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【万太郎の喫茶と定食ノスタルジア】菓子メーカー勤務から独立してカフェオーナー「珈琲と焼菓子 トナカイホテル」の賀来国博さんのお話(南区・清水)

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南区清水に2023年4月にOPENした小さなカフェがある。店名は「珈琲と焼菓子トナカイホテル」。店名に「ホテル」という文字が入ってるので、初めて聞いた人は「ホテルなの?」と思うに違いないが、さてさてどんなお店なのだろう。僕は店がオープンして1か月半くらいした頃に知人に勧められて行ってみて、その後ここのカヌレに惚れ込んでちょいちょい通っている。今回は店主である賀来国博さんに開業に至るまでの話を聞いてみた。

菓子メーカーに就職

珈琲と焼菓子トナカイホテル」店主の賀来さんは1970年福岡市生まれ。小さい頃は絵を描くことが好きな少年だったそうだ。高校時代は学問に対しては無気力でやる気のない生活を送っていたらしいが、それでもなんとか2浪して大学に進学したそうだ。大学時代はバイクを楽しんだりアルバイトでレストランで働いていたという。ちなみに現在お店を手伝ってくれている奥様とはこのレストランで知り合ったそうだ。

大学卒業して新卒で福岡の菓子メーカーに就職した賀来さん。入社後は店舗マネージャーやエリアマネージャー、通信販売、ブランディング、商品開発などを担当。福岡を中心にのちには北海道や東京へも勤務した。商品開発に関しては特に力を入れており、シェフが納得してやる気を出してもらうことで、今よりさらに良いものを製造できると考え必死で頑張っていたそうだ。

賀来さん 商品開発の仕事では試作品の作り直しを何度も何度もお願いして夜中までかかることもありました。シェフや現場の人が本気になってくれると良い商品が生まれて、それによって販売スタッフの力がさらに引き出される。その結果お客様に喜んでいただけて売上アップにもつながりますからね、とにかくシェフの本気を引き出したかったんです。

ー 営業のマネージャーとしての仕事はどんな感じだったんですか?

賀来さん 業績の悪い店舗やエリアの立て直しに配属されることも多く、その度に改善に向けて本気で仕事しました。立場上、販売と製造のどちらのスタッフにも嫌な事をたくさん言わなきゃいけなかったので、嫌われ役になることもあります。それでも全員の頑張りが無ければ数字は上がりませんので、人に気持ちよく動いてもらうにはどうしたら良いかということを常に考えていました。

ー 仕事に生きがいを感じていた昭和世代のビジネスマンという感じでしたか?

賀来さん 趣味は仕事だと思って働いていました。ゴルフもギャンブルもしません。敢えて仕事以外に趣味を持たないようにしてました。仕事が趣味を兼ねてると思って働くと楽しいからアイデアも出やすくて自分的には効率の良い時間の使い方です。コツをつかんでそこそこの結果が出るようになって「立て直し請負人」みたいな役割になっていたと思います。今思えば僕より何枚もうわての上司に僕自身がその気にさせられていただけのことだと思いますけどね(笑)今は趣味は仕事なんて言えません。上司にも部下にも恵まれていたからそんな働き方ができたんだと思います。

長年勤めた菓子メーカーを退職

― そんなやりがいのあるサラリーマン人生だったのに退職することになるきっかけは何だったんですか?

賀来さん 親会社がどんどん成長して次々に入社してくる管理職のプロみたいな百戦錬磨の猛者たちの能力を見るうちに自分の限界を感じたのかもしれません。正直に言ってこの会社のトップになることを目標に頑張ってきた部分もあったので……。自分でお菓子を作ってもいないのに理想を追求する自分がいる、かと言って企業の経営者の器でもないと思った時、ここに居ても活躍する場はいずれなくなるだろうと思ったんです。

ー 何歳の頃ですか?

賀来さん ハッキリ覚えていますが47歳の時でした。退職して別の新しい道を目指そうと自分の中で結論を出しました。子供たちももう数年で社会人になる年齢になったので、自分の60代~70代を見据えた時にちょっと最後に自分の人生を冒険してみるのも良いかなとも思ったんです。

賀来さんは退職後に、珈琲専門店の事務方として経験を積んだ後、52歳の時に独立することになる。

スコーン

「トナカイホテル」の開業

賀来さん いままでは周りのみんなの力で仕事を進めることができていたという自覚が強かったので、今回は人の力をなるべく借りずに出来ることは全部自分でやろうと思って店作りに取り掛かりました。店舗デザイン、ロゴデザイン、ホームページ作成、商品開発、もちろんお菓子づくりまで。店舗工事もカウンターやテーブル、本棚など自分で出来る部分は自分で作りました。

― ご家族やお友達に意見を聞いたり、お菓子の味見をしてもらったりもしなかったんですか?

賀来さん ほとんどしてもらってませんね。とにかくひっそりひっそり開業しようと思ってました。昔の同僚に菓子作りのアドバイスをもらうようなこともしませんでしたし、開業したこともしばらくは伝えてませんでしたね。ヘミングウェイの「老人と海」という小説が大好きなんです。周囲の目を気にせずに一人で何かを成し遂げること、年老いた男の孤独と誇り高い尊厳みたいなものを感じたんですよね。今回の開業は僕にとっての「老人と海」みたいなものなんです。

ー オープンまではすんなりことは進みましたか?

