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劇場アニメ『ひゃくえむ。』公開記念対談! 魚豊さん(原作)×岩井澤健治さん(監督)が語る“走ること”と“生きること”

アニメイトタイムズ

写真:アニメイトタイムズ編集部

昨年秋から今春までアニメが放送されて話題になった『チ。―地球の運動について―』の原作者、魚豊(うおと)さんの原点とも言われる『ひゃくえむ。』がついに劇場アニメになって、2025年9月19日より全国公開!

生まれつき足が速く、小学生の頃から全国大会に出場し、注目されていたトガシ(CV.松坂桃李)と、小学6年生の頃に転校してきて、現実を忘れるために闇雲に走っていた小宮(CV.染谷将太)。トガシが小宮に走り方を教えるようになったことをきっかけに、大人になるまで100m走に青春や人生を懸けていく――そんな生々しくも熱い人間ドラマです。

映画の完成を記念して連続対談企画をお届けします。第一弾は原作者の魚豊先生と今作を手掛けた岩井澤健治監督です。岩井澤監督は約7年をかけて1人で手描き長編アニメ映画『音楽』(大橋裕之さん原作『音楽 完全版』)を公開すると一躍話題になったクリエイターです。二人のクリエイターが交わった『ひゃくえむ。』について語っていただきました。

 

 

【写真】『ひゃくえむ。』魚豊×岩井澤健治が語る「死ぬと思って描いた」原作と、映像だからできた生々しさ

映画を観た魚豊先生は感性の描写のすごさと生々しさに感動!

──お互いの作品をご覧になった感想をお聞かせください。

監督 岩井澤健治さん(以下、岩井澤):地元の書店に魚豊さんの『チ。』が平積みされていて、表紙が他のマンガにはないデザインやタイトルの奇抜さに「このマンガ只者ではないな」と気になりました。程なくして『チ。』がおもしろいという評判を耳にするようになり、コミックスが3巻まで発売されたところでまとめて買いました。読んでみたところ、おもしろさと新しさを感じて、「描いたのはどんな人なんだろう?」と思って、いろいろ調べていくと20代前半ということを知って驚きました。そして「他に何を描いているのかな」と思って調べたら『ひゃくえむ。』という陸上をテーマにした作品で。なので今回のお話をいただく前から魚豊さんの作品に興味を持って読んでいました。

 

 
原作 魚豊さん(以下、魚豊):僕は『音楽』が公開されたことは知っていました。タイミングが合わず当時は映画を観ることはできなかったけど、僕が信頼してる人たちからの評判が凄く良かったので、「絶対におもしろいんだろうな」と思いました。1人で手描きして長編アニメを作るという制作方法もユニークで気になっていました。

それから『ひゃくえむ。』の劇場アニメ化のお話をいただいて、岩井澤さんに監督していただくことになって、『音楽』を遅ればせながら観てみたら、とても良くて、なんというか、画面からアニメを作る喜びが伝わってきて、観ている側も作りたくなるような感じがしました。『音楽』を見ると、「頑張ろう!」とよりやる気が出てくるんですよね。

それと、『音楽』は幅広い層の方が評価してる。コレも凄いと思う点で、誰が観ても楽しめる作品を作る、厚みや強度があるクリエイターさんだなと思いました。なので、今回『ひゃくえむ。』のアニメ化を手掛けていただけて光栄です。

──魚豊先生には『ひゃくえむ。』の劇場アニメ化のお話が届いた時の心境と、岩井澤さんが監督をされると知った時の感想をお聞かせください。

魚豊:アニメになることも嬉しかったけど、作家性のある監督に作ってもらえることはすごく光栄なことで、何よりも嬉しかったです。

 

 

──岩井澤さんは、ご自身の元に監督のオファーが届いた時の感想をお聞かせください。

岩井澤:お話をいただいた時にはちょうど、『チ。』、そして『ひゃくえむ。』を読んで、自分の中で魚豊ブームが起きていて。『チ。』の新刊を待ちわびていたところにポニーキャニオンさんから「一緒にやりたい企画があるんですけど」とお話をいただいて、その作品が『ひゃくえむ。』でした。「つい最近、読んだばかりですし、魚豊さんは今一番注目している作家さんです。ぜひやらせてください」とお返事させていただきました。

OKしたその場で「映画にするならどんな構成にするのか」などかなり具体的な話もしました。陸上はみんなが知っているけど、野球やサッカーなどに比べるとあまり注目されていないし、100m走は個人種目で、わずか10秒の中で勝負が決してしまうところをどうエンタメ化するかという話も割とすぐにしていたと思います。

──劇場アニメ化にあたって、魚豊先生からリクエストされたことはありますか?

