実施した調査によれば、高齢者向け施設や事業所の半数以上が、地域を問わず被害を受ける可能性がある台風・水害、地震・津波を想定した避難訓練を実施しています。
一方で、4割以上の施設や事業所では行われておらず、自然災害に特化した訓練を全く実施していない施設・事業所も2割にのぼっています。
避難訓練を実施する際には、地震発生時の避難行動、火災時の消火活動、水害時の避難経路の確保など、それぞれの災害に特有の対応を訓練することが重要です。その結果、実際の緊急時に適切な行動がとれるようになります。
訓練結果の評価と改善点の抽出
避難訓練の実施後には、訓練結果の評価を行い、改善点を抽出することが重要です。こうした振り返りの過程を通じて、より実効性の高い防災体制を構築することができます。
評価のポイントとしては主に以下の項目が重要となります。
1.避難完了までの時間管理
災害発生から避難開始までの初動対応時間 利用者全員の避難完了までの所要時間 各フロアからの避難に要した時間
2.職員の対応状況確認
役割分担の適切性 情報伝達の正確性 利用者への声かけや介助の適切性
3.設備・備品の機能確認
避難器具の操作性 通信機器の動作状況 非常用物資の充足状況
評価結果を踏まえた改善活動では、まず訓練に参加した職員から気づきや課題を収集することが大切です。現場で実際に動いた職員の意見には、マニュアルだけでは気づけない実践的な視点が含まれているかもしれません。また、利用者からのフィードバックも、より安全で円滑な避難方法を検討するうえで貴重な情報となるでしょう。
こうして集めた意見を整理し、次回の訓練計画や防災マニュアルの改訂に反映させていくことで、施設全体の防災力向上につながっていきます。
介護施設におけるBCP策定のポイント
リスクアセスメントの実施
BCP(事業継続計画)とは、自然災害などの緊急事態が発生した際に、事業の継続や早期復旧を可能とするための計画です。介護施設におけるBCPの策定は、2024年4月に義務化されました。
BCP(事業継続計画)を策定するにあたり、リスクアセスメントは欠かせないプロセスとなります。介護施設では、さまざまなリスクを特定し、それぞれの影響を評価する必要があります。
リスクアセスメントの主な確認項目は以下の通りです。
1.自然災害リスクの評価
地震による建物・設備への被害想定 水害時の浸水想定区域の確認 土砂災害警戒区域の把握
2.インフラ被害の影響評価
停電時の医療機器への影響 断水による生活介護への支障 通信網遮断時の連絡体制
3.人的資源の確認
夜間・休日の職員体制 職員の居住地と参集可能性 応援職員の受入れ体制
リスクアセスメントを通じて特定されたリスクは、発生頻度と影響度の観点から優先順位をつけていく必要があります。例えば、施設が浸水想定区域内にある場合、水害対策は最優先で検討すべき項目となるでしょう。また、医療的ケアが必要な利用者が多い施設では、停電対策も重要な検討事項となります。
優先業務の選定と目標復旧時間の設定
介護施設で災害が発生した場合、限られた人員と資源の中で業務を継続していく必要があります。そのため、どの業務を優先的に継続または復旧させるのか、あらかじめ検討しておくことが重要です。
まず最優先となるのは、利用者の生命維持にかかわる業務です。医療的ケアの実施や服薬管理の継続、定期的なバイタルサインの確認など、中断が許されない業務を明確にしておく必要があるでしょう。これらの業務については、災害発生直後から継続できる体制を整えることが求められます。
次に重要となるのが、日常生活の基本となる業務です。食事介助の実施や排せつ介助の提供、最低限の清潔ケアなど、利用者の尊厳を守りながら生活を支える業務が該当します。これらについては、場合によっては一時的に簡略化した方法で対応することも検討する必要があります。
さらに、施設運営を維持するために必要な業務も重要です。職員の勤務調整や物資の在庫管理、関係機関との連絡など、施設全体の機能を維持するための業務を整理しておくことが大切です。
これらの業務について、施設の状況や利用者の特性に応じて、目標復旧時間を設定していきます。例えば、医療的ケアは即時継続が必要な業務として位置づけられるでしょう。一方、入浴介助などは状況が落ち着くまで一時的に縮小することも検討できます。目標復旧時間の設定にあたっては、利用者の心身への影響を十分に考慮し、現実的な時間設定を行うことが大切です。
具体的な対応手順の明確化
BCPを実効性のあるものにするためには、具体的な対応手順を明確にすることが重要です。特に介護施設では、利用者の生命と安全に直結する業務が多いため、誰が、いつ、何をするのかを詳細に定めておく必要があります。
まず、災害発生直後の初動対応について、時系列に沿った行動手順を明確にします。発生から30分以内に行うべき安否確認や避難誘導、1時間以内に実施すべき医療的ケアの継続対応、3時間以内に行う関係機関への連絡など、時間軸に沿って整理することが大切です。
次に、各職員の役割と責任範囲を明確にする必要があります。施設長や各部門の責任者、一般職員それぞれが、どのような状況でどのような判断や行動を取るべきかを具体的に定めておきます。特に管理者不在時の代行順位や、夜間休日の緊急連絡体制については詳細な取り決めが必要でしょう。
さらに、事業継続に必要な設備や物資の使用手順も文書化しておきます。非常用発電機の起動方法、備蓄品の保管場所と使用優先順位、応急処置用品の使用方法など、実際の場面で迷わず対応できるよう、具体的な手順を示しておくことが重要です。
また、BCPは策定するだけでは十分と言えません。社会環境の変化や新たな災害リスクの出現に応じて、継続的な見直しと改善が必要となります。
厚労省は、最新の動向や避難訓練の中で見つけ出された課題を踏まえて、BCPの定期的な見直しを行うことを推奨しています。しかし、 厚労省の調査によると、自然災害BCP策定後の見直しを1年に1回以上行えている事業所は、全体のうち44%に留まっています。
この状況を改善するためには、事業所ごとにBCP見直しの重要性を再認識することが重要です。「形式的なマニュアル」ではなく「実践で活用できる生きた計画」として、定期的な訓練やシミュレーションを通じながら、継続的な改善を図っていく必要があるでしょう。
非常災害対策の課題
本記事では、非常災害時の具体的な対応、避難訓練の重要性、BCPの策定方法について取り上げました。しかし、実際の取り組みの中では、さまざまな課題が生じることが考えられます。
まず、避難訓練の実施の難しさです。介護施設は日常の業務が煩雑であり、人員が不足する中、訓練の時間を十分に取ることが困難です。また、訓練中の事故のリスクが非常に高いことも理由の一つです。特に、認知症の方は訓練と理解できずに不穏になることも考えられます。
また、施設の規模によってライフラインの復旧に差が生じることも課題となっています。実際に、台風15号の被害では、透析患者を受け入れている大きい施設では優先的に電力が供給されました。一方、小さなデイサービスなどでは電気・水道がない中で、営業できない状況が続きました。
こういった事態を防ぐためにも、それぞれの介護施設で非常災害対策を実施することに加えて、自衛隊や消防、国や自治体といった、外部機関との連携体制を強化することが求められます。
これにより、災害時の迅速な支援や情報共有が可能となり、被害拡大の防止につながります。特に、小規模施設においては、地域の他施設とのネットワークを強化し、相互支援の枠組みをつくることが大切です。