賀来さん とんでもない。店舗の形がほぼ出来てからも一人で商品の試作を繰り返してました。長年の仕事上の経験からこういう味にしたいという具体的なものはあったんですが、お菓子作りの知識も技術もないから自信が無くて。ある日お隣の「グリルボブソン」のマスターに「まだオープンせんとね?うちのお客さんがみんな楽しみに待っとるよ」と言われたんです。それで決心して4月24日にOPENと公表しました。オープン日を決めてからはさらに不安の日々が続きました。緊張で情緒不安定になってたと思います。未経験者が一人で創業する緊張感は今までの仕事の中でも経験したことのないものでした。

「トナカイホテル」の商品

開業して2年ちょっとでカフェとしても焼菓子専門店としてもすっかり人気店になった「トナカイホテル」だが、どういうお店を目指して開業されたのだろうか。

賀来さん この店を開業した後、60代、70代になった自分を想像した時、「カヌレおじさん」になるという設定をしました。毎日カヌレを焼くおじいさん。ちょっと外国っぽいしカッコいいじゃないですか。それにカヌレってあの形が好きなんですよね。そしてカヌレという商品はここ10年くらい認知度も上がってきているので、「なにそれ知らない」とはならないだろうと思ってカヌレに決めました。

看板メニューのカヌレ

僕も大好きなここのカヌレ。その他にも数種類のチーズケーキからチョコレートケーキ、タルト、スコーン、フィナンシェ、ウイークエンドシトロンなどが用意されている。特に人気なのはダークチェリーバスクチーズケーキだが、どれも平均的に売れているのそうだ。またケーキや焼き菓子のテイクアウトのお客さんが多いのも特徴だ。

コーヒーは東区に本店がある「Basking Coffee」の豆を使用しており「フカイリ」(深煎り)と「サワヤカ」(浅煎りの爽やか)を用意。またカフェオレやジュース類から、カフェイン抜きのデカフェのコーヒーも用意されている。

ダークチェリーバスクチーズケーキ

洋梨と紅茶のタルト

「トナカイホテル」という店名について

ー ところで皆さんが疑問に思っているであろう「トナカイホテル」という店名の由来について教えてもらえますか。

賀来さん 退職して独立後の店名をずっと考えていて最初は「トナカイ」という言葉が浮かんだんです。クリスマスというと昭和の若者にとっては一年で一番ワクワクする日じゃないですか。それで何かクリスマスを連想する言葉で、と考えて「トナカイ」を思いついたんです。4文字という単語も覚えやすいし。

ー だったら「トナカイコーヒー」とかになりそうですよね。

賀来さん そうなんですよ。「トナカイコーヒー」にしようと思ったんですが、創業の準備に時間がかかっている間に「トナカイコーヒー」というお店が佐賀市にオープンしてたんですよ(笑)。使えなくなってしまったと思って、じゃあどうする。でも「トナカイ」は使いたいということで考えたのが「トナカイホテル」でした。「ホテル」ってなんとなく良いイメージがあるじゃないですか?カヌレを推していきたいと思っていたので、外国のイメージやちょっとリッチなイメージもあるし、逆に「ホテル」ってどういうこと?というのも面白いかなと思って。「トナカイホテル」ってカタカナで外国語っぽいけど誰もが知ってる単語で覚えやすいですしね。村上春樹の「羊をめぐる冒険」という小説に通称「いるかホテル」というのが登場するんですよ。それのイメージも僕の頭の中にあったのかもしれません。

ー なるほど、「ホテル」ってイメージは良いですよね。ホテルの焼菓子って聞くと尚更美味しそうです(笑)。でもまさにホテルと間違われたりしませんか?

賀来さん まさに何屋さんなのか分かりにくいと思って、店の看板には一番目立つように「COFFEE」の文字を書いたんです。だから「ホテル」がついた店名ですが、実際に店を見た人には素直にカフェだということを認識できるようになっていただいてるようですね。

ー さすが、客目線で店舗運営を数十年やってきた賀来さんならではの知恵ですね!

左が「トナカイホテル」、右は仲良しの「グリルボブソン」

将来について

高校生時代に無気力な生活をしていた少年だったが、就職してからは一変して仕事が趣味だというほど必死に頑張って働いてきた賀来さん。52歳にして今度は自分の城をもって新しい人生を進みだした。そんな賀来さんに将来のことについて聞いてみた。

賀来さん 将来ですか?このままずっと学び続けていくことですかね。美味しいお菓子と言っても人によって味の感じ方は違いますから、とにかく僕が美味しいと思うお菓子を色々作れるようになっていくことは大前提です。その結果として「美味しかったです!」とか「また食べたくて来ました」というようなお声をもらえると嬉しいですね。今年で55歳ですが、これからも日々修行です。そうやって続けていればいつか「カヌレおじさん」になれると思います。

と語る賀来さん。見た目はふんわりとして力強さや派手さはないが、芯がしっかりとしていて考えが深い人だなと感じたインタビューだった。特にマーケティングについては常に現実的な視線で物事を考えて行動しているのだなぁと感心させられることが多かった。賀来さんの口から経営学者の故ピーター・ドラッカー氏の名前が出てきた時にはびっくりしたと同時に逆に腑に落ちた。

賀来さんが書いている店のInstagramは、面白い文章で読んでいてニヤけてしまうと僕の周りのマダムたちにも人気なのだが、実はそこには読み手に気づかれないような賀来さんなりのマーケティングの仕掛けがあるのだと深読みするとなおさら楽しく読めてしまう。

まあそんな屁理屈は良いとして、美味しい焼菓子と珈琲がある「トナカイホテル」。南区清水の裏通りを通りかかった時に寄ってみられてはいかがだろうか。今回は一緒に働かれている奥様についての話は掘らなかったがとても魅力的な女性なのだ。店に入るとそんな奥様が素敵な笑顔で迎えてくれるのもお客さんにとって楽しみのひとつになっているのは間違いない。

2025年8月時点のメニュー表

珈琲と焼菓子 トナカイホテル
福岡市南区清水4-8-1 岡部ビル102
092-555-3009

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