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市川中車が歌舞伎の世界で10年目へ~『あんまと泥棒』の見どころを語る、『七月大歌舞伎』取材会レポート

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市川中車

市川中車が、2021年7月4日(日)に東京・歌舞伎座で開幕する『七月大歌舞伎』に向け、取材会に出席した。中車は第一部で『あんまと泥棒』と『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』に出演する。歌舞伎界に入り丸9年。本公演の意気込みとともに、映像と歌舞伎のスイッチ、世話物と時代物への姿勢、そして歌舞伎の醍醐味を語った。

■『あんまと泥棒』4度目の秀の市

『あんまと泥棒』は、盲目のあんま・秀の市(ひでのいち)の家に、泥棒の権太郎が押し入るところからはじまる。中車が勤めるのは、秀の市。

「初役で演じた時は、約45分も目をつむったままとはどのような世界だろうと思いました。相手の言葉の間(ま)を耳で捉えることになりますから、聴覚の感度を高くして役を勤めます」

この役を勤めるのは4回目となる。

「はじめて拝見した『あんまと泥棒』は、1991年に中村嘉葎雄さんが秀の市をお勤めになった時の映像でした。まさにお手本にしなければならない秀の市で、それを目指したはずが、過去の自分の映像を見ると……。歌舞伎らしくしなくてはと、力が入っていたのかもしれません。嘉葎雄さんの飄々とした感じ、リアルな雰囲気をもう一度勉強したいです。あえて笑いにもっていこうとせず、この芝居が持つ面白みを素直に出すことを目指します。一人暮らしの座頭が泥棒にはいられたと言う状況を、写実にやれたらと思います」

■猿之助との間、松緑との間

初役は2015年5月の明治座。いとこの市川猿之助が、泥棒の権太郎をつとめた。

「四代目(猿之助)とは、2014年の巡業公演の『一本刀土俵入』で、初めてしっかりと舞台で絡ませていただきました。その時、血縁の呼吸は似ていると感じました。このセリフはこの間で来るな、といったこところが分かるんです。『あんまと泥棒』でも、自然と間があったように思います」

市川中車

今回の権太郎は、尾上松緑。2018年12月の歌舞伎座以来、2度目のタッグだ 。

「松緑さんとやらせていただいた時、四代目の時とは違う間でお客様の笑いが起き、不思議に思ったことを覚えています。間の違いから、泥棒と秀の市の差異が際立ち、その意味では松緑さんとの『あんまと泥棒』に、この作品の本質的なものが出ているように思えます。松緑さんは、素は真面目で人が良く、面倒見の良い方です。お芝居に関して厳しくご指導されることはあるとは思いますが、僕からしたら、いい人! という感じ。泥棒の権太郎の本来の人の良さをお持ちです。今回、もう一度目をつぶった秀の市として、松緑さんの心の息づかいを感じ、勤めたいです」

もう一作『蜘蛛の絲宿直噺』は、2020年11月に歌舞伎座で上演され好評を博した演目だ。猿之助が女郎蜘蛛の精など6役早替りで勤め、それに対峙する源頼光を中村梅玉が、忠臣である四天王の渡辺綱を中車が勤める。

「四代目の息づかい感じながら、やらせていただきます。4月に『小鍛冶』をご一緒した延長で、お声がけくださったと思っています」

■4月の『小鍛冶』は、かけがえのない瞬間に

ここで話題にあがった『小鍛冶』は、澤瀉屋の芸『猿翁十種』に選定される演目だ。猿之助と中車による24年ぶりの上演が話題となった。中車の父・猿翁と猿之助の父・段四郎でも上演されている。

「四代目に引っ張っていただき、勤めることができました。新歌舞伎といわれる書き物でも、ここまで芯となるお役をいただけるとは思っていませんでした。ただ中車という名前の大きさを考えれば、それを通らなければ、歌舞伎の世界に入ったことにはならない作品もあると思います。折を見て、四代目の方から役を与えていただき、やらせていただく中、丸9年で『小鍛冶』。先輩方には数ある演目のひとつかもしれませんが、僕にはかけがえのない瞬間になりました」

