青森しあわせ紀行 その10③十三湖なのに14個
(前回:野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10①」承前 熱燗とストーブ)
この朝、五所川原駅近くのホテルを出て、道の駅「十三湖高原」に向かった。そこに至る国道339号線は前日同様、車がほとんど走っていない。人家もまばらだ。すると左手に突然大きな建物が姿を現した。目的の道の駅だ。
広い駐車場はがら空き。平日の午前中だからだろうか。中のレストランでコーヒーでも飲もうかと思って入ってみると店内もすいている。レストランを探してきょろきょろしていたら、従業員の女性から声がかかった。
「すいません。今日はレストランの定休日なんです」
それは残念。飲食店が少ない地域の場合、道の駅のレストランは観光客や仕事で訪れた人々だけではなく、地元の住民にとっても重宝な食事の場だ。社会インフラのような存在かもしれない。だからレストランが休みの日は道の駅の客が減るのはわかる。
国道に面してモニュメントのような塔がたっていて、牛の像が迎えてくれる。振り返れば道の駅の玄関の上は牛の顔をデザインしたものだ。この辺りは市浦牛というブランド牛の産地なのだ。同じ五所川原市でも金木近辺は馬肉文化、旧市浦村は牛肉文化と分かれている。
道の駅を後にして十三湖大橋に向かった。この橋の下に湖の切れ目があって日本海とつながっている。渡り切ったところに目指す十三漁業協同組合の事務所があった。総務課長の渋谷祐一郎さんにお話をうかがった。以下はその要約。
シジミは一年を通して獲れるが旬は産卵前の土用のころと1月後半の寒シジミの時期。4月10日から10月15日までは舟で漁をし、それ以外の時期は浅瀬に入って獲る。7月10日から8月21日までは禁漁。十三漁協には105人の漁師が属しており、ほかの漁協と合わせると1日10トンほどの漁獲量がある。出荷は県内7対県外3の割合だ。隣に荷捌き場があり、午前6時から9時までの間に、漁師が規定に従って大中小に分けたシジミを10キロ単位でネットに入れて持ち込んでくる。ネットには漁師に振り分けられた番号、サイズ、重量を書いた紙が添えられている。午後から地元や県内の仲卸業者が落札に訪れ、買い取っていく。遠隔地の業者向けに電話入札もある。
そんなことを教えてもらって荷捌き場をのぞいてみた。次々に軽トラがやってきて漁師たちがシジミを運んでは並べている。それは静かな作業だ。少し離れた場所に何艘かの舟が肩寄せ合うように並んでいる。
手がすいたらしい漁師に聞いてみた。
「あれはシジミを獲るのに使う舟ですか?」
「そうだよ」
いまは舟を使わずに漁師が冷たい湖に入って手作業でシジミ漁をする期間だ。冬の津軽の雪はすさまじいものがある。横殴りの吹雪の中で、上半身に雪を積もらせながら、鋤簾(じょれん)を操る漁師の姿が浮かんだ。
さて、昼時になった。漁協の数軒先にある「元祖しじみラーメン和歌山」に入った。店内は広い。上の階は民宿になっている。メニューは豊富だが、目当ては当然しじみラーメンだ。シジミの大きさによって「大貝」(税込み1300円)と「中貝」(同900円)がある。貝のサイズを比較するために両方を頼んだ。
シジミを煮たスープに昆布のうまみが混じって、塩味でまとめている。具はシジミ、メンマ、ワカメ、ネギ、中央にゆで卵。スープを啜れば濃厚なシジミエキスの味がする。それが細い麺にまとわりついて胃の中に入っていく。ゆで卵の黄身が崩れてスープに溶け、その辺りをすくって飲んだ。
シジミの身を箸でつまんで口に入れ、殻を小皿に放り込む。「中貝」を食べ終わって数えてみたら14個あった。十三湖なのに14個か。
東京のスーパーで青森県産と表示したシジミは何度か見た。しかし十三湖産とか小川原湖産と書いたものには出合わなかった。ところが福島県郡山市のスーパーで初めて十三湖産とはっきり書かれたシジミをみつけた。
砂抜きして翌朝の味噌汁の具にした。なんだかうれしかった。
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
あわせて読みたい記事
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行」シリーズ(①〜⑤)
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8」シリーズ(①〜④)
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その9」シリーズ(①〜②)