何もせず、ただ静かに座る時間。1日の中にありますか?【内田恭子さんとはじめる「マインドフルネス」】
内田恭子さんの「ここからはじめるマインドフルネス」
NHK『すてきにハンドメイド』テキストでは、フリーアナウンサーとして活躍を続ける内田恭子さんによる心ゆるむ「マインドフルネス」エッセイを好評連載中。
コロナ禍でマインドフルネスに出会い、その魅力を伝えたいと、マインドフルネストレーナーとしての活動をスタート。暮らしにマインドフルネスを取り入れて、いつも頑張る頭や心、そして体を少し休めたい。そんな方たちに、連載を通じて役立つ気軽なスキルをお届けします。
連載第8回をWEB特別版として公開します。
#8 ジャパニーズ・マインドフルネス
茶室のにじり口(小さな出入り口)を入ると、香り立つ白檀(びゃくだん)のお香。そして、その先には床の間があり、亭主のもてなしの心を伝える掛け軸、季節を感じる花入れ、お香入れが並びます。それらを拝見していると、「松風」と呼ばれる、お湯が煮え立ちお釡がシュンシュンと鳴る音が耳に入ってきました。五感をフルオープンにして感じるジャパニーズ・マインドフルネスの始まりです。
日本には茶道、華道、香道、柔道、剣道など、「道(どう)」がつく伝統文化があります。日本で生まれ育っていると、一度は何か体験したことがある方も多いのではないでしょうか。その「道」が海外ではジャパニーズ・マインドフルネスとして、とても尊重されています。マインドフルネスのベースに禅の要素があることを考えると、禅の精神が息づく「道」は、たしかに立派なマインドフルネスといえます。
茶室の掛け軸では、禅の教えを短い語句に凝縮した言葉「禅語」をよく目にします。禅語というとなんとなく、お説教くさいものと思ってしまいがちです。でも、実際は難しい解説は抜きに、そのままを味わってもいいものです。
アートもそうですよね。自分の感性で好きとか、おもしろいとか感じて、そこから自由に想像をふくらませ、楽しむことができる。ちなみに、掛け軸もアートとしてとらえると、おもしろいものがたくさんあります。
今年の夏、暑い中お茶室に入るとそこには「瀧」と一文字書かれた掛け軸が。その「瀧」の文字がまるで高いところから水が落ちていくように、長く縦に書かれているのです。昔のお茶室にはもちろんクーラーなどありませんでした。暑い日に、わざわざお茶にいらした方が少しでも涼やかな気分になりますようにと、亭主が選んで掛けたその掛け軸。見ているだけで、ザーッという滝の音が聞こえ、今にも水しぶきが飛んできそうな気分になるのです。
数ある禅語の中で私が好きな言葉のひとつが「閑座(かんざ)」。これは、静かに心穏やかにただ座っているということ。お茶室に静かに座っていると、先ほどの「松風」が聞こえてきます。足袋が畳にすれる音、着物のきぬずれの音、ひしゃくからお湯が注がれる軽やかな音、障子を優しく揺らす風の音、そして静けさの音。ふだん気がつかない音にたくさん出会うことができます。
音だけではありません。人間には五感というすばらしい感覚があり、心を落ち着けて座っているとその五感をすべてを使って、空間を味わえます。なんともぜいたくな時間。また、五感を刺激することは脳の活性化、集中力や記憶力の向上、美的感覚の向上、創造性の向上などにもつながるという研究もされています。
なによりも、ただ座っていることで、自分自身と向き合うことができるのです。自分がどんなことを感じ、考え、思っているのか。何にも邪魔されず、じっくりと自分自身との時間を過ごせます。
でも残念ながら、ただ座っているだけでは時間のむだとも思われる今の時代。限られた時間を有効に使う効率化が重視されがちです。けれども、その効率化によって生み出された時間を私たちはどのように使っているのでしょうか。
ダラダラと仕事を続けたり、無意識にスマホをいじったり、夜遅くまで配信動画を見続けたり……。身に覚えはありませんか? 私はあります(笑)。皮肉にも、生産性のない時間を作り出すための効率化になっていることがよくあります。私のマインドフルネスの恩師は瞑想(めいそう)を「just breathing(ただ呼吸をすること)」と言います。これは、ただ静かに呼吸をしているだけで、気がつくことがたくさんあるということ。まさに閑座ですね! 効率化の時代だからこそ、緩と急、動と静などのバランスをとるためにも、閑座が必要なのかもしれません。
日本人は昔から、この「道」の精神によって、自分自身と向き合う時間を作ってきました。その心は、文化として私たちに伝えられてきました。型や所作を学び、それを日々実践し続けることによって、教えられるのではなく自分自身で、その本質に気がついていくことが、「道」の道とされています。「道」をただ堅苦しいものとして終わらせないためにも、その奥にある意味に私たちが気づき、それを後世に、世界に、伝え続けていきたいものです。
◆トップ写真・プロフィール写真提供/内田恭子
◆バナーイラスト/山本祐布子
プロフィール
内田恭子(うちだ・きょうこ)
フリーアナウンサー、マインドフルネストレーナー。慶應義塾大学を卒業後、フジテレビアナウンス室に入社。退職後、フリーアナウンサーとして活躍するかたわら、マインドフルネスに出会う。ヨーロッパ最古のマインドフルネスセンターであり国際基準となっているIMA(Institute for Mindfulness-Based Approaches)認定MBSR・MBCT-L(Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Life)講師。日本マインドフルネス学会正会員。
内田さんが主宰する「kikimindfulness」
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