中車は、伝説の刀職人の役を勤めた。刀を鍛える場面では、ふたりが舞台上で実際にトンテンカンテンと音を鳴らす。残音の関係で、上手側と下手側で音がズレて聞こえてくるという。

「あれほど稽古したのに、本当に難しかった! それを間違えていないかのように、フォローし合うんです。痺れましたね(笑)。2日目に、僕が思いもよらないところで打ってしまった時は、四代目が相槌を打ちながら“ええ~っ!?”って言うんですよ。だから僕も、上手と下手を入れ替わる瞬間に、”スミマセン!(早口!)”って。父とおじの時にも、きっと2人にしか分からないやり取りがあったのだろうと想像しました。今後、何度も重ねていきたい演目のひとつです」

■映像と歌舞伎、世話物と時代物

「香川照之」として、説明不要の人気俳優でもある中車。映像作品と歌舞伎の舞台でスイッチの切り替えはあるのだろうか。

「映像作品は、慣れや経験もあり、スイッチの感覚もなく無意識に入れます。歌舞伎は、基本的に体力です。スイッチでどうというものではなく鍛錬だと思っています。身体を器に、発声にも足腰を支えに肉体を楽器にして勤める。日々考えながら向かい続ける、一生の鍛錬ではないでしょうか。なかなかまだ上手くいきませんが、とはいえ9年が経ち、そうも言っていられません。年齢を重ね、時間はなくなっていく中、以前よりも、苦しさや迷いを感じることは増えた気がします」

この9年で役の幅も広がった。時代物と世話物、それぞれへの思いも訊いた。

市川中車

「世話物は、時代物の型のような拠り所がない分、非常に難しいです。やればやるほど、時代物を経ていない歌舞伎役者が世話物をやることの課題が噴出します。一方で時代物には、決まり事が多く、大変な量の稽古が必要になります。ただ、楽だという意味では決してなく、稽古の時間を絞り出せるなら、時代物の方が安定したものをお出しできるのではと思います。今は世話物も時代物も、大変に難しい段階です。それでも一つひとつの舞台を経験していくしかありません。会心と思えるものが何ひとつない中でも、この年からでも出るしかない」

■9年たった今も変わりません

そんな中車にとって、歌舞伎の面白さとはどこにあるのだろうか。

「個人的な意味においては、“生きている実感がある”ということです」

2012年6月、『小栗栖の長兵衛』で初めて歌舞伎の舞台に立った。つづく幕では『口上』で、皆が列座する後ろに、50回忌追善の初代市川猿翁と三代目段四郎の写真が掲げられた。

「長兵衛がむしろに巻かれ、横倒しに放り出される場面があります。10分ほど寝転がったまま、(客席からは見えない)幕の上に準備された祖父と曾祖父を見つめていた時、“ああ、今生きているな”と初めて感じました。その実感は、今も変わりません。『小鍛冶』では、いとこ(猿之助)と相槌を打ちながら、先の猿翁さん、中車さん、段四郎さんが舞台にいて、聞いてくれていると感じられました。映像の方がカタチに残ると言ってくださる方も多いですが、実感が残るのは、日々の舞台の方。うちは先祖を何代ふり返っても歌舞伎役者です。その血が流れていることを感じます。子どもの頃から歌舞伎をなさっている方々は、当たり前に思われるかもしれないけれど、どの家もそれを背負って舞台に立っていると思うと、不思議な気もします。歌舞伎の世界で9年が経ち、一層重みを感じるようになりました」

『あんまと泥棒』、『蜘蛛の絲宿直噺』は、7月4日(日)より29日(木)千穐楽まで、歌舞伎座で上演される。客席の利用率は50%。オリンピックの時期とも重なる。

「歌舞伎座という劇場で、毎日、粛々とやらせていただきますが、どれだけブレずにやれるかではないでしょうか。たしかに客席は50%の使用率です。ですが、そういったことに関わらず、自分の100を出すことを目指し勤めさせていただきます」

市川中車

取材・文=塚田史香

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