水族館の水槽にいる「サンゴ」は本物ではない? ダミーを使う理由とメリットを解説
日本の水族館では、サンゴ礁に生息する魚が多く飼育され、その水槽にはサンゴが設置されています。チョウチョウウオがサンゴを食べることで知られていますが、水槽内のサンゴは問題ありません。実は、多くの場合で使用されているのは死んだサンゴや人工的に作られた偽物のサンゴだからです。
(アイキャッチ画像提供:椎名まさと)
サンゴ礁の魚を飼育している水槽
水族館で人気がある水槽は「海獣」「サメ」「チンアナゴ」といったスター生物の飼育されている水槽ですが、色鮮やかな色彩をした熱帯のサンゴ礁に生息する魚たちが飼育されている水槽もカラフルであり、こちらも人気が高いといえます。
サンゴ礁の魚を飼育する水槽は多くの水族館で複数あり、少なくともひとつが多くの魚(あるいは大きな魚)を飼育する水槽、ほかに数か所は小さな水槽があり、大きな水槽では見えにくいマクロな生物(というか、大型水槽では他の魚に食べられやすい生物)が飼育されていることが多いです。
前者の水槽においては、水槽内にあるサンゴの枝の間をスズメダイの仲間やニザダイの仲間、ベラの仲間が合間を縫うようにおよぎ、チョウチョウウオの仲間がサンゴをつついています。しかし、チョウチョウウオにつつかれているサンゴは大丈夫なのでしょうか?
魚の多い水槽のサンゴは多くが「偽物」
実は水族館の水槽で飼育されているサンゴのうち、魚が多く飼育されている水槽のサンゴは死んで骨格だけになったサンゴを塗装したものか、樹脂などでできた「偽物のサンゴ」であることが多いのです。
水族館のサンゴ礁水槽では華やかなイメージを出すために多くの魚を入れていますが、魚を多く入れると当然ながら必要な餌の量が多くなり、それに比例するように排せつ物の量も多くなってしまいます。
魚の排せつ物や残餌などはやがて魚にとって猛毒のアンモニアに変わり、やがて生物ろ過により亜硝酸塩、硝酸塩に分解されます。硝酸塩にまで分解されれば魚は(さほど神経質な魚でなければ)大丈夫なのですが、サンゴはこの硝酸塩の蓄積にすら弱いといいます。
そのため、水族館の水槽では、偽物のサンゴを使っていることが多いのです。
他にも、魚が多く飼育されている水槽の中にはチョウチョウウオ科の魚や、キンチャクダイ科の魚も飼育されていることが多いことが理由に挙げられます。
これらの魚は見た目が美しく見栄えがするということでよく入れられるのですが、サンゴを食べてしまうことも多く、飼育されているサンゴにダメージを与えてしまうので、生きたサンゴの入った水槽には入れられないことが多いです。
生きたサンゴを避ける飼育状況
そして近年はサンゴ礁の魚の水槽にハタ科やフエダイ科、ウツボ科の魚も飼育されていることがありますが、これらの魚は力が強いため、サンゴ水槽で飼育するとサンゴをひっくり返すこともあります。
そうなるとやはりサンゴは弱ってしまいますので、それらの魚が入っている水槽にはサンゴはあまり入れられないということになります。
「ホンモノ」のサンゴを飼育する水族館
サンゴの飼育はかつては非常に難しいものとされていましたが、1970年代以降、サンゴを飼育する水族館も多数出現しました。
有名なのがモナコ海洋博物館で考案されたいわゆる「モナコシステム」というもので、このシステムは底砂を厚く敷いて、そのなかに「プレナム」と呼ばれる空間を用い、有酸素と無酸素の域をつくり、有酸素域で硝化作用、無酸素域では還元(脱窒)作用によりアンモニア・亜硝酸塩から分解された硝酸塩を亜酸化窒素と窒素ガスに還元される、というシステムです。
このシステムや、プロテインスキマーを使用したベルリンシステムの普及により、サンゴは水族館はもちろん、家庭でも長く飼えるようになりました。
サンゴの本物・偽物の見分け方
その水槽で飼育されているサンゴが本物かどうかは、魚の種類や数を見るとわかります。
魚の数が少な目になっている、または小型の魚が中心で、飼育されている魚もベラ科やスズメダイ科、ハゼ科の魚が多く、サンゴのポリプを食するチョウチョウウオ科の魚がほとんど見られないかどうか。これによって水槽内のサンゴが本物か偽物か、ある程度判断できます。
もちろん例外もあり、例えば沖縄美ら海水族館のサンゴ水槽には、本物のサンゴを飼育している水槽の中にもアミチョウチョウウオやミナミハタタテダイなど大型のチョウチョウウオが悠々と泳いでいました。
環境教育と結びつけられるサンゴ飼育
現在、サンゴはとても貴重なもので、イシサンゴはワシントン条約によって国際的な取引に規制がなされる時代となりました。
しかしながら取引に規制がなされても、そのサンゴを取り巻く事態は好転したとはいえず、サンゴは高水温により白化したり、あるいは周辺の開発により土砂が海に流出、サンゴが死滅するなどし、これらサンゴが集合したりすることでつくられたサンゴ礁も当然ながら危険な状態にあります。
したがってサンゴ飼育においても、変革が求められる時代が到来したということになります。水族館でも、サンゴの飼育がいかに難しいか、あるいはいかにして守るべきかを示すパネル展示も多く見られます。
今後はサンゴの飼育において、繁殖が成功している水族館から、ほかの水族館や一般的なアクアリウムへの販売や譲渡が行われるでしょう。「飼育しているサンゴを海に植えたらいいじゃないか」と思われる人もいますが、それは教育とは結び付けにくいところがあります。
というのも、水族館やホームアクアリウムのサンゴ水槽では世界中様々な場所に生息している魚やサンゴ、そのほかの無脊椎動物が集まっているのですが、それらの卵や寄生生物、伝染病を招く細菌などがサンゴに付着していることがあると、海の中に植えた後にあっというまに広がってしまうおそれがあります。
もちろん公的な団体などが行っているサンゴ礁再生事業では、ちゃんとそのあたりは対策していると思われますが、素人が真似て飼育しているサンゴなどを勝手に海に植えたりする可能性もあるため、よくありません。
参考文献
Sprung J..2000. ジョベール方式、“モナコシステム”の定義と洗練 全編. マリンアクアリスト No.16.マリン企画.
<椎名まさと/サカナトライター>