魚豊:特になかったです。ただマンガではモノローグが多かったり、レース中の10秒でいろいろ表現できますが、映像でそれをやるとチープになってしまう可能性もあるので、懸念点としてお伝えさせていただきました。制作スタッフの方からは「当然です」と言っていただいたので、心配はありませんでした。

岩井澤:僕は心配でした(笑)。魚豊さんのマンガは強烈なので、お会いするまでは「どんな人なんだろう?」と不安でした。

 

 

──『ひゃくえむ。』を劇場アニメ化するにあたって意識された点やこだわられた点を教えてください。

岩井澤:まず原作があるものなので、中途半端なものにはできないなというのがありました。原作ファンの想いを無視して自分がやりたいように改変するのだけは絶対にやってはいけないと。それと同時に、原作をただダイジェストにしても良い映画にはならないとも思いました。

自分の中で変えていけないところとアレンジするところのバランスを決めて、構成案を魚豊さんに見ていただいて、フィードバックを受けて、また構成を直すというやり取りをしました。

最初の構成を見ていただいた時、「これでは全然ダメです」とNGを出されてしまうかもと内心覚悟していましたが、そんなことはなく、むしろ細かいところを指摘していただいて、「そんな細かいところまで見てもらえるんだ」と嬉しかったです。今振り返ってみると最初の構成案からそれほどズレていなかったのかなと思っています。

──走る描写はどれも迫力や生々しさがあって、かなりこだわられたのかなと思いました。

岩井澤:『ひゃくえむ。』の映画に携わるまでは100m走にあまり興味を持って見てはいませんでした。なので自分の中でどう映像の中に落とし込めるのかというのは漠然としていましたが、作中での見せ場の一つではあるので、見せ方は意識しました。

魚豊:マンガでは運動を厳密に描くことはできないし、僕もあまり絵が上手なタイプではないので、映画を観た時、ロトスコープ(実写映像を1コマずつトレースして描く技法)ならではの慣性の描写がすごくて。あぁいう運動の生々しさを描くのは静止画だとなかなか難しいので、それができるのは映像ならではだなと思って良かったです。僕は生々しいもの好きなので(笑)。

 

 

監督の劇伴へのこだわりと豪華キャスティングの中でマストだった声優とは?

──魚豊先生も納得する映像だったということでしょうか?

魚豊:役者さんたちの声がイメージ通りで、めっちゃハマっているなと。また劇伴が抑制的だからこそ、流れている時にはテンションが上がるし、流れていない時も音が聴こえるのがいいなと思いました。

岩井澤:アニメーションで声がハマらないとガッカリしちゃうし、ノイズになってしまうので、それは絶対に避けたくて。なのでキャスティングはキャラクターとマッチするように要望として伝えました。

音楽は一般的には映像に寄り添ったり、邪魔しないように盛り上げることが多いと思いますが僕の好みとしては、音楽が前に出ても構わないし、むしろ印象に残ってほしいなと思っていて。音楽担当の堤(博明)さんに要望としてハッキリ伝えたのは「メインテーマを作ってください」と。キャッチーで耳に残る音楽が一つ欲しくて。メインテーマを作る過程でできた曲たちは他にシーンで使われているので、結構ぜいたくな作り方だと思います。

 

 

──トガシ役の松坂桃李さんと小宮役の染谷将太さんは高校時代から社会人まで演じていますが、素晴らしいお芝居でしたし、絶妙なキャスティングですね。

岩井澤:本当にそうですね。こちらが二人にやってほしいと思っても実現できるとは限りませんが、今回やっていただけて、恵まれているなと思いました。

──周りの声優陣もお芝居に定評がある方ばかりそろっているのもすごいです。

岩井澤:『ひゃくえむ。』を読んだ時、海棠の声は完全に津田(健次郎)さんでした。なので今回のお話をいただいた時に一番最初に決めたのも津田さんでした。その時は『チ。』のキャスティングを知らなくて、数カ月後にノヴァク役をやられると聞いて、「考えることはみんな一緒なんだな」と思いました(笑)。

──財津役の内山昂輝さんも適役だなと思いました。

岩井澤:内山さんと津田さんはかなり早い段階で希望を出させていただきました。イメージ通りで、声でまたキャラクターに命が吹き込まれるので、そこでまた魅力が加わるし、クオリティーが上がりました。本当にキャスティングは重要だなと改めて思いました。

魚豊:今回のキャスティングは本当にハマっていますね。主役のお二人もイメージ通りで、描いている当時は声まで考えていなかったけど、今にして思えばお二人の声みたいな感じだったなと。他のキャストさんたちも皆さんハマっていて、演技をやられる方は凄いなと思いました。

 

魚豊先生が20代前半で『ひゃくえむ。』を描けた理由

──『ひゃくえむ。』は小学生時代から社会人までの「光と影」や「栄光と挫折」そして社会人の悲哀などが描かれていますが、魚豊先生が20代前半で描かれていると知った時は衝撃的でした。

魚豊:当時、死ぬのがめちゃくちゃ怖かったからでしょうか。今でも怖いですが、当時は比じゃないくらい恐れてた。人生に限りがあるから真剣な冒険ができるわけで、死ぬことを意識しないと時間感覚も定義できない気もします。僕は死ぬのが怖いので、その気持ちが『ひゃくえむ。』という作品に出力されたのかなと思います。

──ゴールが見えているからこそ、スタートまで逆算できると。まさに100m走みたいですね。

魚豊:そうだと思います。描いている時はそう思わなかったけど、ちょっと前に松坂さんや染谷さんとお話しして思ったんですけど、役者さんって"本番"がある仕事ですよね。

で、それはアスリートもそうで、この作品は"本番"について色んな角度から考えているものだなと。例えば、そもそも本番ってのは幻想ですよね。日常に、あるゲームのルールを導入する事によって、勝手に本番って領域を架構してるだけなわけです。

でも、本番があるから、本番以外の、例えば練習なんかに意味が生まれるわけで、そういった感じで1つピンを打つと逆説的に外部のいろいろなものの意味が色づいて立ち上がってきます。

実は、コンテンツを見るのもそういうことだと思って、マンガを読んだり、映画を観たり、文学を読んだりすると、それがピンになって、作品外の、つまり現実の日常の意味付けがなされていく、みたいな。

この構造を敷衍すると、死ぬという絶対的なことを一番大きなゴールに設定すると、その前の練習している緊張の時間が生きている時間で。つまり死によって、立ち返って生を考える事が出来て、生き生きと毎日を暮らす事が出来るわけです。常に内部は外部から定義されるんですよね。

 

 

──哲学科出身の魚豊先生ならではですね。監督は先生のそんな想いを映像にし切れましたか?

岩井澤:『ひゃくえむ。』はキャラクターそれぞれのセリフなど難しい作品です。僕は魚豊さんと真逆のタイプだなと思っていて、作品作りだけではなく、普段の生活も感覚やパッション、勢いでやってしまうタイプで。『音楽』の時も「自主制作で長編アニメを作っちゃえ! 何年かかってもやっちゃえ!」という感じだったし、まったく計画性がなくて。やり始めるとどうにかなったりするので、それほど深く考えていない気がします。

魚豊さんのマンガは、絵やセリフが自分の中にめちゃめちゃ入って来るんです。新しいと感じるのは「こういう考え方があるんだ!?」と気付かされるからなんですよね。今のお話を聞いていても思いましたが、たぶん同じようなことをみんなも考えていたり、感じているけど、魚豊さんはちょっと視点が変わった見せ方をされたり、キャラクターの言葉を投げかけてくるので、ハッとさせられることが多いです。「シンプルな言葉なのにこういう組み合わせでこういう意味合いになってくるんだ!?」という発見がめちゃめちゃありました。

またキャラクター同士の対話は映画の見せ場として、なかなか作りにくいけど、魚豊さんの作品はそこが見せ場で。自分はそれを感覚的に捉えているけど、それを深く理解して、自分の中でまた消化して考えなければいけなくて。あとキャラクターの言葉が巧みかつ哲学的で、キャッチーなので取っつきやすかったりするので、そのあたりの魅力を感じて、作品を作りました。それがうまく形にできたのかはわからないですけど。

 

 

──この映画の見どころのご紹介、そして原作ファンの方、そして映画で初めてご覧になる方へメッセージをお願いします。

岩井澤:原作とはちょっと違う『ひゃくえむ。』の世界になっていますし、それでいて原作ファンの方が観たいあのシーンやセリフも入っていますので、すべて楽しんでいただけたらと思います。

この映画で初めて『ひゃくえむ。』に触れる方にも楽しんでいただけるものになっていると思います。気に入っていただけた方は原作にはもっと深い心理描写がされていますし、映画で描けなかった部分もたくさんあります。ぜひ原作と映画を両方楽しんでいただけたら嬉しいです。

魚豊:原作の良さと映画を観た時の良さには違うところがあります。どちらの良さも重なっていないので、どっちを見ても食傷にならず、2度美味しいと思います!ぜひ映画も観てほしいし、原作も読んでほしいです!

 
[文・永井和幸]

 

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